被害者 四
件の通学路に到着し、俺と維純は、110番の家を探した。案外すぐに見つかり、まずは
「・・・なんか、式を使うとプライバシーもへったくれも無いですね」
俺の手元に戻ってきた鷹の式を見て、維純が呟いた。
「式は、霊力の低い人間からは只の紙にしか見えないからな。目立たないから、偵察にはもってこいだ」
「なんか手口が完全に詐欺師ですね・・・」
「霊現象解決の為だ。それじゃあ、行くぞ」
維純はまた少し渋った顔をしたが、構わずインターホンを押した。
「はい」
先程式で確認した通りの、六十代位の女性だ。
「突然すみません。私、新井と申します。隣は私の妹です。実は昔、ここの近所に住んでいたんですけど、110番の家の方にお伺いしたい事がございまして」
適当な名前を名乗って、女性に話しかける。維純は隣で俯いたままだが、これはそういう設定なので、構わない。
「私に聞きたい事ですか・・・?何でしょう?」
隣に若い女がいるからか、元の人柄の良さか、女性は特に怪しむ様子もなく言葉を返してくる。
「六、七年位前に、ここの通学路で女の人攫いが出た事件はご存知でしょうか」
「・・・はい。覚えています」
よし、第一関門クリアだ。
「実は私の妹も、その人攫いに攫われかけた事がありまして・・・。当時妹はその件で深く傷ついていたので、その後すぐに引っ越してここの土地を離れたんです。それで引っ越してからは心の傷も癒えてきていたんですけど、最近、また当時の事を思い出してしまったみたいで、夢にも出てくるとか・・・」
「あら・・・それは可哀想に」
女性は憐んだ目を維純に向ける。どうやら完全に信じているようだ。第二関門クリア。
「攫われかけた後すぐに引っ越したので、その女がどうなったのか知らないんです。もし捕まっているのならば、妹も少しは安心できると思うんですけど・・・」
「そうね。それじゃあ立ち話もなんだから中へどうぞ」
そう言って女性は中へ通してくれた。これは予想以上に良い展開だ、と内心喜ぶと同時に、あまりにも警戒心の無いこの女性が心配になった。
居間のソファを勧められ、座って待っていると、お茶の入ったコップを3つ、お盆に入れて持ってきてくれた。
「当時、その人攫いの事はだいぶ話題になりましたね」
お茶の配膳を終えて向かいのソファに座った女性は、コップを両手で包みながら口を開いた。
「結論から申し上げますと、その女とおぼしき人物は自殺しました」
「そうだったんですか・・・!逮捕される前に自殺した、という事でしょうか」
やっぱりなと内心思いながら、驚いた表情を作って問い掛ける。
「はい、逮捕されそうになったから自殺したのかもしれませんね。・・・その女とおぼしき人物を知っているという、保護者の噂も広まっていたので」
「女が誰だか知ってる人が、保護者の中にいたんですか・・・?」
ここはもう少し掘り下げよう。維純の視た記憶だけだと、女が世話人以外にどういう交友関係を築いていたか分からない。
「はい。その保護者の方のお子さんが幼稚園の時に、同じクラスだった子の親御さんだっていう話で。シングルマザーで忙しいのに保育園が定員オーバーだったから幼稚園に入れたとか、保護者参加のイベントの時にたまに代わりの人が来てたとか、そんな大変な状態なのにお子さんをしっかり大切にされてたとかで、当時保護者の間でも有名だったみたいです。それで保護者間でも何か力になれないかって声を掛けてたみたいなんですけど、あまり他の保護者との交流には乗り気じゃなかったみたいで」
成る程。維純の視た記憶とも噛み合う部分が多い。
「只、そのお子さんが・・・。年長さんの時に、事故で亡くなられたとかで・・・」
「・・・そうだったんですね」
「それからその一、二年後に女の不審者が現れ出して、その不審者をたまたま見たのが、さっき言った保護者の人なんです。見た目も似てたし、事情も事情だったから、子どもを狙っても不思議じゃないと・・・」
「成る程。それで顔を見られたその女は自殺をしたって事ですね」
「恐らくそういう事だと思います」
だいぶ繋がったな。正直一件目でここまで情報が聞けるとは思ってなかった。この年齢の女性は話好きなのもあると思うが。それにしてもこの人は直接は関係が無いのにここまで知ってるなんて、おばさんネットワークとは恐ろしいものだ。
俺が関心していると、女性が維純の方を向き、優しい顔をして言った。
