レクチャー 三
天会寺を出た俺は、砂流さんと宵村さんに連れられて歩いていた。砂流さんが霊の出やすい場所に目星をつけてくれたとの事だ。
「でも、霊って霊力の高い人を襲うんスよね。砂流さんや宵村さんの方が霊力が高かったら、俺って狙われないんじゃないですか?」
先程の講義で聞いた内容を頭の中で復習していたら、ふと思い当たったので聞いてみる。すると二人は、口を揃えて「それはないな」と即答した。
「確かに霊力が強い人間は率先して襲われます。じゃあ、それは何ででしたっけ?」
「ええと、霊力の高い人間だったら霊の姿を視たり声を聞いたりできるので、よりビビらせやすいから、ですよね?」
砂流さんの問いに、講義の内容を頭の中で整理して答える。
「そう。姿を視せるのはあくまで手段であって、目的はビビらせる事。楠木さん、私や維純よりも霊にビビらない自信はありますか?」
「・・・無いです」
当たり前だ。こんな歴戦の猛者達と比べたら、俺なんてまだまだ
そのまま暫く住宅街を歩いていると、砂流さんが「こっちです」と言って脇道に入って行った。続けて入ると、道の先の方は家が途切れていて、両脇が藪になっていた。その道の先は曲がり角になっている為、藪の終わりは見えない。どこにでもあるような光景なのに、その藪を見た途端、背筋が寒くなった。
「へえ、こんな場所あったんだ」
宵村さんが呑気に呟く。
「そうなんだよ。もう私等の存在も気づかれてるっぽいね」
それに返す砂流さんの声ものんびりしている。
俺は一人、震えていた。ここはヤバい。霊感体質デビューして間も無い俺でも分かる。しかし、そんな俺を余所に砂流さんは「じゃ、行こっか」と進もうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください!まだ、心の準備が・・・」
俺は砂流さんの肩を掴み懇願する。しかし、砂流さんは無慈悲だった。
「霊は心の準備が整うまで待ってはくれないです。ほら、進みますよ」
どうやら酌量の余地はないようなので、俺は渋々二人についていく事にした。薄暗い藪の中を二人の背に隠れるように歩いていると、藪の中から刺すような視線を感じる。一つじゃない。複数の視線だ。俺は今まで感じたことの無い殺気に足が竦むが、何とか置いてかれないようについていく。
いつまで続くんだ、この藪は。歩いても歩いても進んでないような錯覚を覚え始める。まだ藪を抜けないんですかと聞きたいが、声を出した途端、得体の知れない何かに襲われるんじゃないかという恐怖で、口を噤んでいた。
どれ位歩いただろうか。「さあ、おでましだよ」という砂流さんの声が聞こえた。俺の前にいた砂流さんと宵村さんが、サッとカーテンが開くように左右にどく。すると、道の真ん中に異様なものが見えた。
ボサボサの長い髪を真ん中分けにした、白いワンピースを着た女だった。口元には不気味な笑みを浮かべていて、白目の部分が無い、真っ黒な目をしていた。
――よし、視なかった事にしよう――
俺は何も言わずに、目の前のカーテンを閉める。すると、宵村さんが首だけ振り向いて言った。
「お分かり頂けただろうか?もう一度ご覧頂こう」
宵村さんが再び目の前からどこうとしたので、俺は慌てて抑えつける。両手で左右から宵村さんと砂流さんの肩を強い力で挟んだ為、「いたた、痛い!」と砂流さんが大きな声を上げた。
「ちょっと隠れないでよ!楠木さんの修行の意味ないじゃん!」
「だからってあれはヤバいって!」
「大した事ないじゃん!あんなの、親の顔より見る光景じゃん!」
「親の顔の方がずっと多いわ!アンタはもっと親の顔を見ろ!」
「さっき言ったでしょ?ビビらせる為に敢えて悍しい姿になってるって!そう考えたら逆に健気でしょ?愛嬌すら感じるでしょ?」
「あんなんに愛嬌感じるとかアンタおかしいよ!眼科行け!」
「兎に角進むよ!戦隊ヒーローの敵並みに何もしないで待っててくれてるんだから!」
「無理無理無理無理!!」
「分かった」
俺と砂流さんが言い争っていると、宵村さんが急に声を上げた。
「私がまずアイツの所行くよ。私が大丈夫だったら楠木さんも続いて」
そう言って宵村さんは躊躇いなく霊の方へ向かう。奴は、先程と変わらず気味の悪い笑みを浮かべていた。霊との距離が縮まっても宵村さんの足取りが重くなる事はなく、そのまま宵村さんは霊をすり抜けていった。
「・・・え?」
「だから、言いましたよね。霊にビビらなければ、取り憑かれる事も無いって」
ぽかんとする俺に、砂流さんが声を掛ける。宵村さんが振り返り、「大丈夫ですよ、来てください」と言ってきた。
