スカウトの理由
七月十三日
来店を告げるベルの音を聞き、自分――狛井長庚は、白昼夢から覚める。短くない間、呆けていたようだ。
「いらっしゃいませ」
自分が掛けた声を聞き流し、高齢の男性は我が物顔で店内を見渡す。男性は、この店の常連だ。当店――狛井骨董店は、骨董店と謳っている割りに、リサイクルショップとしての側面が強い。なので、高価なものばかりが並んでいるわけではなく、敷居は低めだ。これは、父の代からそうだったので、近辺に住む高齢者には、基本的に暇つぶしで入り興味をひくものがあったら買う、というスタンスの店として定着している。
この男性もその例に漏れず、十回中一回位しか買わない人だ。しかし、店内を見て回る時間はそれなりに長いので、自分は男性を視界に捉えながら、意識の何割かで先程の白昼夢――正確には御影池りょうの事を思い出していた。
彼女も自分と同様、長くは生きられないと宣告されていた人間だった。といっても、自分のように呪われていたわけではない。
彼女の体は、病に冒されていた。
余命が宣告されていたわけではないが、長くて二十年後、短くて二・三年後に命を落とす、というもののようだった。
学校には通えていたものの、急に体調を崩す場合もあるので、体育の時間はいつも見学だった。そして、そんな時は先生の目を盗んで抜け出し、図書室で本を読んでいた。自分が初めて彼女と出逢ったあの時も、体育の時間だったようだ。
――死は人生の終末ではない。生涯の完成である――
この言葉を自分に教えてくれたのは、彼女だ。
自分は、彼女の存在とこの言葉のおかげで、人生を見つめ直す事ができた。残りの人生を美しく生きようと、決意を新たにする事ができた。自分の幸せを諦めずにすんだのは、彼女のおかげだ。
それなのに、彼女自身は、自分が幸せになる事を恐れていたように見えた。
いや、恐れていたのだと思う。幸せを得るということは同時に、それを失った時のリスクも得るという事だからだ。
自分は、彼女を救いたかった。恩返しがしたかった。
しかし、結局は彼女を変える事が出来ぬまま、彼女は転校してしまった。
彼女を救うことの出来なかった後悔は、今も胸の中で疼いている。そして近頃は、それをさらに意識するようになっている。
それは、最近うちの店でバイトを始めた少女――
維純は、彼女と似ている。
容貌が似ているわけではない。彼女がふんわりとしたショートヘアーに微笑んでいるような顔立ちだったのに対し、維純はストレートのロングヘアーで暗い顔立ちをしている。
彼女と維純に共通しているのは、生を諦めている、というところだ。
維純と初めて出逢った、あの雨の日。
一目見て、御影池りょうに似ていると思った。
同時に、その少女の纏っている呪いは、遠くない未来に少女自身の命を奪うものだという事も分かった。
声を掛けたいと思っていると、不意に彼女が足を滑らせ、階段から落ちそうになった。
たまらず、自分は傘を投げ出し、走り出していた。
運命だと思った。
あの時、維純が階段から落ちてきたのは、只の偶然だ。彼女の傘に穴が空いてしまったのも、勿論偶然だ。
しかし、もし彼女があの時、足を滑らせなくても、傘が破れなくても、自分は別の方法で彼女に再度の接触を図ったに違いない。
自分は、御影池りょうの代わりに、その少女を救いたいと思った。
彼女に、生きる美しさを教えたかった。
そして、可能であれば、呪いを解いてあげたいと思った。
医者でない自分には、難病による短命はどうすることも出来ない。でも、呪術師である自分だったら、この少女の呪いによる短命はどうかできるかもしれない。
正直に言うと、彼女の呪いを解くことのできる見込みは高くない。彼女にかけられている呪いは、かなり複雑なものだった。それが、どのようなものによる呪いなのか、まだ見当もついていない。
自分の使える解呪の術は、一つを除いて、呪い主の特定が出来ていないと使えないものだ。そして、特定出来ていなくても使えるただ一つの術も、役に立ちそうにない。
それは、「霊力分割」といって、術者と被施術者の霊力を足して2で割り、一時的に霊力を分割する事で、霊界から受ける呪いの脅威を減らそうという術だ。しかし、術者の霊力が被施術者より高い場合、かえって被施術者の霊力を高くしてしまうので、かなり使い勝手の悪いものとなっている。――因みに自分は、霊力はそこそこ高い方だ。
その点で言えば、維純は自分よりも霊力が高いので大丈夫といえるが、問題は、この術は霊界から受ける呪いの脅威を減らす――即ち、霊からの呪いにしか効果がないという事だ。彼女の呪いは、霊にかけられたものである可能性は極めて低いと思っている。――只の霊の呪いであるなら、出が気づかない筈は無いのだから。
もしこの術が永続的に使えるのであれば、試しに施術して様子を見るという手もあるが、これまた使い勝手の悪い事に、効果は数日しかない上に、一人の被施術者に対して一回しか使えないものになっているので、使うにしても、もう少し彼女の呪いを見極めたいところである。・・・狛井家の固有技術と謳っている割りに、なんて使い所の無い術だろうと、自分でも思う。
そのような理由から、彼女の呪いを解くというのは、かなりハードルの高い難題だった。だが、例え呪いを解く事が出来なかったとしても、浄霊を通じて、日々を惰性に過ごしている彼女に、また違った時間の使い方を教えることが出来るかもしれない。
そのような想いから、自分は、維純を浄霊のバイトにスカウトしたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます