対話 一

 私は、狛井骨董店の応接間にいた。

 ここは、私が初めてこの店に訪った際に、色々な話を聞いた場所だ。机を挟んで向かい合わせに置かれたソファ。窓際に置かれた砂時計とアクセサリーケース。まだあの時から一ヶ月位しか経っていないので当然といえば当然だが、インテリアは当時と全く変わっていない。

 しかし、当時との比較対象をとすると、あの時と比べて、明らかに違う、というより、違和感を感じる点がある。

 静かすぎるのだ。

 この店は住宅街の中にあるのだから、普通だったらどんなに静かにしていても聞こえる、隣人や家の外を通る人間の出す音等が、一切聞こえない。

 うるさい位の静寂に包まれている・・・というのは流石に大袈裟な表現か。というのも、完全な静寂とは言えないからだ。

 人の出す音が聞こえないというだけで、それ以外の音なら、今現在も聞こえている。というか、私に語り掛けている。

 『・・・何度言わせたら分かる。僕は何も話すつもりはないし、誰かに何かしてもらおうとも思わない』

 それは、霊の声。

 「そんな事言わないでください。何か力になれるかもしれないじゃないですか。・・・貴方がここにいるという事は、何か強い心残りがあるという事なんですから」

 いや、語り掛けてる、というのは語弊があるかもしれない。何せ、積極的に話し掛けているのは、私の方なのだから。

 『だから、何もしてもらわなくていいと言ってるじゃないか・・・あんた、僕の事を本気でどうこうしようと考えてないだろ。軽々しいんだよ、言葉も態度も』

 そう言って、かれは口を噤んでしまった。

 次はどう言葉を掛けようか考えていると、背後から「維純、今日はここまでにしよう」と、声が掛けられた。振り向くと、いつの間にかそこには店主がいた。私は何も言わずに頷き、抜け出した。


 ワッと、周囲に音が戻ってくる。外、或いは隣家から聞こえる生活音の他に、冷房の音や蝉の鳴き声等の、夏ならではの音も聞こえ、帰ってきたと、改めて実感する。

 一方、今まで私の目の前のテーブルに鎮座していた、二十代男性の姿をした霊は消えていた。そして今は、代わりにルアーがちょこんと置いてある。

 「・・・すみません、今日も無理でした」

 溜め息混じりに吐き捨てる私に、

 「構わないよ。まだ四日目だしね」

 と、店主は励ましてくれた。

 店主の言葉の通り、私は三日前から浄霊を任されていた。

 浄霊というのは、自身が霊界に入って直接霊に干渉し、慰めの言葉や念力で霊を浄化させる事をいい、現世から間接的に干渉し霊を祓う除霊よりもずっと危険性の高いものだ。もっとも、私や店主は既に強い呪いをかけられている為、霊からの呪いで、直接的に体に大きな害を被る事は無いらしいが。

 まあ、それでも危険な仕事である事に変わりはない。いくら霊から身を守るすべを身につけていると言っても、リスクが完全に無くなるわけではないからだ。

 といっても、今回は初めての仕事なので、「悪意が無く危険性の低い霊」を浄化するという、中々簡単そうな仕事が与えられた。

 正直、高を括っていた。

 私は既に、一回だけ浄霊に成功している。毎朝踏切で文字通りの自殺行為を繰り返していた霊に、たった一声掛けただけで、浄化ができた事がある。私はそれで、調子に乗ってしまったのかもしれない。

 私は、初めて店主の浄霊を見た時の事を思い出し、それを参考に霊に。その時に店主がしていたように、念力の併用はしていない。というか、出来ないのだ。霊に同情し、慰めの念を込めて話そうとはしているものの、それが念力になって作用できているとは、少しも思えない。

 それで、このザマだ。

 ――やっぱり、何の事情も知らないのに同情しようなんて、無理があるよな――

 勿論、何の事情も知らないのに浄化できるなんて、私も店主も思っていない。しかし、事情を知る為には、霊に口を割らせる必要がある。その為には、信用をしてもらわなければならない。信用してもらう為に、念力で安心をさせようとする。しかしその念力も、労りや慰めの想いがなければ使えない。その想いも、事情を知らなければ生まれない・・・堂々巡りだ。

 浄霊は除霊と違って、短期間で解決できるものではないと店主は言ってくれているが、それにしても状況が動かなさすぎる。

 あまりの先行きの暗さに、再度溜め息を吐いていると、店主が心配そうに声を掛けてきた。

 「どうしたの?」

 「いや・・・私のような性根の腐ったアルティメットコミュ症が、他人の心情を図るのはやっぱり難しいのかなって・・・」

 そう答えると、店主はニンマリと笑いながら、どこに隠し持っていたのか、貯金箱を私にスッと差し出した。

 私は大人しく制服のポケットからミニ財布を取り出し、その中に入っている百円玉を一枚貯金箱に投入した。因みに、この貯金箱に百円玉を投入する回数は、既に十回を超えている。

 弱音を吐く機会を奪われ、私は自分でも得策とは思えない言葉を口にする。

 「やっぱり、残留思念を視た方がいいんじゃないですか?」

 店主も、私が本気でそう思っているわけではない事を理解しているだろうが、再三の指摘を口にする。

 「それは駄目。まだ心を開いてもらってないでしょ。勝手に記憶を覗くなんてしたら、もう絶対に心を開いてくれないかもしれない」

 残留思念を視るという事は、その霊を霊界に縛るに至った記憶を覗くという事。普通だったら、そんなものを他人に勝手に見られたいとは思わない。「祓う」のが目的の除霊ならともかく、「浄化させる」のが目的の浄霊では、相手の霊を怒らせるなど言語道断なのだ。

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