「じゃあ維純が大丈夫だったので、楠木さんも続いてください」
「無理ですって!俺、あの人と違って場数踏んでないし!」
「だから今場数を踏んでるんでしょ?私と維純がサポートに入れる状況で」
ほら行った、と砂流さんが言う。何も言い返せなくなった俺は、仕方なく霊の方へ向かう事にした。
重い足取りで、ゆっくりと近付いていく。奴は相変わらず不気味な笑みを浮かべている。大丈夫、こんなの只のハリボテだ。お化け屋敷によく置いてある、精巧に出来た作り物のようなやつだ。そう自分に暗示をかけながら歩を進めていく。うん、慣れてきた。大丈夫そうだ。このまま宵村さんみたいに、通り抜けるんだ。そう思いながら目の前までやって来た、その時。
「アハハハハハハハ!」
目の前の霊は、急に大きな笑い声を上げながら、激しく揺れた。
「うわあああああ!」
俺は思わず大声を上げる。と同時に、体の自由が効かなくなるのが分かった。耳元で「ふふふふ」とほくそ笑むような声が聞こえる。背中に冷や汗が流れるのが分かった。
ヤバい。誰か。助けて。助けて。そう念じながら俺は、かろうじて動く首で砂流さんの方を見る。
「あんなびびってるよ、若いねー」
「私達にもあんな頃あったよねー」
砂流さんは、いつの間にか反対側から帰ってきていた宵村さんと、まるで縁側でお茶を飲む老人のような雰囲気で話していた。
「しんみりしてないで早く助けてください!!」
俺の悲痛な叫び声が、鬱蒼とした藪に響き渡った。
「反則じゃん!俺の時だけあんな動きするとか反則じゃん!」
俺は大声で文句を言いながらずかずかと歩く。
「まあ・・・楠木さんが凄い怯えてたから、ロックオンしちゃったんでしょうね」
俺は砂流さんのその言葉を聞いて溜め息をついた。結局あの霊は、砂流さんが呪文であっという間に祓ってくれた。結果的に俺は無事だったが、こう一発目からやすやすと取り憑かれかけてしまうと、先行きがとても不安になる。
「でも、あの程度でビビってたら一ヶ月で死にますよ?」
「ええ!?」
宵村さんの言葉でさらに不安が倍増される。
「いや、流石に一ヶ月はないでしょ。維純並みの霊力ならまだしも。まあ、楠木さんがどれ程の霊力を持っているかは現時点ではよく分からないけど、せいぜい三ヶ月くらいじゃない?」
砂流さんの言葉は少しも気休めにならなかった。
「やっぱり無理ですよ!何回見てもあれは怖いです!」
「でもあれ位ゴロゴロいますよ。因みに私はあのコスチュームの奴を視るのは、さっきので504人目です。特に白いワンピースは定番だし」
「ワンピースはともかく!なんなんですか、あの目は!」
今思い出してもゾッとする。何処に隠れようと無駄なんじゃないかと思わせる、人間離れした目。あの目をした霊には数日前にも遭遇したが、何回遭遇しようと慣れるものではない。
「まあ、そのうち何も感じなくなるよ。ねえ、優里香」
「そうだね。まあ、私は憎悪と羨望を感じるけどね。・・・あの黒目の部分、半分くれないかなって」
「それだと流石に多いと思いますよ」
砂流さんの滅茶苦茶な発言に、俺は呆れながらツッコんだ。
「でも、私が子どもの頃は、白目だけの霊の方が多かったんだよね」
宵村さんの言葉に、砂流さんが賛同する。
「ああ、確かに。最近は全然視ないよね」
「やっぱり、白目って普通の人間でも再現できるし、あんま怖くないって気が付いたのかな?」
「そうかも。反対に黒目だけって、普通の人間じゃ出来ないもんね」
「成る程・・・霊たちにも流行があるんだな」
「そう、ゴーストレンド」
「
「変な言葉作るな使うな!・・・それより、今度は何処に向かってるんですか?」
「ああ、今度は維純の提案した場所ですよ」
前を歩いている砂流さんが、首だけこちらに振り向いて答える。
「ここからちょうど近くて。定番中の定番だけど、霊に足を引かれる横断歩道です。私は小さい頃、二回程転ばされました」
砂流さんの隣で歩いてる宵村さんが前を向いたまま言った。
「え・・・宵村さんが引っ掛かるって、よっぽど危ない霊なんじゃないですか?」
「別にそんなじゃないですよ。私だって小さい頃からガン無視のスペシャリストだった訳じゃないし」
・・・そうか。いくら生まれつき視えるからといって、最初から完璧に順応できる訳じゃないもんな。小さな女の子なら尚更だ。俺は年甲斐もなく喚いていた先程の自分を少し恥じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます