経過観察

 浄霊のバイトと言っても、そんな矢継ぎ早に浄霊の依頼がくるわけではないので、彼女には他に、接客・品物の整理・掃除をお願いするつもりだった。

 そして、今日までの一週間働いてもらって、分かった事がある。

 ――維純に接客は無理そうだ――

 自分は最初、接客は特に問題ないだろうと思っていた。控えめではあるが、自分に対しては早い段階で打ち解けていたし、シビアないずるに対しても、反抗して浄霊を強行していたので、あまり対人への恐怖が無い子なのだと思っていた。

 しかし、実際に接客をさせてみると、それはそれは酷いものだった。目線はずっと下を向いていているわ、ボソボソと聞き取りにくい声で話すわ、「はい・・・」や「そうですか・・・」で会話が途切れるわ、終始オドオドしてるわ・・・。

 匙を投げたわけでは無く、少なくとも接客は早い、と思った。

 しかし、自分の「対人への恐怖が無い」という印象が間違っていたわけではないと思っている。そもそも、対人への恐怖感が強い子が、数ヶ月も出とうまくやっていたとは思えないし、いきなり除霊師にならないかとスカウトされてすんなり弟子入りするとも思えない。

 そう、彼女の中で、何か基準があるのだ。友好的に接する事ができるかできないかの、境界のようなものが。

 また、その他にも、維純と会話をしてて特に気になった点があった。

 彼女は、自虐が多い。

 会話の流れで、あまりにも自然に自虐をするのだ。

 しかし、彼女の自虐は、冗談でも本気でもないと、自分には分かった。

 それは、強いて言えば、自己防衛だ。

 他人の言葉で傷つく前に、先手を打って自虐をする事で、自分を守っているのだ。

 「強いて言えば」といったのは、そのうちのいくらかは癖になってしまっている部分があるからだ。

 自虐が多いというのは、彼女自身も自覚しているようだ。というのも、趣味を聞いた時に「自虐」と真顔で即答していたからだ。・・・この発言は、冗談か本気か判別がつかなかった。

 自分は、コミュニケーション技術を向上させる事よりも、まずはこの癖をどうにかしようと考えた。

 そうして生まれたのが、ネガティブ貯金だ。

 これは、維純がネガティブな発言――正確には自虐をするたびに、百円玉を貯金箱に入れさせる、というものだ。因みに、貯金箱は自分が買い取った骨董品のものを使用している。

 この話をした時、維純は顔を顰め、「そんなの私に呼吸するなって言ってるようなもんですよ」と嫌がったが、交換条件として、接客をしなくていいと言ったら、しぶしぶ受け入れてくれた。

 因みに、趣味の他にもいくつか質問をしたのだが、特技を聞いたら「無視」と言われた。・・・まあ、これに関しては、自分にちょっかいをかけてくる霊に対して、ということだろう、恐らくは。また、さらに問い詰めてみたら「けん玉」という真っ当な?答えも聞けた。

 しかし、好きなタイプを聞いた時には、さらに訳の分からない珍回答が飛び出してきた。

 まず、好きなタイプは?という質問に対しては、「いませんよそんなの」と返された。この回答は予想済みで、次に自分は、「じゃあ逆に、この人とは無理だなって人は?」と聞いたら、「生きてる人間?」と答えられた。これには流石に「範囲広っ!」とツッコまずにはいられなかった。その後いくつか同系統の質問を重ねたら、挙句の果てには「じゃあ私、死体愛好家ネクロフィリアになります」と答えられた。真顔で。

 ・・・一瞬、ロクでもない子だなと思ってしまったのは、仕方のない事だろう。(因みに自分がこの質問をしたのは、趣味も特技も変な回答をされたので、何を聞けば普通の回答が聞けるだろうと色々模索しての事だった)


 とまあ、こんな風に、冗談混じり――冗談だと思いたい――の自己紹介だって出来るようだし、普通のコミュニケーションだって、そのうちできるようになるだろう。

 そう自分に言い聞かせていると、チリンチリン、とドアの開閉で鳴るベルの音が聞こえた。

 「店主オーナー、お疲れ様です。・・・いらっしゃいませ」

 維純が店に足を踏み入れながら、自分とお客様に対して挨拶をした。相変わらず、お客様に対しては余所余所し過ぎるが。

 維純には、自分の事を「店主オーナー」と呼ばせている。

 この呼び方に、意味はない。ただ、バイトといえど従業員から「狛井さん」と呼ばれるのはなんか味気ないし、オーナーという響きが単純に格好いいからだ。

 歩み寄ってきた彼女に、「準備をしておいで」と静かに声を掛ける。

 準備というのは、浄霊の一環である、「霊との対話」の準備だ。「初めてのお仕事」という事で、彼女に三日前からやらせている。

 「そこの廊下に入ってすぐに部屋があって、その部屋に入って右側にある部屋の手前の机の上にが置いてあるから」

 先に始めてて、と伝える。お客さんがまだ店内を見ているのに、席をはずすわけにはいかないからだ。

 「分かりました」

 維純はそう言って頷くと、廊下の向こうに姿を消した。

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