闇の呼び声 二

 俺達四人は、それからすぐに例の廃墟に向かった。その山の中の廃墟は、奇代世町に隣接する山の一つにあった。

 「山に入ってだいたい20分くらいの所にあります。建物は四階立てで、中は結構散らかっていました。元は何の建物だったかは分からないです。・・・あと、電波が悪くて携帯が圏外になってました」

 俺は、隣の運転席に座る為辺さんに、知っている事を全て話す。

 「あと、前回行った時は夜だったんですけど、大丈夫ですかね?」

 現在時刻は14時ちょっと前。やはり、時間によって出たり出なかったりするのだろうか。

 「そうだな・・・霊によっては恐怖心を煽る為に夜じゃないと出てこない奴もいるな。その場合は夜になるまで待つ必要があるが、大丈夫か?」

 「はい、母には連絡してあります。為辺さんの事を信頼してるようなので、特に心配してる様子は無かったです」

 母親の為辺さんに対する信頼は、檀家だからというだけではないだろう。罪な人だ。

 「あの、霊が見つかったとして、どうやって除霊するんですか?俺も何かお手伝いできることありますか?」

 迷惑掛けっぱなしじゃ申し訳ないと思い、聞いてみる。

 「除霊方法はケースバイケースなんだ。そこまで危険度の高くないヤツだったら祓うだけだし、高かったら封印する。それ以前に、おびき寄せたり罠を貼ったりする事が必要になる場合もある。状況を見て適宜判断する必要があるから、正直手伝ってもらうのは難しいだろう」

 「へえ・・・除霊って大変なんですね」

 俺がしみじみしていると、後部座席に座る宵村さんが言った。

 「どっかのTみたいに『破ぁ!!』の一言で解決できればいいんですけどね」

 その言葉に、砂流さんも同調する。

 「ウチのTはそこまで高次元じゃないからなぁ」

 「お前ら放り出すぞ」

 ウチのTこと為辺さんは、怒気を含んだ低い声でそう言い放った。


 それから暫く走ると、目的地の廃墟に到着した。まだ時間は14時半だったが、木々に囲まれていることもあり、少し暗く感じる。

 立ち入り禁止のロープの前に車を停め、俺達は降りた。俺と為辺さんはロープを跨いで進もうとするが、砂流さんと宵村さんはロープの前で足を止めていた。

 「どうしたんだ?いくらお前らでも、その高さのロープだったら超えられるだろ?」

 為辺さんが振り向き様に言う。

 「いや、超えられますけど、こうやって立ち入り禁止の文字を見ると、優等生の血が騒ぐと言いますか・・・」

 「普通に不法侵入ですよね、これ」

 砂流さんに続けて、宵村さんも言う。

 「何だよ。維純はともかく、優里香は今までに何回か廃墟に入った事あるだろ」

 「今まではフェンスでしたよ、確か」

 「フェンスだって同じだろ。入るなって意思表示がされているものだ」

 「フェンスの時は、その、登るのに精一杯で・・・」

 「そうだな。そんで結局登れなくて俺が持ち上げるんだよな」

 為辺さんと砂流さんが軽く口論する。

 そういえば、俺は特に不法侵入とか気にしないで入っていたな。そこのところも、反省しないと。

 そんなこんなで歩を進めていくと、すぐに廃墟が目の前にやってきた。相変わらず怖い雰囲気はあるが、先週のフィールドワークで行った所に比べると、全然怖いと感じなかった。他の三人も同じ様で、皆小首を傾げている。

 「何かいる感じはするが、あまり強い情念は感じないな。維純はどうだ?」

 「・・・情念の弱い霊が一体ってとこですかね。建物の外観を見ただけじゃ、確かな事は何も言えませんけど」

 為辺さんの問いに、宵村さんが答えた。

 「情念の弱い霊か・・・。俺達みたいな力のある奴がまとまって行ったら、警戒されかねないな。ここは分かれていくか」

 「分かれていくって、どういうことですか?」

 疑問に思い、為辺さんに尋ねた。

 「四人まとまって行くんじゃなくて、一チーム二人ずつで行くってことだ。チーム割りは俺と維純、優里香と楠木さんで行こう」

 そのチーム割りは少し意外だった。足手まといの俺は、てっきりリーダー格の為辺さんと行く事になると思っていたからだ。

 「優里香」

 為辺さんは砂流さんの方を向き、言った。

 「もしもの時は、お前がになれよ」

 その言葉に、砂流さんは迷うことなく頷いた。

 「分かりました」


 「そこ、気をつけてください。ガラクタが多いので」

 「おっとと・・・いやぁ、中々進みづらいですね」

 俺と砂流さんは、正面入り口から見て左半分を回る事になった。この建物は、入り口から見て右側と左側に一つずつ階段があり、入り口を挟んで右側を為辺さんと宵村さんが回る事になっている。

 薄汚れた壁。床に散乱した書類。錆びと埃で変色したパイプ椅子。

 前回来た時はこれらを見てこえーこえーと騒いでいたが、今回は昼間なのと、砂流さんという頼もしい存在がついてくれているおかげか、恐怖は感じなかった。

 所々に散らばるガラクタを踏み越えながら四階まで来たが、特に嫌な感じはしない。

 「砂流さん何か感じますか?俺はあんまり感じないんですけど」

 足下から砂流さんに視線を移すと、僅かに険しい顔をしているようだった。

 「うーん・・・。上に上がるにつれ、少し殺気が強くなってるかな・・・。近付いてきてるのかもしれない」

 マジか。俺は体を強張らせる。俺には砂流さんの言う殺気が分からなかったが、砂流さんが言うのだから間違いないのだろう。

 「思ったよりも殺気強いし、ひとまず師匠達と合流した方がいいかも。携帯は・・・使えないんだよね。式づてに連絡をとりますね。取り敢えず安全な一階に戻ってから、式を使います」

