闇の呼び声 一

 六月二十七日

 「ん・・・誰だ?」

 バイブを鳴らすスマホのディスプレイを見た俺――為辺出は、登録されていない番号からの呼び出しに疑問を感じる。仕事柄、登録されていない番号からの電話はそう珍しくもないのだが、今は深夜の一時半だ。

 「もしもし」

 念の為名乗らないで出ると、電話の向こうから男の声が返ってきた。

 「あの、為辺さん・・・?楠木です」

 楠木。霊感体質に目覚めたという、檀家の息子だ。こんな時間に掛けてくるなんて、明らかにおかしい。

 「何かあったのか?」

 事と次第によっては、これからすぐに向かう必要がある。そう思った俺は、少し急かすように聞く。

 「はい、あの、前に俺が変な夢を見るって言いましたよね。ずっと俺の名前を呼ぶのが聞こえるって」

 「ああ」

 「あれがまだ、毎晩続いてるんですけど・・・」

 「まだ続いているのか」

 俺は壁に掛かってるカレンダーに目を遣る。確か彼が心霊スポットに行ったのが先週の日曜日――六月十四日で、その日から変な夢を見ると言っていたから、約二週間見続けている事になる。

 少し長いが、あり得ない日数ではない。そんな心配する事でもないだろうが、霊感体質になりたてだし、色々不安なのだろう。

 そう思っていたのだが、彼の懸念はそれだけではなかった。

 「それで、その夢に出てくる場所、なんですけど・・・」

 「場所?確か前は、暗闇の中で呼ばれてるって言ってなかったか?」

 最初に話を聞いた時は、確かにそう言っていた。暗闇の中で名前を呼んでくる。悪戯感覚の浮遊霊がよく使う手だ。しかし、暗闇ではなくが夢にでてくる場合は、話が変わってくる。霊が、何か訴えかけてきている可能性が高い。

 そう思い問い掛けると、楠木さんは一呼吸置いてから答えた。

 「はい。俺も、最初はよく分からない闇の中で名前を呼ばれてるなぁって思ってたんですけど、その・・・段々どこにいるか分かったっていうか、俺の心の余裕が出てきたから分かったのかもしれないですけど・・・」

 「それで、何処にいるんだ?」

 煮え切らない言い方をする楠木さんに、先を促すように言った。 

 「廃墟でした。・・・先日、肝試しに行った」

 


        *                     *


 「師匠、おかえりなさい。楠木さんも、いらっしゃい」

 前回もお邪魔した天会寺の建物に入ると、砂流さんが、為辺さんと俺――楠木透を迎え入れてくれた。


 『その辺の浮遊霊に目を付けられたんだと思いますよ。よくある事です』

 一週間前に俺が夢の中の声の話をした時に、宵村さんはあっけらかんとそう答えた。また、為辺さんや砂流さんも同意見のようだった。加えて俺も、名前を読んでくる以外には何もしてこないので、このまま放っておけばいいだろうと、昨日まではそう思っていた。

 しかし、今日の夢であの廃墟にいることが分かった。そうなれば話は変わってくる。もしかしたらあの夢での声は、廃墟に侵入した俺に憎悪の念を抱いている霊の声なのかもしれない。そう思ったらいてもたってもいられなくなって、気付いたら為辺さんに電話を掛けていた。夢の話をすると、「取り敢えず、明日・・・じゃないか、今日の昼頃に、直接話をしないか?」と言われた。本当はすぐにでも為辺さんに会いたかったのだが、時間も時間だし、今のところ変な夢以外実害も無いので、俺は渋々従う事にした。再び寝る気にもなれなかった俺は、スマホゲームをやって、何とか朝までやり過ごした。

 そして、今日の十一時頃に為辺さんが迎えに来てくれた。なんでも、俺の家や家周辺に件の霊がいないか確認したかったとの事だ。霊が取り憑くといっても数パターンあり、人にずっと張り付いているものもいれば、家に居座るパターン、はたまた家周辺に居座るパターン等あるらしい。俺自身に張り付いているわけではない事が分かっていたので、家か家周辺にいるものだと思っていたとの事だ。

