第11話 正義を見失った少年


 1日、また1日と時は進み、2週間経った。


 給食の時には味噌汁に牛乳を入れられたり、掃除の時はちりとりで集めたゴミを頭にこぼされた。ほうきをしている側で小さく切り取った消しゴムを投げつけられたり、体育の前に体育着を濡らされたりもした。


 いじめは日を追うごとに悪化する。そのたびに精神を削り、身体を痛めた。自分のことで精一杯で亜子がどういう状況かわからない。このままゴマのようにすり潰され、跡形も無く潰れてしまうのかと何度思ったことか。


 そんな絶望に塗れた日々は今日で終わった。


「これで4度目。確信してもいいかな」


 僕はそう断言する。学校終わりの偵察が習慣化して2週間ずっと見張ってやっと確信まで持って行くことに成功した。


 それは笠原の母が厳しい性格であるということだ。笠原の行動を説教している母とそれを遮る父の間で言い争いが起きた。それも2週間で4回もだ。


 この母が厳しいということを利用して笠原のいじめを止めたい。しかし、良い方法は思いつかなかった。


「今日はもう引き上げよう」


 周囲も暗くなってきたので、そう提案した。


「うん。また、途中まで一緒に帰っていい?」


「もちろん」


 街灯の少ない下り坂を歩く。理由はわからないが、今、物凄く嬉しい。


 いつものようにいじめっ子に対しての愚痴を言い合っていた。それだけで嬉しく感じるほど脳は麻痺してしまったのかと思った。


 僕が悴んだ手を擦り合わせているのを見た亜子が突然言う。


「そういえば、そろそろ学芸会だったね」


 そう、僕たちは13日後には学芸会を控えていた。僕たち6年生の出し物は劇である。劇のストーリーは僕たちの住む、この丘ノ市に代々伝わる物語だ。


 僕が成り切るのはソノミの慶次という人物だった。学芸会のストーリーでは悪役である。それに対して主人公、つまり、悪役を懲らしめる役は笠原なのだ。


「ん……? それだ!」


 思わず叫んでしまった。びっくりした亜子は慌てて態勢を立て直し、こちらの様子を伺う。


「学芸会の時に笠原が誰かをいじめている動画を流すんだ」


 不敵な笑みを浮かべ、楽しげに口を開いた。笠原の母がいじめのことを知ったらどうなるか、それ以前にいじめを受けている生徒の親が黙っていられるか。


 その様子を想像しただけで笑みがこぼれる。他の親たちから非難を受け、申し訳なさそうに頭を下げる笠原の姿が無様すぎておかしかった。


 笠原の親が学芸会のしおりを見て楽しみにしてそうな顔をしていたので、絶対に来るという確信がある。奇抜すぎる作戦に亜子は動揺を隠せないでいるようであった。


「大丈夫。ビデオカメラとプロジェクターは僕が用意する。亜子はその動画を撮るの手伝ってくれればいい」


「う、うん」


 少し抵抗が伺えたが、それは歯牙にも掛けなかった。とにかく笠原への報復がしたかったからだ。あのうざったらしい顔面を崩壊させたい一心である。


「じゃあ、明日から始めるから学校終わったら俺のところ来いよ」


 傷ついて原型を留めていない精神は狂いを発生させる。


「わ、わかった。じゃあ明日……ね」


 亜子の家の前まで送り、手を振らずに児童園の方向を向いた。今は笠原にやり返す動機なんて怒りと憎悪だけである。


 ふと、空を見上げると雲一つ無い夜空が広がっていた。明日に向かって動く世界の真ん中で光る星は濁っている。僕はそう見えるほど目も心も全て腐っていた。

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