「貴方も深く傷つけられたかもしれないけど、あの人にも大変な事情があったっていうのは分かってあげてね。到底許される事ではないんだけどね」
「・・・分かりました」
維純がここに来て初めて口を開いた。
それにしても、事情を知っている人間にとってあの女は同情すべき存在なんだな。まあ、
「あ、師匠ー!終わりましたか?」
公民館に戻ると、優里香が入り口前のベンチに座っていた。
「ああ。だいぶ良い情報が聞けた。そっちはどうだ?」
「通学路を隅々まで探索したんですけど、特に霊界との境が曖昧になってる場所は無かったですよ。全く人使いが荒いんだから・・・荒いのは気性と運転と金遣いだけにしてください」
「別に金遣いは荒くねえよ」
溜め息をつきながら答える優里香に言い返す。疲労なんて関係無いくせに。余程先程の言葉を根に持っているようだ。
「公民館以外の場所は特に思い入れ無しか・・・。こっちは色々分かったぞ。通学路に出た不審者はあの女である可能性が高い。それで、人攫いが自分だとばれそうになって自殺したんだろう」
「攫った子どもを殺そうとしたのか、只単に子どもを求めていたのか・・・。どちらにしても子どもを求めた状態で死んだんだとしたら、式を子どもに変化させておびき寄せるってのはどうでしょうか?」
「それは難しいだろう。理性のイカれた奴ならともかく、あの霊慎重だしな・・・。その子どもが人間じゃなくて霊体って分かったら、俺達の差し金だって気づくだろうな」
逆に、あの霊が理性を失う程食いつくものは・・・。俺は維純の方を向いた。
「維純、残留思念を視た時に、子どもが死んだ時の姿とかって視たか?」
「いえ、視てないです・・・。本当に走馬灯みたいな感じだったので、成長した姿すらはっきりと視てませんし」
「ああ、その子の当時の服装の通りに変化させれば、我が子の霊かも!っておびき出せるかもしれないですもんね」
「幼稚園の年長の時に死んだらしいから、その幼稚園の制服でもいいな。ここらへんの幼稚園は一つしかないから、恐らく・・・」
・・・待てよ。幼稚園の年長?
「・・・俺に良い考えがある。と言っても、賭けになるが。あと一日だけ、時間をくれ」
あまり児童センターを長い期間閉じる訳にも行かないからな。明後日に必ず、決着を着けてやる。
* *
五月二十二日
「うまく行くといいですね」
優里香が少し不安そうな顔で為辺さんに言う。
「こいつの苦労が水の泡にならなければいいがな」
為辺さんが人型の紙を見つめながら返した。
私――宵村維純は、児童センターの霊と決着をつける為、為辺さん、優里香と公民館のロビーにいた。と言っても、私は今日は見学だ。二人の除霊の様子を視ていろ、との事だった。まあ、今の私にできる事といったら囮役位だし、その囮も今回の作戦では別の人・・・否、霊が務める。
為辺さんは持っている人型の紙を見つめながら呪文を唱え、床に置く。すると、その紙の上に、一人の霊が現れた。表情の無い、二十代位の男性だ。霊なので、霊力の低い人には姿が視えないだろう。これが、為辺さんや優里香が操る、「式」というものだ。
「それじゃあ、昨日の子どもの姿になれ」
為辺さんの指示に、その霊が頷く事はなかった。だが、瞬く間に姿が幼稚園の制服を着た子どものものへと変化した。
「これが、恐らく児童センターの霊の子どもの姿、なんですね」優里香が言う。
「ああ、恐らく、な」為辺さんが返した。
為辺さんは、一昨日の夜・昨日と、この式を使って、あの110番の家の近所の家に片っ端から潜入させ、幼稚園の卒園アルバムを漁らせていた。
『幼稚園の卒園アルバムって、もし途中で死んだ子がいたら、集合写真の時に一人だけ顔写真とかになるよな』
『そうですね、写真撮る日に休んじゃった場合とかも顔写真になると思いますけど。子どもは体調崩しやすいですからね』
『あの霊の子どもが年長だったのは、大体八年位前って事になるから、それ位の年の卒アルを探して、顔写真になってる子どもがいたら、その子どもの可能性が高いんじゃないか?』
『・・・ま、待ってください!まさか、式を使って片っ端から探す気ですか!すごいヒット率低いと思うんですけど!』
『もちろん何の勝算も無い訳じゃない。あの110番の家の人の話、又聞きにしては詳しすぎたからな。井戸端会議で聞いたって可能性が高いだろう。だから、あの家の近所に、その幼稚園で同じクラスだったって子の家があってもおかしくはない』
・・・という、為辺さんと優里香のやりとりがあり、その「式を使って卒アル漁ろう大作戦」が決行された訳だ。式は一回命令をすれば、ひとりでに行動をしてくれるとの事で、
