チキンレース 二

 バイトを始めた次の週の土曜の夜、早速除霊の現場に連れてかれた。その現場というのが、四十代の女性が一人暮らししている一軒家で、夜になると家の外から変な声や窓を叩く音が聞こえるという事だ。日が経つにつれひどくなっており、このまま家に入られたら、と女性は怖がっていた。

 為辺さんは家の外でその霊を待ち伏せし、私と優里香は家の中に結界を張り女性を護衛する事となった。

 優里香は「取り敢えず今日は見学してて」と言って、お札を何枚か貼り、盛り塩を部屋の四隅に置いて、真言を唱えた。

 こんなので結界になるのだろうか。貼ったお札は初心者ビギナーの私が書いた物だし、唱える真言も短いし、四隅に置かれた盛り塩に至っては先程コンビニで買ったものである。

 依頼人の女性に聞こえないように、優里香にこれで大丈夫かと聞いてみる。

 彼女は少し笑って、「不安になるよね。でも、大丈夫なんだ。お札も真言もそこまで仰々しい感じじゃないし、盛り塩もたかが塩って思うじゃん?でもね、この真言もお札の形式も、過去の世代の人が信念を込めて作り上げて、それを長い時間かけて新しい世代の人が繋いでいってるんだ。塩に関しても、古くから人々に魔除けの効果があるとして信じ込まれていた。そうやって、多くの人が長い時間をかけて強い信念を持っているとね、現世や霊界に作用して、定着していくんだよ」

 私はそれを聞いても半信半疑だった。昔から御守りやお札の類を信じたことがない。霊感のない人間がつくったものに、何の効果があるのかと思っていた。

 その夜の除霊は、あっさり終わった。21時くらいになると部屋の襖がカタカタ揺れ出して、窓を叩く音等も聞こえ、女性はかなり怖がっていたが、すぐに霊障は収まった。為辺さんが一瞬で追い払ってしまったらしい。

 除霊が終わったと為辺さんから連絡があった後、ふとお札や盛り塩を見てみると、どちらも少し黒く染まっていた。

 「ね、効果あるでしょ」と、優里香がにっこりと笑って言った。

 「あの霊は依頼人自身に強い恨みを抱いていた訳じゃなくて、無差別に取り憑いた相手を怖がらせたかっただけみたいだからな。取り憑いた人間の知り合いに本物の霊能者がいると知った霊は、基本的にもうその人には憑かない。何回でも追い払われちまうからな。取り憑く相手にこだわりの無い霊からしたら、霊能者の伝手がない新規探す方が手っ取り早いだろ」と、帰路の途中で為辺さんが言った。


 そのちょうど一週間後に、今度は「体に取り憑いた霊を追い払ってほしい」という依頼が来た。路上で霊と目を合わせてしまって以来、肩が重かったり、体を触られたりするらしい。その依頼人の三十代の女性は、お昼過ぎに天会寺に来て、除霊を行うこととなった。

 今度は私も除霊に参加することになり、為辺さんがお祓いしてる横に優里香と並んで「不動明王の真言」を唱えることになった。為辺さんは同じく不動明王の真言を唱え、たまに唱えるのをやめて彼女に憑いている霊に出ていくよう訴えかけていた。女性は除霊が始まった途端に悶え始めたが、だんだんと落ち着いてきて、やがてこてんと倒れて眠った。

 その時の霊も大したことはなかったらしく、すぐに除霊は終わって、女性はスッキリした顔で帰っていった。



 「もう来ていたのか。待たせたな」

 ここ一カ月の回想をしていると、為辺さんが部屋に入ってきた。 水色のシャツの下に英語の小文字のロゴの入ったTシャツを着ていて、ブラックデニムのジーパンを履いていた。夏らしい装いだと思った。

 「今日の除霊は笠見山かさみやまだ」と言う。

 笠見山・・・?と首を傾げていると、「隣の山だよ」と優里香が教えてくれた。

 此処――奇代世きよせまちは、山脈と海に挟まれている街だ。この寺のある山は、山脈の一番町に近い所にある。

 それから、為辺さんの運転する車で目的地へ向かった。約1時間程走った後、車が停まる。だが、まだ山の近くという感じではない。

 「着いたぞ。依頼人に詳しい話を聞く」と、為辺さんは車を降りる。私と優里香も続けて車から降りた。目の前には、警察の駐屯所があった。


 「どうも、わざわざお越しいただきありがとうございます」

 中年の眼鏡の警察官と、若い整った顔立ちの警察官が中から出てくる。

 私は目の前の光景に唖然としていた。警察が、行政機関が除霊師を頼るなんて。

 面食らってる私を余所に、為辺さんと警察官は話を進めていた。

 「電話でもお話ししたんですけど、笠見山で不可解な事故が多いんですよ。ある地点での車道でバイクや自転車の事故が相次いでいて。被害に遭ってるのは今年一年で八人いるんですけど、皆口を揃えて『後ろから何かに追われている気がして、パニックになってしまった』と言うんです」と中年の警察官が言った。

 「はい、承っております。因みにそちらは、気配だけですか?何かが見えたとか、聞こえたとかは?」と為辺さんが聞く。

 「そういうのはないんですけど、なんか本当にヤバい感じらしいんスよ」と、今度は若い警察官がくだけた口調で答えた。喋り方だけで人を判断してはいけないが、なんとなく苦手なタイプだ。

 「あと、件の八人以外にもその気配に追われたという人が数人いるんですけど、その人たちは気配から逃げようとしないでブレーキをかけて止まったらしいんですよ。そしたら、背後の気配がフッと消えて、その後は何もなかったとの事なんです」中年の警察官が言った。

 「被害はバイクと自転車で、自転車を止めない限り追いかけてくる、という事ですよね。分かりました、最善を尽くしてみましょう」為辺さんがそう言うと、警察官はありがとうございます、と揃って頭を下げた。

 これも依頼だからお金とるんだよね?まさか国の税金で・・・と考えていると、私の視線から察したのか、中年の警察官が、「はは、流石に除霊代は自腹だよ。駐屯所の皆でお金を出し合ったんだ。今はまだ死者はでてないけど、場所も場所だしこれからは分からない。国民の安全を守るのが、我々の義務だからね」とにっこり微笑んで答えた。なんかすみません、と、心の中で謝った。

 私たちの斜め後ろでは、こちらに背を向けて考え事をしていたらしい為辺さんが、「今回は追い払うだけじゃダメかもな・・・」と呟いていた。

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