対話 二
しかし、ならば、と思う。
私は店主を促し、応接間から店頭スペースに出て――念の為、霊に聞かれる事がないようにという配慮だ――、店主に言った。
「あの霊のピンになっている残留思念じゃなくて、他の場所にある残留思念を視ればいいんじゃないんですか?」
「あの霊のピンになっている残留思念」というのは、「あの霊を霊界に縛り付けている残留思念」とも訳せる。要するに、「霊を縛り付けている残留思念ではなく、それ以外の残留思念を視るのであれば、霊にバレずに記憶を覗けるのではないか」という事だ。
残留思念は、一人の霊につき一つと決まっているわけではない。残留思念は、ある場所や物に強い念が集中している場合に霊界に刻まれるので、先程の霊で言うと、ルアー以外の物・又は場所にも強い思い入れがあれば、そこに残留思念が残っているかもしれない、という事だ。
私の案に店主は、顎に手を当て首を傾げながら答える。
「それが出来ればいいけど、そんな都合よく残留思念が刻まれている場所や物が見つかるかい?第一、他に残留思念が刻まれているかすら分からない。・・・売主の方が協力的だったら、参考になる情報を聞けるかもしれないんだけど・・・」
ルアーがこの店にやってきたのは、六日前――私がバイトを始めた次の日だ。売主は五十代の上品な女性で、「このルアーを置く場所でおかしな現象が起こるので、引き取って欲しい」と言って来た。
この狛井骨董店は、単なる骨董品屋としてだけでなく、「霊現象の相談ができる店」としてもそこそこ――天会寺程の知名度は無いだろうが――知れ渡っている。その女性も、「霊相談」という名目で来たのだ。
そのような場合は、普通の骨董品売買の手続き以外にも、霊現象の概要や原因の心当たり等をヒヤリングする事になっている。
その女性も、ヒヤリングに真面目に受け答えをしてくれたらしい。起こる霊現象は、ルアーを置く場所から謎の物音や人の声がするという、まあありきたりなもので、すんなり答えてくれたのだが、「そのルアーは誰のどのようなものか」という質問には、明らかに歯切れが悪くなったらしい。かろうじて「そのルアーが弟のものであること」「弟は三十年前に亡くなっていること」は聞けたが、死因や弟の人柄については、言葉を濁したらしい。
今までにも、事情の深入りを拒む依頼人はまあまあいたらしく、そのような場合は、依頼人の協力は期待できないと割り切って依頼を受けてきたらしい。・・・少し人が良すぎる気もするが。
「そうですね・・・ルアーに思い入れがあるという事は、釣りが好きなんじゃないんですか?もしかしたら海とか河とかに・・・」
苦し紛れに案を絞り出そうとした時、私の頭の中に、フッと、その場所が浮かんだ。
「
「え?」
疑問符を浮かべている店主に、勢いよく言う。
「十鳴橋の河川敷です!そこに行けば、残留思念が残っています!」
私は、予想ではなく、断定して言う。だって、分かったのだから。
しかし、店主は唖然としていた。当然だ。いきなり場所を特定したのだから。
私は自分の行動の突飛さを省みて、「すみません」と軽く頭を下げてから言った。
「実は私・・・分かる事があるんです」
「分かる?」
店主が不得要領というような顔をして言う。
私は慌てて次の言葉を捻り出した。漠然とした感覚なので、言葉にするのが難しい。私は今まで、この力を誰かに話した事が無かったかもしれない。あまりに自然に自分の感覚としてあったので、特段誰かに説明しようとは思わなかったのだ。
「その・・・なんか、直感的に分かる事があるんですよ・・・。これから起こる事だったり、遠い場所で起こった事だったり。虫の知らせというか・・・」
私は第六感という言葉を口にしなかった。この力をコントロールできるわけでもないので、あまり仰々しい言い方はしたくなかったのだ。
「第六感、だね」
しかしその言葉は、あっさりと店主の口から紡がれた。それも、何か知っているような口ぶりで。
「・・・知っているんですか?」
顎に手を当て――これは店主の癖みたいだ――、顔を軽く伏せていた店主にそう尋ねると、
「うん。実際にその持ち主と会うのは初めてだけどね」
彼は、顔をあげて目線をあわせそう言った。
「第六感は、魂の防衛本能とも言えるかな」
「魂の防衛本能?」
「そう。霊からの脅威という、科学では予測できない類の危害に晒され続けたものが身につける本能。いや、開放される本能と言った方がいいかな」
「開放?」
「うん。第六感は、人間だったら誰もが持っているらしいよ。ただ、そういう危害に実際に晒されないと、目覚めないものでもあるみたいなんだけどね。それも、相当頻繁にね。だから、第六感を持っているという事は、極めて高い霊力を持っているという証拠なんだ。残留思念を視れる事からも分かってたけど、君は本当にずば抜けた霊力の持ち主なんだね」
店主が賞賛するように微笑んで言う。私はそれを否定しようと口を開きかけたが、それが高い確率で自虐ととられてしまいそうだったので、結局何も言い返さなかった。
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