因みに現在夜の20時。公民館は閉まっており、職員も避難させている。地縛霊なので恐らく児童センターからは出られないのだが、念の為だ。
子どもの姿をした霊が歩くと、床に置いてある紙の方も一緒に移動する。式が児童センターの入り口の前で足を止めると、為辺さんが呪文を唱えた。すると、紙はその場に留まり、霊だけが児童センターの中へ入って行った。
「今唱えた呪文が、式を任意の時間の霊界へ解放する為の呪文だよ」隣にきて、優里香が説明してくれた。
霊界は現世と違って、時の流れが無い。時間毎に霊界が分かれていて、現世で時が流れるたびに、その時間の霊界が生まれる。式の霊体がいるのは霊界なのだが、紙人形が現世との鎖を意味している為、現世の時の流れに合わせて、式の霊体は現世と同じ時間の霊界へ移動していく。だが、それだと一つの時間の霊界に捕われている霊と接触が出来ない為、先程の呪文を唱える事により、現世との鎖が一時的に外れ、一つの霊界に留まる事が可能になるらしい。術者が近くにいないと効果が無いらしいが。
ふと、児童センターの中から、声が聞こえた気がした。私達は入り口から少し離れた場所にいたが、注意して視ると、あの地縛霊が姿を現している事に気付いた。
「〜〜、〜〜!!」
地縛霊が叫び声をあげ、変化した式を抱きしめた。哀しみと喜び、そんな強い感情の波が伝わってきた。
「ビンゴみたいっすね」優里香が囁く。
「ああ、気づかれないうちにいくぞ」
私達は気配を忍ばせ、児童センターに足を踏み入れる。入り口近くで様子を伺うが、その事に地縛霊が気付いた様子は無い。
「無限回廊」為辺さんが優里香に端的に指示を出すと、優里香がしゃがんで呪文を唱え始めた。
無限回廊――呪文と霊力で、霊界に結界を張る霊術だ。
ふと、式に抱きついていた霊が顔を上げる。気づかれた。霊がこちらに動き出す・・・が、一定の距離から近づいて来る事はなく、足踏みを繰り返している。霊からしたら、この廊下が無限に伸びているように視えているだろう。近付いているつもりなのに中々近付けない、という状態になっているはずだ。
「かかった」
優里香が静かに言った。それを合図に、為辺さんが「金縛り法」と指示を出す。優里香は、九字を切りながらゆっくり近づいて行った。金縛り方は、文字通り霊を縛りつけ、捕らえる為の霊術だ。即ち、追い払うのではなく。
「封印、するんですね」思わず呟いていた。
「当たり前だろ。地縛霊は追い払っても戻ってくる事が多いし、加えてあの怨念だ」為辺さんが、当然の事を言わせるな、というような表情で言った。
勿論、分かっていた事だ。この霊は、野放しにするには危険すぎる。
「オン・キリキリ。オン・キリキリ」優里香の真言が聞こえてくる。
『貴方も深く傷つけられたかもしれないけど、あの人にも大変な事情があったっていうのは分かってあげてね』
110番の家の女性の言葉が蘇る。
「・・・成仏、とかって、できないんですかね」
私が口にした言葉に、為辺さんは目を丸くする。
そして、「・・・できない」と返した。
・・・やっぱり、そうか。為辺さんはそのまま言葉を続ける。
「そもそも、誘拐未遂を繰り返し、子どもを危うく殺しかけた霊なんかに、何故、同情の余地がある?」
同情?
・・・そうか、私は、あの女に同情してるのか。断片的とはいえ、私は彼女の記憶を覗き、彼女の半生を感じた。
「オンキリ・ウン・キヤク・ウン」優里香の真言が聞こえてくる。そろそろ唱え終わる段階だ。
「霊は、強い情動と無差別な悪意で、罪なき人に害を及ぼす。特に、
何も言い返せなかった。
「同情なんて無意味な事をしないで、合理的に物事を考える。・・・お前は、そういう人間だと思っていたんだがな」
そう言って、為辺さんは歩き出した。手には秘密箱を持っている。
・・・そうだ。私は彼奴等に、何度殺されかけたか。今までも、これからも、私を私を害し、苛める存在。同情の余地なんて無いじゃないか。
私は、そのまま、為辺さんが霊を封印するのを見つめていた。霊は最後まで式を自分の子だと思っていたようで、式に対して縋るように手を伸ばしていた。悲哀だとは思う。でも、もう同情はしない。少し、胸が疼くような感覚があったが、それは、きっとあの霊の怨念にあてられたからなのだろう。
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