第67話 諸々の状況を考えれば、それは〝奇跡〟だと言えた。
7月23日 0831時 【H.M.S.カシハラ/
その瞬間、〈カシハラ〉の
「──被害状況っ」
警報の鳴るCICで、ツナミ・タカユキが艦長席から主管制卓のイセ・シオリを振り見やるように訊く。
シオリはしっかりとした口調を保ち、努めて冷静に応えた。
「爆雷片が上部構造体を掠めました……左舷観測室を直撃…──04層……上部構造体の全域に〝
艦内各所で警報が鳴っていた。
「クゼ、全艦の隔壁をもう一度確認してくれ! 全部だ‼」 艦長席の
すぐに
『CIC-応急…──』 裏返ったような
「──…っ⁉ 観測室には誰が居た⁉」
状況を理解したツナミがCIC内の誰にともなく訊く。その問いには震える声のシオリが応えた。
「タツカが…──」
「ジングウジ……?」
──⁉
その次に艦に生じた〝異変〟には、今度こそ
自分の体重を感じなくなっている……。
恐らく先の被弾による衝撃が原因だろう。慣性制御が
7月23日 0833時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】
一方、艦橋の方は副長のミシマ・ユウの指揮により、程なく被弾直後の恐慌状態から脱していた。
上部構造体の被害状況を確認する中で、艦橋左舷の窓に降ろされた装甲シャッタの内側の映像を〝見上げる〟様に確認していたハヤミ・イツキ航宙長が声を上げる。
「──
艦橋のある03層の直ぐ上層、04層左舷側に張りだしていた左
「
副長のその確認に対する右舷観測員のシノノメ・サクラコの応答は、少々遅れて届いた。
『──…シノノメです……左舷観測室の扉の前……気密扉が…開かない……動力、きてないです‼ ……誰か
焦燥感の滲む
「──操舵士、〝舵そのまま〟だ! ……全員、ヘルメットを着用!」
「よーそろー」
そう返す操舵士席のコウサカ・マサミ宙尉の肩を叩きつつ、慣性制御が働かなくなった床を蹴ってイツキが漂っていく。
ヘルメットを被り直しながら艦橋を飛び出しいく
「CIC-艦橋、艦橋機能に支障なし。左舷観測室にイツキを向かわせた」
『艦橋-CIC ──了解です』
「状況は?」
『──…
ミシマは手元の小スクリーンに送られてきた各部署の被害報告を再度確認する。爆雷片が直撃した04層左舷の他に被弾箇所はなく、もとから不調を抱えていた慣性制御システムが再び故障したこと以外に被害はなかった。が、選りにも選って、また慣性制御システムである……。
「──復旧の目処は?」
『…………』 しばし待たされる。やがて
7月23日 0835時 【H.M.S.カシハラ/上部構造体04層 左舷観測室前】
イツキが〝現場〟に駆けつけたとき、すでに気密の失われていた
その隣に〝着地〟したイツキは、シノノメの肩を軽く叩いてからハンドルへと手を伸ばした。腕に固定した
『──航宙長……中のタツカが応答しない……』 いまにも泣きそうな声だった。
イツキは彼女に替わってハンドルを回し始めながら言った。
『……わかってる──…呼吸整えて腕の疲労抜いとけ』
それから二人で交互にハンドルを回し続け、一枚目の扉を開けたところで甲板部からの〝応援〟が到着した。戦術科のユウキ・シンイチ宙尉だった。
三人で交代してハンドルを回し続け、残りの二枚の気密扉が開放されるまでに5分ほどが掛かった。
ようやく開いた扉の先には〝虚空〟が見えていた。
室内の部屋の中程から裂けて千切れ飛んだような有様に、シノノメが放心したように声を震わせた。
『──…タツカ……ウソだよね… ウソだって、言ってよ、ねェ……‼』
泣き崩れそうになったシノノメをユウキが支えるようにしてやることになったその横で、遣り切れず視線を逸らせたイツキが
観測室内側の気密扉の手すりに
『艦橋──…こちらハヤミ航宙長。タツカを見つけた……これから
膝を抱える
──強打したのか……。そうであれば脳に
内心の焦りを押し殺して、イツキはタツカの肩へと手を伸ばした。
──‼
次の瞬間、それまで動きの無かった宇宙服にいきなり飛び掛かられた。
《だれ? 誰? …いったい誰⁉ ──生きてる? 私、生きてる? 生きてるんだよね?》
ほとんど恐慌状態のタツカの声は、無線回線でなくヘルメットの接触によるもの──いわゆる〝触れ合い回線〟──だった。それでイツキは理解した。恐らくタツカの無線機は、ヘルメットが着弾の衝撃を何らかの形で受けて損傷した際に故障してしまったのだろう。
〝
諸々の状況を考えれば、それは〝奇跡〟だと言えた。
《俺だ、タツカ… 大丈夫、大丈夫だから……ともかく落ち着け》
迂闊にもタツカに首っ玉に嚙り付かれたイツキは
《──こうちゅうちょう…? ……航宙長~~…──…ふええぇ~ん…》
普段ツッコミ役に回ることの多いタツカが外聞もなく渾身の力で噛り付いてくるのにイツキは焦った。
《ちょ…っ …ぉおい…──》
そんなイツキに、涙声になってタツカは言い募るのだ。
《……私、もうヤダぁ…… 絶対に……もう絶対に、
イツキはしっかりと受け止めてやりながら、気密扉の傍で動きの止まったままのユウキとシノノメにぎこちなく向いて笑ってみせるのだった──。
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