 しかし、為辺さんが視たところ、家にも家周辺にもそのような霊はいなかった。

 「それじゃあ、楠木さんに憑いてるのはその辺の浮遊霊とかじゃなくて、心霊スポットの地縛霊の可能性がある、という事なんですね」

 大まかな事情を既に聞いているらしい砂流さんが、為辺さんの報告を受けて言う。

 「あれ、そういえば地縛霊って、その場所から動けないんじゃないでしたっけ?」

 ふと、疑問に思い問い掛ける。

 「地縛霊自身はその場所から動けませんけど、『呪い』を掛けて継続的に苦しめる事は可能なんです。なので、今回楠木さんの家にも家の周りにも霊がいないと言う事は、今言ったみたいに、地縛霊が呪いだけ掛けている可能性があるんです」

 砂流さんが答える。

 「だが、その肝試しには友人と数人でいったんだよな?複数人で、それに特別霊力が高い奴がいない場合に、一人だけ呪われる事は考えにくい。君が、周りの友人よりも特段怯えていたのなら話は別だが」

 為辺さんの言葉に、俺は首を振る。

 「いえ、俺も当時は霊なんて信じてなかったので。こえーって、みんなと同じように騒いでいただけでしたね」

 完全に怖がっていなかったと言えば嘘になる。風の音や軋みの様な音が聞こえて、その不気味な雰囲気も相まって、怖さは感じていた。しかし、それは周りの友人達も同じだろう。

 「ふむ・・・。あとは、その廃墟の物を壊したり、蹴ったりしなかったか?霊の大事なものに手を出されたとかで、目を付けられてしまうことはある」

 「うーん・・・結構ゴチャゴチャしてたので、知らない間に踏んだりとかは、してたのかな?そんな目立ったものは、無かったとは思うんですけど」

 「そうか・・・。やはり、その一緒に行った友人達に一度確認してみる必要があるな。彼等自身には何も起こってないから気にしていないだけで、何か心当たりがあるかもしれん。君は、まだ友人に霊の事は言ってないんだろ?」

 「・・・はい」

 俺は、今週の火曜から再び大学に通い始めていた。一緒に肝試しに行った友人には体調不良で休んでいたと言っており、霊の事は一切話していない。肝試し自体は何も起こらずに終了したので、廃墟の事が話題に上ることもなかった。

