第29話 校内陸上
晴天の下、全校生徒が陸上競技場の真ん中で並んでいる。生徒会長の合図で、列は崩れていった。
種目のたびに持参してきたレーザーポインターで、他クラスの妨害をした。2、3年の出番の時には、間違ったふりをして防犯ブザーを鳴らしたりもした。しかし、彼らはこれらの妨害をわかってたかのように対処するのだ。
そのせいで、選手のメンバーは不安になり、それぞれがベストを尽くせなかったという最悪な前半戦であった。
「他の1年にも負けるなんて……」
自身の得意な競技で最下位を取り、落ち込む人が続出した。弁当を食べる前に、クラスで集まって反省会をしていた。
「まだ、午後の部もあるから大丈夫だよ! 多分、僕たちは、妨害に重点を置きすぎたかもしれない。だから、午後は不正なしで、正々堂々と戦おう」
僕がどんなに励ましても、クラスの雰囲気は変わらず、自分の非力さを改めて痛感した。他に方法も思いつかないし、途方にくれていた。
「啓太」
「ん? どうした?」
後ろから亜子の声が聞こえ、振り向いた。
「別に、勝ちにこだわらなくてもいいんじゃない?」
「え?」
勝たなくてもいい。なら、この行事は何のためにあるのか。
ポイントが足りなければ就きたい仕事も選べないし、ポイントが少なければ給料も減る。それなのに、得られるポイントを無視して、奪われるポイントを差し出すってことなのか?
「もともとは、こういう行事は生徒が楽しむために作られたもので、こんな醜い争いするのは違うんじゃないかなぁ、って思たから。でも、やっぱり、みんなポイントのために頑張ってるからね。ごめんね、みんなの気持ちを踏みにじるようなこと言って……」
亜子の言う通りだ。もともとこういう行事というものは、みんなと交流を深め、楽しむためのものなのに、どうしてこんな争いをしなければならないのか。もっと純粋に楽しんでもいいじゃないか。どうせ負けるなら後悔せずに、楽しかったなと言えるような過去にしたい。それならば、気も楽になるだろう。
「亜子、ありがとう。亜子の言う通りだ。僕たちは勝ちにこだわってたけど、別に、楽しめばいいじゃないかな。むしろ、楽しめば勝ちだと思う!」
クラスのみんなは唖然として、顔を見合わせる。そして、1人が賛成を掲げると、1人、また1人と楽しむことに賛成する人が増えた。最終的に、全員が亜子の意見に賛成した。
弁当を食べ終え、午後の部が始まる。
午後は選手ではない生徒で力一杯応援したり、選手のサポートに回ったりして、行事そのものを楽しんだ。午前よりも良い成績でプログラムが進み、最後の種目になった。
最後はクラス対抗リレー。これは、学年別でやるので、クラス全員が一丸となって、勝利を目指した。
「位置について。よーい」
パンッ
スターターピストルが鳴り、第一走者が走り出す。コーナーを回り、第二走者へバトンを運ぶ。
「頑張れー!」
「いいぞー、その調子だ!」
応援する声が四方八方から聞こえる。
第十四走者である僕のところにバトンが来る時、6クラス中1位であった。どのクラスとも差はあまりなかったので、焦りと緊張が芽生える。クラスのためにも、負けられないのだ。
僕に渡されたバトンは、前に走った13人の思いが詰まっている。この状態で最後の1人まで繋ぐためには、僕が一所懸命走ればいい。
あと10メートルくらいというところで、体に違和感を感じた。貧血に近い症状で、めまいと脱力感に襲われたのだ。
それでも、自分の背後から迫ってくる他クラスに越されないように全力で走った。手を伸ばし、バトンを渡そうとする。なのに、次の人は受け取ってくれない。
よく見ると、僕が渡そうとしていた人は全く知らない顔であった。次の走者が僕の勘違いに気づき、バトンを取りに来て、急いで走っていく。
このおよそ3秒のロスタイムが後々響いて、順位は惜しくも3位。僕は大きな責任を感じてしまい、クラスに何と言えばいいか悩んでいた。
「3位は3組!」
わかりきったことを公にする放送は、失敗したという重大な罪の重さに拍車をかける。
「よっしゃ! 3位だぜ!」
「まぁ、俺らだったらこんくらい楽勝だぜ!」
クラス全員が歓喜の言葉を口々に言う。
「啓太、心配しなくても大丈夫だよ。俺も含め、みんな楽しんだからさ」
大夢が後ろから肩を叩いて励ましてくれた。振り向くと、どこか女の子っぽくてかわいい笑った顔がある。
「そうだよ。自分で『亜子の言う通りだ』なんて言っておいて、負けたら悔しがるって、失礼じゃない?」
隣にいる亜子が笑いながら言った。
「そうだよね。ありがとう」
「3組の3の数字を取るために時間調節したんだろ?」
今度は前方から陽路の声がする。やはり、彼も笑顔であった。
「何でそれを⁉︎ 誰にも気づかれないように、演技したのに、バレてしまっては仕方ない」
僕は冗談に隠れて笑った。仲間のおかげで笑えたなんて、恥ずかしいからだ。仲間という言葉の意味を、また1つ分かった気がした。
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