救済者 三
「いやー、お疲れ様ー!」
狛井さんは、ブランコをゆっくりこぎながらそう言った。
「いや、お疲れも何も、私は何もしてないですけど・・・」
私は、彼の隣のブランコに腰を掛けながら返した。
私達は、木下さん宅の近くにある公園にいた。日は大分落ちており、公園内には私達以外誰もいない。陰りゆく公園に、狛井さんがこぐブランコの音だけが響いている。
浄霊の後、気付いたら為辺さんと優里香はいなくなっていた。どうやら為辺さんは、木下さんにも挨拶せずにお暇したようで、彼女から預かっていた家の鍵が、机の上に置かれていた。
――というか、為辺さんは私の事を怒ってるだろうな――
でなければ、私一人だけ置いていかれるという事もないだろう。
とはいえ、挨拶すらしなかったのは、木下さんに対して気まずかったからなのか、それとも狛井さんのいる空間から一刻も早く離れたかったからなのか・・・。
そこで、私は狛井さんの事で気になっていた事があるのを思い出し、隣にいる彼に声を掛ける。
「あの、呪術師、なんですか?」
彼は私の言葉に、特段動揺した様子もなく、「そうだよ」と答えた。
「とは言っても、自分はそれを生業にはしていない。呪術師の家系ってだけだよ」
「呪術師の、家系?」
「うん。・・・君はさ、呪術師って、なんでわざわざ呪う事を生業にしてるんだと思う?」
ふいに問い掛けられ、思わず「え」と声を漏らす。
「ええと、普通の人より、呪う力が強いから、ですかね?」
呪術師というくらいだから、呪いのプロフェッショナルなのだろう。要するに、何かが普通の人よりもまさっているという事だ。そう思い無難な事を言ったつもりだったが、彼は首を横に振った。
「いいや。むしろ、呪いの強さに関しては、赤の他人を呪わなきゃいけない呪術師より、その人物に恨みを抱く当事者の方が、ずっと強いんだ」
確かに、呪う力――念力の強さは、霊力とは違う。念じる対象によって強さが変わるし、誰もが持ち得るものだ。
「じゃあなんで・・・」
「人を呪わば穴二つって言葉、あるよね。その言葉の通り、生きてる人間が他の人だったり、霊だったりを呪おうとすると、『呪い返し』を受けるんだ。でも、自分はそれを受けない。そして・・・」
そう言って、彼は私を指差した。
「君もね」
これは、いつかもやったやり取りだ。
「・・・既に、強い呪いがかかっているから、ですか?」
私がそう言うと、狛井さんはにっこりと笑って肯いた。
「以前君に、自分には末代までの呪いがかかっているって話、したよね。そういう呪いがかかっている家系にとっては、呪術を生業にすることは、この上ない天職なんだ。だから、自分も小さい頃はそういう修行とかさせられた事があるんだ。自分の辛い経験を他人への呪いに生かせられるようにー、とか、依頼主に共感できるように、感情の機微に敏感になれー、とか」
私は、彼の言葉を聞いて納得する。彼は昨日、自分が心情の細かい違いに気付けるのは、自分が専門だから、と言っていた。彼の言う呪術師の修行が、そのアビリティーを身に付けさせたのだろう。
それだけじゃない。彼は以前、正の感情の念力で霊を安心させると言っていた。それは、先の彼の言葉から鑑みるに、自分の嬉しかった事や幸せだった事の感情を、霊への慰めに生かしているという事ではないだろうか。自分の経験を他の誰かへの念力として使う事は、簡単な事ではない筈だ。
――彼は、人を呪う為に積み上げてきたものを、人を助ける為に使っているんだ――
それなのに。為辺さんはあの時、忌まわしげに「呪術師が」と言った。
「・・・何で為辺さんは、あんな事言ったんですか?」
私がおずおずとそう聞くと、狛井さんは「んー」と言ってから、軽い口調で答える。
「やっぱり呪術師って、体裁がよくないからね。結構除霊師からは、敬遠される事が多いんだ。・・・まあ、そんな中でも」
彼はそこまで言うと、一旦言葉を切り、ブランコを止める。そして、寂しげな微笑みを浮かべ、続けた。
「出だけは、親しくしてくれてたんだけどなぁ」
溜め息を吐くように、切なさを滲ませた口調で、そう言った。
