レクチャー 二

 「大丈夫ですか?」

 お茶を一口飲んだ俺に、砂流さんが声を掛けた。

 「はい、大丈夫です」

 年下の女の子に一方的に毒突くという醜態を晒したばかりだからか、俺の心は存外落ち着いていた。

 「それじゃあ、心霊スポットに行った時と、その後の話を聞いても良いですか?」

 砂流さんに促されて、俺は記憶を辿る。

 「・・・先週の日曜に、友達と肝試しで心霊スポットに行きました。山の近くにある廃墟でした。そこを周ってた時は、これといって何も無かったです。異変はその日帰ってから起こりました」

 思い出しながらゆっくりと話していたのだが、砂流さんも宵村さんも真剣に聞いてくれていた。

 「夢を見るんです。暗闇の中で、誰かにずっと呼ばれてるんです。透、透って。どんな声か覚えてないんですけど、確か女の声でした。まず、これが毎晩です」

 「成る程。他にも何か霊障があるんですか?」

 「はい、一番怖かったのは」

 その光景を思い出し、深呼吸してから言う。

 「髪の長い女を視たんです。・・・白目の無い、真っ黒な目をした」

 霊に詳しくない俺でも分かる。あれは、ヤバい奴だ。あんな見た目をした奴を視るなんて、絶対に良くないに決まっている。そう思っていたのだが、宵村さんはあっけらかんと答える。

 「ああ、よくいるタイプね」

 「よくいるタイプ!?」

 予想外の言葉に、俺は思わず大声で聞き返した。すると、砂流さんがフォローを入れるように話してくれた。

 「ええと、霊って取り憑く為に、心に隙を作る必要があるんです。だから、敢えて悍しい姿になってるんですよ」

 「なんで、悍しい姿してるからってビビっちゃいけないって事ですね」

 「いや、無理だろ!あんな化物みたいな姿にビビるなって」

 続けて宵村さんが言った言葉に思わず突っ込む。

 「それで、他にも何か視たんですか?」

 砂流さんのその言葉で、脱線しかかっていた事に気付いた俺は、咳払いを一つしてから続きを話す。

 「後は、視界の端に黒い影を視たり、歩いてると後ろから変な声がついてきたり・・・」

 「成る程、霊感体質あるあるですね」

 「俺の六日間の苦悩をあるあるで済ませないでください」

 宵村さんの再びのあっけらかんとした発言に、俺は強めに突っ込んだ。

 

 「うん、やっぱり話聞いてる感じ、心霊スポットに行った事で霊感体質に目覚めちゃったって感じですね。接触してくる霊もバラバラだし」

 「心霊スポットに行った事で目覚めちゃうんですか?」

 砂流さんの言葉に、俺は質問で返す。

 「霊現象に巻き込まれた時に霊力が高くなる場合があるんだけど、その基準も曖昧だったりするんですよね。心霊スポットみたいに霊の負の感情が渦巻いてる場所に足を踏み入れた事がトリガーになったのかもしれない。一緒に行った友達は大丈夫なんですよね?」