 そう言って、砂流さんは先程登ってきた階段の方に戻ろうとする。そこで、俺はそれなら、と提案をした。

 「ここの廊下の先に非常階段があるんですよ。さっき上がってきた階段はガラクタが多いし、そっちから行きません?」

 最初に廃墟に行った時も、ガラクタ階段を降りるのを嫌気して、非常階段から降りた。非常階段は中の階段とは違い、物などは無く綺麗だった。

 「分かりました。確かにさっきの階段をまた降りるのは危ないし、非常階段を使いましょう」

 砂流さんが承諾した事で、俺たちは真っ直ぐな廊下を端の方へ進んだ。端の方まで行くと、非常階段に繋がる口が見えてくる。元々は引き戸か何かあったのだろうが、今は外と中を隔てるものはなく、直接外へ出られるようになっている。

 「あ、本当だ。非常階段だ」

 そう言って先を歩く砂流さんが、非常階段に足を踏み出した、その時。

 「砂流さん!」

 口の近くの壁に沿って置かれていた棚が、いきなり砂流さんの方へ倒れてきた。

 「うわ!!」

 振り向いた砂流さんは、そのまま後ずさりし、何とか棚と、その中に入っていたガラクタを避ける。

 しかし、砂流さんが勢いつけて後ずさった先には、非常階段の低い手摺りがあった。

 「うっわ!」

 「砂流さん!!」

 砂流さんは、そのまま勢い余って手摺りを乗り越えてしまった。俺は必死に手を伸ばして走ったが、間に合わなかった。

 ――なんて、事だ――

 ガシャン、と真下から音が聞こえた。俺は慌てて手摺りから身を乗り出し、下を見る。ガラクタの上に、砂流さんが倒れていた。

 ――外にもガラクタがあったんだ――

 ガラクタがクッションになったんだったら、無事かもしれない。そう思った俺は、急いで非常階段を下り、砂流さんの元へ駆け寄る。

 「う・・・ぐっ」

 「砂流さん、大丈夫ですか?」

 ガラクタの山を上り、呻き声を上げる砂流さんに近付いた俺は、息を呑んだ。

 尖った木の棒が、砂流さんの腹部に突き刺さっていたのだ。

 ――ヤ、バイヤバイヤバイどうしよう!?――

 取り敢えず救急車・・・違う、ここは圏外なんだった。取り敢えず、急いで為辺さんを呼ばないと!

 そう思ってガラクタ山を降りようとした俺に、砂流さんが声を掛けてきた。

 「イタタ・・・待って、楠木さん。ちょっと、私を引っ張って、棒から抜いてくれない?」

 「は!?ダメですよ!なんか抜いたら、アレで・・・血が、止まんなくなるんですよ!!」

 刺さったものを無理に抜くのはよくないと、ドラマで見た事がある。必死に説得しようとするが、砂流さんは聞かなかった。

 「いいから・・・!早く!私の言う事を聞いて!」

 必死な声で訴えかけてくる。その語調からは自信も感じられた。

 ――もしかしたら、刺さってる位置的に抜いたほうがいいのか?――

 俺は医学とかの知識は全然無い。もしかしたら、砂流さんにそういう知識があるから、抜くように訴えかけているのかもしれない。そう思った俺は、砂流さんに従う事にした。

 「分かりました。抜きますよ・・・!」

 俺は再度ガラクタの山を登り、砂流さんの両腕を引っ張る。砂流さんから、痛々しい呻き声が漏れる。

 「んーーー!」

 俺は一気に力を込め、砂流さんを一気に棒から引き抜いた。勢いがつきすぎたのだろう、砂流さんがバランスを崩し、俺の上に覆いかぶさる。

 「わぁっ!」

 足場の悪い場所で支え切る事が出来ず、俺と砂流さんは、一緒にガラクタ山の下に落ちてしまった。

 「痛て・・・」

 俺が呻き声をあげると、上に覆いかぶさっていた砂流さんが、慌てて身を起こした。

 「うわ、すみません!重かったですよね!」

 「いや、別に、だいじょ・・・」

 そこまで言い掛けて、我に返った。

 「ちょっ傷!傷!急いで止血しないと!」

 俺は砂流さんのシャツを問答無用でめくり上げる。

 「・・・あれ?」

 しかし、傷はどこにも無かった。俺は腹部の上も――場合が場合なので――躊躇せずに見たが、傷口はどこにも見当たらなかった。

 しかし、俺が掴んでいるシャツには、棒が刺さったであろう事が分かる穴が空いている。念の為シャツの背中側も見るが、やはりそちらにも、ちゃんと穴が開いていた。

 「・・・どう、いう?」

 状況が飲み込めず呆然としていると、それまでずっと黙っていた砂流さんが咳払いをした。

 「ちょっと楠木さん、いい加減離してもらっていいですか?」

 彼女は照れたようにそう言うが、それどころではなかった。

 「どういう事ですか!さっき、確かに刺さりましたよね!ちゃんと、服にも穴が開いてるのに!・・・なんで、傷が無いんですか?」

 問いただすと、砂流さんはふうっと溜め息を吐いて、言った。

 「死なないんですよ、私」

 冗談を言っている雰囲気は無かった。

 「死、なない・・・?」

 俺はただ、呆然と言葉を繰り返す。すると砂流さんは、ふいに俺から体を離して立ち上がり、背中を向けた。


 「死者にならず、生者に戻る事も許されない」

 静かな声でそう言って、上半身だけ振り返る。無理に作ったような笑みを浮かべながら。

 「ゾンビのようなもの、と思ってもらえれば大丈夫です」

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