そうか。この人にも分からないんだ。どうして為辺さんに嫌われてしまったのか。
「いやー、それにしても、すぐに浄化が出来て良かったよ」
酷な事を聞いてしまったなと少し後悔していると、ふいに狛井さんが伸びをしながらそう言った。
「昨日君には心配要らないって言ったけど、実はちょっとだけ不安だったんだ」
「え、不安?」
「うん。自分が直接息子さんの霊に会った訳じゃなかったし。だから木下さんを連れてきたのは、保険の意味もあったんだ。出が男の子を封印しない為のね」
「・・・そうだったんですね」
「勝算が高かったっていうのは事実。ただ、そうは言っても、一概に簡単だなんて言えないからね。心情っていうのは、方程式に当てはめて解けるものではないから」
「・・・私も、少し不安でした。だって、私はあの家でかなり強い情念を感じていたので。それが怨恨ではなく未練からくるものだから大丈夫だって聞いても、実感が沸かなくて」
私がそう言うと、狛井さんは頷いて、返した。
「勿論、怨念自体も弱くはなかったよ。ただ、だからと言って手強いわけじゃない。少し言い方が悪いけど、心の弱い霊ほど怨念が強いんだ」
「心の、弱い・・・?」
「うん。そもそも、心が強い人間は霊になんてならない。あの子は子どもにしてはとてもしっかりしてるし強いけど、それでも精神が成熟しきっていない子どもなんだ」
・・・確かに、その通りだ。普通の人からしたら些細な事でも、精神が不安定な者からしたら耐えられないという事もあるだろう。
笠見山の霊を思い出す。あの時は、何故こんな小さな男の子が、と思った。しかし、あれは、何も珍しい事ではなかったのだ。
普通に考えれば行き着く答えのように思えるが、私は今まで、考えようともしなかった。結局は、為辺さんと同様、霊を一方的に悪しきものと決めつけていたのだ。
「・・・あの」
「ん?」
「今回の浄霊は、簡単な方だったんですよね?・・・普通は、浄霊できるまでどのくらい掛かるものなんですか?」
「ケースバイケースだけど、一ヶ月前後くらいのが多いかな?」
「なんでそこまでするのかって、以前に聞きましたけど・・・」
確かその時は、霊の為に自分に出来ることをしたいと言っていた。けれど。
「なんで、他人の為にそこまで出来るのか、分からないんです」
けれど、そんな事が聞きたいわけじゃないのだ。私自身、どんな答えを求めているのか分からない。けれど、もっと違う答えが聞きたかった。
「狛井さんは、残留思念が視れるわけでもないのに。深く同情が出来るわけじゃないのに。・・・その原動力は、何なんですか?」
狛井さんは静かに私を見る。暫し、無言で見つめ合う。そして彼は、視線を前方に向け、言った。
「自分の家系はね、短命なんだ」
「え」
「呪いでね。・・・君と同じだ」
私は目を見張る。彼は、知っていたのだ。私の呪いが、どんなものであるのかを。
「だからこそ、だよ。自分の残された時間が長くないと分かっているからこそ、何かを為したいと思ったんだ。人の為になる事ってさ、やっぱり気持ちが良いじゃん?だから自分は、自分にしか出来ない事で、誰かの役に立ちたいと思ったんだ。自分の、
――死は人生の終末ではない。生涯の完成である――
最初に狛井骨董店に行った時に、彼が口にした言葉を思い出す。
彼にとって、未練のある人生は、生涯の完成とは言えないのだろう。だから、未練の無いように、精一杯生きようとする。未練や怨恨を遺して逝った霊達からは、それらを取り払ってあげようとする。
私と同じ、短い畢生を覚悟している人なのに、考え方が、こんなにも違う。
「だからね、浄霊は自己満足なんだ。そもそも、意思があって動いている者は、皆自己満足で行動しているんだと、自分は思っているよ。人に優しくするのも冷たくするのも、救うのも害すのも、結局は自己満足なんだ。でも、その自己満足で救える人がいるならさ?」
「捨てたもんじゃない、ですか?」
私が言葉を続けると、彼は満足げに微笑んで、頷いた。
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