 「はい。SNS見た感じ、俺以外の友人は普通に元気そうですね。面と向かって聞いてはないです。あれから大学休んでるから、心配掛けたくないし」 

 「他の子が大丈夫だったんなら、心霊スポットで取り憑かれた線はやっぱり低いね」

 「あ、あの、じゃあ夢で聞こえる声は?ここ一週間ずっとなんですけど」

 「その辺の浮遊霊に目を付けられたんだと思いますよ。よくある事です」

 「よくある事なんすか・・・」

 またまた宵村さんに何の変哲もなく答えられたので、俺は軽いカルチャーショックを覚え始めた。

 「でも浮遊霊ならそのうち飽きて向こうから離れますよ。貴方が何かに憑かれてる感じはしてましたが、殺意とかは感じないので、大丈夫だと思います」

 砂流さんの言葉に目を見張る。憑かれてるとか分かるのか。というか、やっぱり憑かれてるのか、俺。

 「でも夢とは言え気持ち悪いですよ。安心して眠れやしない」

 「まあ、そこは慣れですね」

 「うん、慣れるしかないね。これから先も何度もあるだろうし」

 二人の根性論のような言葉に、俺は小さく項垂れた。

 「一番心掛けることは、霊を視ても驚かない事です」

 「それができたら苦労しませんよ・・・」

 「まあこれも慣れですね」

 「結局慣れかよ・・・なんか他に、注意点とかありますか?こういう事するのはよした方がいい、とか」

 俺の言葉に、二人は顔を見合わせ考える素振りを見せる。そして、先に宵村さんが口を開いた。

 「エレベーターに乗らない、とか」

 「エレベーター?」

 「あ、それあるかも」

 砂流さんも同調する。

 「私も体力無くて辛かったけど、なるべく階段とか使ってたなぁ。エレベーターで変な場所行っちゃった事あったし」

 「へ、変な場所って?」

 「なんか、真っ暗闇で無音の空間とか、昼間のはずなのに夕方っぽかったりとか・・・」

 「それ、降りたらどうなるんですか?」

 「さあ、オカルト掲示板でも定番の話だけど、降りたって人の話は聞いた事がないなぁ。まあ、単純に降りた人は帰って来れなかっただけだと思うけど」

 砂流さんの代わりに宵村さんが答えた。

 「だからさらっと怖い事言わないでください!」

 「後は、定刻外の電車やバスに乗らない、とかね。なんか古びた電車が来て、まるで誘うように目の前のドアだけ開いた事があったな」

 砂流さんの言葉に、宵村さんが感心するように小さく二回頷いた。

 「へえ、そんな事あるんだ」

 「維純は無い?」

 「久しく乗ってないからね。小さい頃駅のホームにいたら、背後を押されて落ちそうになったり、引きずられて落ちそうになった事あったから。まあ市外に出る用もないから困らないんだけど」

 俺は、愕然としていた。二人とも、一見すると何の変哲もない普通の女の子だ。それなのに、二人が何となしに語っている体験談は、まるで俺とは違う世界を生きてきたかのようだった。俺とは違う次元にいる、いや、少女達。これからは俺も、彼女等のように順応していかなければならないのだ。


 それから、金縛りの解き方のコツだのお勧めの逃げ込みスポットだのの講義が続き、ひとまず休憩となった。

 「ふぅ、教えた教えた〜。楠木さん、なんとなく分かりましたか?」

 砂流さんが軽く伸びのような動作をして聞いてきた。

 「分かったような分からなかったような・・・。まあ、要するに慣れろって事っすよね」

 俺も同じく伸びながら返した。

 「うん、結局は実践を重ねなきゃだよね。頭で理解しても、実際にその場面でパニックになっちゃしょうがないし」

 宵村さんが机に両肘をついて言う。そして、その言葉に砂流さんが反応した。

 「実践・・・そうだ!」

 「な、なんスか」

 「フィールドワークに行こう!」

 「ふぃ、フィールドワーク?」

 「霊力の高い人間三人が街中のそれっぽいとこ歩けば、霊なんてすぐに寄ってくるだろうし。そんで私と維純が補助としてついた状態で、少しでも実践を重ねよう!」

 「うん、いいんじゃない?」

 砂流さんの発言に、宵村さんも賛同する。

 「それじゃあ、あと五分休憩したのち、出発しよう!」

 そう言って、砂流さんは準備の為か、部屋の外へ出て行った。

 「実践、か・・・」

 「緊張します?」

 思わず溢した言葉に、宵村さんが反応した。

 「そりゃぁ、まあ。砂流さんと宵村さんがいてくれるって言っても、やっぱり霊を視るって怖いっスよ」

 そういうと、宵村さんは視線を落とし、間を置いてから問い掛けてきた。

 「・・・やっぱり、いきなり視えるようになるのって、辛い、ですか?」

 少しだけ低く、小さい声だった。なんとなく冗談で流してはいけない気がして、俺は言葉を選びながらも真実を述べた。

 「そりゃあ辛いですよ。アンタ達は生まれた時からこの世界が当たり前だったのかもしれないけど、俺は二十年間、そんなもの微塵も信じず生きてきたんです。なんと言うか、恐怖も勿論だけど・・・」

 宵村さんは静かに俺の言葉を聞いていた。

 「後悔、ですね。友達につられて心霊スポットになんか行くんじゃなかった、そこに行かなきゃ俺は何も知らずにいられたのにって。けど・・・」

 俺は、笑顔を作ってみせて言う。

 「後天的に霊力を得た場合は、また零感に戻れる可能性があるんでしょ?それだったら、取り敢えず今は体質に順応して、後は元の体に戻るのを祈るのみっスね!」

 自分に言い聞かせる為、加えて、心配を掛けない為に少しポジティブに振る舞ってみせたが、宵村さんは何も言わなかった。何か考えているようにも見えた。俺の心配をしてくれているのは確かだろうが、さっきの宵村さんの問いは、何か他に理由があるようにも思えた。

 その後すぐに砂流さんが部屋に戻ってきて「そろそろ出発しよう」と言うので、俺は一つ伸びをしてから重い腰を上げた。

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