第4話 言葉の力


 児童園にある先生の業務室を訪れ、僕たちの健康管理をしている松林(まつばやし)先生を呼んだ。


「何か用かい?」


 出てきた松林先生が問う。松林先生は児童のメンタルケアもやっているため、僕の両親について知っていることがあるかもしれないと思ったのだ。


「すみません、僕の両親のことについて、何か知っていることはありませんか?」


「私は何も知らない。だけど、遺書のような物ならあるよ。少し前に『資料整理してたら出てきた』って未来機関の人が来ててね」


 未来機関というのは一昔前の警察のようなものだ。警察と違う点は起こってもいない犯罪を未然に防ぐところにある。なんでも、未来予知ができるとかなんとか……。


「それ、見せてもらえませんか?」


「もちろん。ちょうど渡そうと思ってたところだったから」


 先生は一度業務室に戻り、少しすると茶封筒を持って帰ってきた。


「はい。部屋でゆっくり読むといいよ」


「ありがとうございます」


 差し出された手のひらから封筒を受け取って一礼した。言われた通り部屋に戻って中を覗いてみるとそこには二枚の紙切れがあり、それぞれ文章が書かれていた。






 啓太へ



 たとえどんなに苦しくても前を向いてしっかり歩く事。私たちはいつでもあなたを応援しているからね。


 普段から良い行いを心がけてね。そしたらきっと見返りがあるはずだから。巡り巡って帰ってくるはずだからね。友達を大切にして。友達がいないならそれはそれでいい。無理に作る必要も無い。


 だからと言ってずっと1人でいるわけにはいかないはずだし、悩みができたり不安になったりする。そんな時に頼れるような人と仲良くなるといいね。くれぐれも不良とお友達にならないように。あと、勉強しっかりやって、将来、お金に困らないようにしなさいね。


 短くてごめんなさい。時間がなくて、このくらいしか書けなかったの。本当はもっと言いたいことがあるけど、啓太なら大丈夫って信じてるから。悔いのない日々を過ごしてね。


 母より



 おまえは絶対に成功する。だからいろんな事に挑戦するんだ。失敗してもいい。その失敗から反省点を見つけ、再チャレンジするんだ。もちろん悪い事はするなよ。俺と母さんには頼れる親戚がいないから児童園で生活しているかもしれない。孤独と戦っているかもしれない。


 強く生きろ。そして、周りを大切にしろ。怖いなら逃げたっていい。誰かを頼ったっていい。だって人間だもんな。支え合って生きるのが当然だ。俺だって1人じゃ乗り越えられなかった壁がたくさんあった。でも、支えてくれる仲間がいたから乗り切れた。


 人間、1人じゃ生きていけないし、自分より強い人だってたくさんいる。命は1つしか無い。人生も一度しか無い。絶対に無駄にするなよ。それだけだ。


 父より






 胸がじんわりと熱くなった。やけに染みる言葉には僕の知らない『愛』があったのだろう。両親の僕に対する期待を感じ、今まで目を逸らしてきた世界に立ち向かおうと思えた。まるで、両親が目の前にいて、激励された気分だ。


 短すぎる文に物足りなさを感じながらも目の前がぼやけていくのがわかった。手紙が濡れる前に涙を拭う。


「お父さん、お母さん……」


 昔の記憶を掘り返し、思い出に浸りながら手紙を閉じた。今、ルームメイトの孝は外出中だったおかげで恥ずかしい思いをせずに済んだ。


 気持ちが落ち着き、自分はこれからどうすべきか考えた。しかし、簡単に答えが見つかるはずもなかった。とりあえずいつも通り過ごし、なんらかのチャンスがあれば母や父の言葉通り友達を作るのもありなんじゃないかと思う。いや、ただ両親の残した言葉を口実に友達をつくりたかっただけかもしれない。


 その時、手元から何かが落ちた。それは家族3人の集合写真であった。見ると、僕は両親に挟まれており、一階建ての自宅をバックにしたところを写されていた。僕も両親も満面の笑みを浮かべている。記憶が溢れて処理しきれない。一つ一つ整理して感傷に浸った。


 表現出来ないこの気持ちを誰かと共有して幸せを感じながら生きていた頃が懐かしくて、羨ましくて、切なくもある。過去の自分に嫉妬するなんておかしな話だ。


 ふと、左下に何か書かれているのを見つけた。『ソノミ6丁目**』と住所が書かれている。もしかしたらそこが僕の元々住んでいた家の場所なのかもしれないと思った。行ってみる価値はある。


 ソノミ6丁目の場所がどの辺りか知っていた。位置的には児童園から結構離れている。確か、僕の通う丘ノ小学校とは別の小学校に区分されている場所だ。僕はいても立ってもいられずに、部屋を出る。それから30分近く歩いてようやく家へ辿り着いた。


 しかし、そこに僕の知っている家は無く、改装された二階建ての建物があるだけだった。だが、そこで過ごした幸せな日々は鮮やかに蘇り、思い出を通してたくさんの感情や感覚が目まぐるしく脳内を駆け回る。


 暑くて眩しい太陽の下で海へ遊びに連れてってもらったこと、近くにある遊園地へ行ったが、お目当てのショーが中止になっていて僕が泣きじゃくったこと、景色の綺麗な高台へ登ったこと、それがとても綺麗な夕日で両親との最後の思い出だということ。


 胸の一点に僕の過去が吸い寄せられ、凝縮していく。喜び、怒り、哀み、楽さ。こんな小さな体にそんなたくさんの物が入っているのだ。もし、僕の両親がまだ生きていたならもっとたくさんの始めてを知り、過去だけでなく未来という存在からも何か新しい物を得られていたに違いない。


 街を覆い尽くすような多くの『もしも』が溢れ出す。それと同時に両親の友人がさらに憎く思えてきた。しかし、その怒りの矛先は行き場を失い戦意喪失するだけ。虚しくて、そっと元自宅の建物に背を向けた。

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