第28話 戦意高揚
熱気から解放され、日も置いたというのにもかかわらず、絶望に満ちた顔は治らなかった。僕も、こんな状態のクラスメイトを見ているのは辛かった。
多分、みんな、これからの行事全てにおいて、先輩に捻り潰される未来しか見えないのだろう。それにしても、みんな落ち込み方が異常ではないかと思う。
「そうか、おまえは知らないよな」
「あ、関崎。何の話だ?」
「この異常な落ち込み具合だよ」
休み時間、仲の良い陽路と大夢も暗い表情を浮かべているものだから、話かけづらかったのだ。なので、自分の席で本を読もうと準備したが、異常に落ち込んでいる様子が気になって仕方なかった。そこに、思考を読まれたように関崎が話かける。
1年以上の付き合いであるはずなのに、今だに何を考えているのかもわからないし、行動パターンもわからない。それに、最近では僕の考えを前提に話かけてくる。たしかに、彼の成績は学年1位だが、勉強ができるからといって、心が読めるはずがない。
超能力的な何かを習得しているのかとも考え、調べてみたのだが、めぼしいことは何も分からなかった。超能力なんて神話や伝説の中での話だ。では、どうして彼は僕の考えが読めるのか。
行動や仕草、僕の置かれている環境などの事柄を全て把握し、総合的に考え、あらゆる可能性を削っては生み出し、という工程を通していくつかの仮定を立てる。その仮定を使い、可能性の低いものを削り取れば、人の心を読めるらしい。ただ、この動作を一瞬のうちにできるはずがない。
もしかしたら、彼はその類の天才なのかもしれない。彼からすれば、『表情と声のトーンから何か悩んでいることがあるのだろうと推測する』のとさほど変わらないことをしているのかも。
「行事における試合の勝ち負けもポイントが関わってくるってことだ。勝てば増えるし、負ければ減る」
関崎はいつもの明るい調子で話す。
「そういうことか。この先の行事でも負け続ければ、ポイントがなくなっていくからか」
「それから、ポイントがなくなって親に怒られるよな。そんな未来想像するだけで吐き気がするわけだ」
なるほどなと思った。しかし、このままでは悪循環が続き、ポイントは下がる一方だろう。みんなには、少しでも楽しい学校生活を送ってほしい思っているから、僕がなんとかしなければ。
気づけば、関崎は居なくなっていた。自分の考え読まれないようにするため? それは深読みか。
次の行事は校内陸上である。先輩に勝とうだなんて、安易に言っていいことではない。具体的な勝ち筋を照らし出さなければ、誰も僕についてこないだろう。
この国は勉強だけでなく、運動の面でも個人を評価するのだ。中学からはクラス変えがないらしいのだが、多分、結束力を試すために敢えてクラス変えをしないのだろう。個人では限界があるから、団体の質を上げるということか。
「亜子、少し話したいことがあるんだけど、いいかな?」
「うん、いいよ」
どうにかしたいという気持ちだけではダメだ。行動に移すべきである。しかし、何の考えも無しに突っ込むのはあまり良くない。
とりあえず、亜子に相談してみようと、彼女の席を訪ねた。そして、彼女に僕の考えを洗いざらい話した。彼女は待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。
「さすが啓太! みんなを助けたいってことでしょ? なら、私も手伝うよ!」
「ありがとう。でも、助けると言っても、どうすればいいかわからないんだよ」
「うーん、たしかに。陸上かぁ……」
「うーん……」
この後、悩みに悩んで、これはどうかだとか、あれはどうだろうかと議論した。そして、最終的にたどり着いたのは、『クラスを勝利へ導く』であった。それ以上の最善策が見つからなかったので、単純ではあるが、この作戦でいくことにした。
具体的に決まったわけではないが、陸上の時に他のクラス、主に2、3年の妨害をするのだ。例えば、レーザーポインターを目に当てるだとか、靴の中に砂を入れるだとか。地味ではあるが、ある程度の効果は得られると思う。これが2人の結論であった。
***
小学校とは違った重い雰囲気の生活は、想像以上に早く過ぎて行ったように感じた。部活動には所属していないが、何かと忙しい日々が続いた。授業の提出物はもちろんのことだが、バイトをしていたため、忙しいのだ。
高校になっても児童園の先生方のお世話になりたくない。だから、今のうちで一人暮らし出来るくらいのお金を稼ぐ必要がある。今の総理になってから、中学でのアルバイトが認められた。きっと、社会勉強になるからだろう。
「みんな、明日のことで話がある」
校内陸上前日の放課後、僕は教壇に立ち、みんなに呼びかける。全員、憂鬱なそうな眼差しをこちらに向けた。
「明日の校内陸上、絶対に勝ちたいと思っている。だから、みなさんに協力してほしいんです」
「体格で負けてるのに、どうやって勝てと?」
「先輩たちは本気だぞ? 選手の俺らに死ねって言ってるのか!」
「勝ち目ないのに、なんでそんなことを言うんだよ」
みんな、明日に絶望し、すでに負けを認めたような表情と口調で嘆く。せっかく同じクラスになれたのだから、もっと楽しい雰囲気の中にいたい。
「僕が先輩の妨害をする。卑怯ではあると思うし、多分、バレたらただじゃ済まない。けど、僕はみんなにやる気を出してほしいから、インチキする。なので、全力で戦ってください、お願いします!」
それぞれが顔を見合わせてどうしようか悩んでいる様子が伺えた。
「それだけクラスのことを思ってるってことですよ。だから、みんなで全力出して、勝ちを取りに行きましょうよ」
大夢が言った。それに続いて陽路と亜子もクラスメイトを説得するような言葉を述べる。すると、迷っていた人たち全員が、頑張ろうという姿勢になった。やる気はどんどん伝染していき、僕のお願いを断固拒否していた人の顔まで明るくさせる。
「じゃあ、明日は全力で試合に臨んでくれるんですね?」
「あぁ、やってやんよ」
「新歓のお返し、たっぷりとしなきゃな」
「1年生だって、強いんだってところ見せつけなくちゃ」
教室は瞬く間に活気で満ち溢れた。
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