第27話 染色+受け身


 入学式から1週間が過ぎて、少しは新しい生活に慣れてきたころだ。昼休みになり、それぞれ弁当を広げる。僕は同じクラスの友達と固まって昼食を摂るのだが、そこに亜子の姿はない。


 喧嘩しただとか、仲が悪くなったわけではなく、単純に亜子が女子の友達といることが多くなったから。もう一つ、どうしてか、僕は彼女を意識するようになっていて、話しかけるのに勇気が必要になってしまったからだ。


「そういや、明日は新入生歓迎球技大会か」


 僕と陽路と大夢の3人で弁当を食べている最中に、ふと思い出したので言ってみる。同じクラスにいる男子の友達はこの2人と関崎。女子は亜子と智子だけで、それ以外は別のクラスであった。


「だよな、初めての行事だから楽しみで仕方ない」


 陽路がタコさんウインナーを箸でつまんで言う。


「俺は嫌な噂を聞いたことがある」


 大夢が真剣な顔で場の空気を統制する。


「なんでも、2、3年生が本気で俺たちを潰しにかかるつもりだとか」


「まさか。そんなことあったら、みんな試合中にコートから出るぜ。そうしたら試合になんねーじゃねーか。そんなことしないと思うけどな」


「どちらにせよ、僕は試合に出るつもりないから」


 僕が笑うと、彼らも笑ってそうだなと頷く。正直のところ、僕は試合がどうのこうのは一切気にしておらず、この試合中、暇ではないのかという心配があったのだ。


 今回の球技はバレーになったのだが、そもそも、運動に興味がないのだ。別に運動ができないからではない。ただただ、興味がないのだ。無駄に動いて疲れないのかという考えだからだろう。


 中学校からは生徒一人一人にポイントが与えられる。それは、成績や授業態度、学校への貢献度などによって加算されていく。いわゆる内申点のようなものである。


 しかし、内申点と明らかに違う部分があり、それは学校への貢献度だ。この貢献度というものは、ボランティアや行事等に参加すると増えるし、消極的になれば減点といったものだ。


 このポイントは就職時に、必要不可欠なものであり、給料にも影響するらしい。なので、行事を盛り上げようとしなければ、点数は下がる。そのくせ、生徒間の争い等は完全に無視するという政府の作った悪質な制度である。これにも理由があるのだろうけど。


「試合出ないとはいっても、応援して減点を防がないと。そのために、無理矢理テンション上げないとなー」


「まぁ、俺が楽しい話して、テンションが上がるように頑張るからさ」


 ニヤついた顔で宗田が言う。何か良い策でもあるのだろうか。


 翌日、新入生歓迎球技大会の開幕の合図と共に、2,3年生の気合のこもった雄叫びは、体育館を揺らすほど大きく、力強い。1年生はそれに圧倒され、コートにいる選手全員が固まってしまった。応援も、尋常ではないほど本気である。


 まるで、僕たちを殺しにかかるような、勢いと気迫。餌を前にした空腹の虎のように鋭く光る目が、無知である僕たちを恐怖の海へ突き落とそうとする。


「2年2組対1年6組の試合は、15対0で2年2組が勝利しました!」


 開始から5分足らずで決着がついた放送が響く。それに連なるように決着の放送が流れる。4箇所のコートのうち、1年のいたコートで行われていた試合は瞬く間に終わった。


 迫力のあるプレーという以前に、選手の体格は見るからに強靭で、繊細に鍛えられているのがわかる。それに対して何の対策もしていない、貧相な体格の1年生に容赦なくボールを叩きつける。ボールに当たり、倒れ込んだ生徒もいた。


 1年生は兎のように、ただ飛び回って逃げるのがやっと。弄ばれることもなく、漸次消えていく同学年の人々が哀れに感じる暇なんてない。僕たちのクラスもこのように、餌として喰われるのだ。


「大丈夫! みんな頑張って! 私たちも応援しよう!」


 亜子が一所懸命にクラスを励ますが、あまり意味を成さなかった。僕も亜子につられて、呆然としているクラスメイトを説得しようとするが、恐怖の海に溺れたクラスメイトたちを助けることは出来ず、焼け石に水であった。


「あれ、本気で殺しにきてるじゃん」


 試合に出る予定の1人が苦笑いしながら呟く。彼なりに、場を和ませようと冗談を言ったつもりなのだろうが、ここでは冗談に聞こえなかった。


 僕たちの試合が訪れ、生徒たちは絶望した顔を変えることなくコートに入る。案の定、飛んでくるボールはどれも弾丸のような速度で、選手たちは怯えてしまい、レシーブすることすらまともに出来ない。


 一点、また一点と相手クラスの得点が増えていく。なすすべのない選手たちは、虎の前に屈服した。


 精神的に追い込まれたこの局面を覆すことは誰も出来ず、クラス全員が俯いて嘆く。これが上下関係というのかと。中学とは、こんなにも厳しいものなのかと。中学への期待や希望といった感情は色あせていき、絶望という色に変わり果ててしまったのだ。


 変わり果てた色が何を招くのか、誰も知る由はなかった。僕たちは、染まってしまったのだ。

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