 「そうしたら、うちの要員を一人同行させて、話を聞かせてもらうとするか。・・・よし、維純に行かせよう」

 その発言に、砂流さんが驚いたように言う。

 「え、維純に行かせるんですか?絶対無理ですよ。110番の家の件忘れたんですか?」

 「でも、楠木さんとは早い段階で打ち解けていたんだろ?」

 「まあ、確かにそうですけど。でも、維純だけに行かせるのは、まだ早いような・・・」

 砂流さんの過保護な発言に、為辺さんは半ば呆れながら返した。

 「あのなぁ、あいつはもう高校生だぞ。それに、一番新人なのに一人で聞き込みもできないようじゃ、ただのお荷物だ。今後の為にも、絶対あいつに行かせるぞ」



 「絶対嫌ですよ」

 午前中は土曜授業だったとの事で、お昼を少し過ぎた頃に来た宵村さんが、例の話を聞いて即答する。

 「なんで私なんですか。為辺さんや優里香が行けば・・・」

 「しょうがないだろ。俺は大人だから向こうも緊張しちまうだろうし、人相悪い顔と地味顔だったら、まだ地味顔の方が印象良いだろ」

 不服そうな宵村さんに、為辺さんが言う。恐らく宵村さんに行かせる為の口実なんだろうが、それにしてもこの人は口が悪いな、と思った。

 「本当ムカつく・・・自分が良い顔してるからって。維純も何か言ってやりなよ!」

 為辺さんの言葉に、先に砂流さんが反応した。恐らく彼女は、目付きの事に触れられるのが地雷なのだろう。

 「いや、それに関しては本当の事だからいいんですけど、私は絶対に行きませんよ。・・・生きてる人間の相手なんて、冗談じゃない」

 宵村さんは暗い表情でそう言い、依然一歩も引く気配がない。その態度に、だんだん為辺さんの苛立ちが募っているようだった。

 「お前、マジでその生きてる人間恐怖症どうにかしろ!いいかげん腹を括れ!」

 「嫌ですよ・・・ニンゲンコワイ・・・」

 「じめじめすんなキノコ生える!」

 いつまでもうだうだしている宵村さんに、為辺さんが怒鳴ったような声で言う。確かに、彼女の放つジメジメは梅雨のジメジメと相まって、周囲にカビを生やしそうだ。

 「それに、大学生なんてパリピまっさかりでしょ?そんなモノと対話をする位なら、廃病院に一晩泊まる方がずっとマシです」

 酷い偏見だ・・・と思ったが、確かに俺の友達と宵村さんだと、テンションの差がありすぎるかもしれない。

 「お前、自分の事棚に上げて人様の事そんなモノ呼ばわりするんじゃねぇぞ雑魚が!」

 為辺さんも中々に容赦が無い。これは収集がつくのか難しそうだ。もう違う作戦に移行すればいいのでは無いか?いや、と思っていた。

 「あ、あの」

 俺は意を決して声を出す。

 「やっぱり、違う作戦を考えません?迷惑を掛けているのに図々しい事言ってすみません。やっぱり、友人にも心配・・・」

 掛けたくないし。

 そう続けようとして、俺は言葉を飲み込んだ。自分を取り繕っている場合じゃない。ここは正直に言おう。

 「いや、ただ単に友人に知られたくないんです。・・・多分、馬鹿にされるだろうから」

 その言葉に為辺さんよりも、砂流さんと宵村さんが反応したのが分かった。俺はそのまま続ける。

 「心霊スポットに行ったのも雰囲気さえ味わえればいいって感じで・・・誰一人、霊なんて信じてないんです。だから、霊にビビって除霊師にまで相談したなんて知られたら、心配されると言うよりは、ビビりすぎって笑われると思うんです」

 これは、全部俺の想像だ。けど、彼等の人柄、普段の様子を思い出した時に、そうなる可能性が高いと思った。彼らは悪い人ではないし、仲が悪いわけでは決してない。けれど、そういう事に対して馬鹿にしてこないかと言われたら、決してそんな事はしないと言い切れない。虐めはしないだろうが、長く弄られることにはなるだろう。

 「もう、直接廃墟に行きません?」

 ふいに、宵村さんがそう切り出した。それに対し、為辺さんが溜め息を吐いて言う。

 「あのなぁ、近場なら兎も角、そう気軽に行ける場所でも無いんだぞ?手掛かりの少ない中行っても解決出来る見込みは少ない。というかお前、適当な事を言って、ただ人と関わりたくないだけだろ」

 「私も維純に同意です」

 宵村さんの言葉に呆れていた為辺さんだったが、砂流さんの賛成で顔を顰めた。砂流さんはそのまま続ける。

 「師匠は体育会系気質に見えて、妙なところで慎重ですよね。現場に行った方が手っ取り早いですよ。それに、もし私達がお友達と会った事で、彼の友好関係を崩しちゃったらどうするんですか。せっかく霊感体質のレクチャーをしたのに、それ以外の事でストレスを溜めちゃったら、元も子もないでしょ」

 俺は、二人があっさり同意してくれた事が意外だった。明らかに迷惑を掛けてばかりなのに、こんな我が儘を聞いてくれて。申し訳ない気持ちと同時に、嬉しくなった。まあ、宵村さんに関しては、本当に人と関わりたく無かっただけかもしれないが。

 「・・・分かったよ。それじゃあ、早速今から廃墟に向かうぞ。そんで、解決するまで戻らない。やるんだったら、徹底的にやるぞ」

 為辺さんは、溜め息を吐きつつもそう言ってくれた。そして、彼は俺の方を向いて言う。

 「申し訳ないが、君にも来てもらいたい。情報が少ないから、唯一の当事者である君がいてくれると助かる。・・・少し怖い目に会うかもしれないが、構わないか?」

 勿論、任せきりにしようとは思っていない。俺は為辺さんの目を見つめて、ゆっくりと頷いた。

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