第66話 〈カシハラ〉はついに被弾した。
7月23日 0540時 【航宙軍 第1特務艦隊旗艦 タカオ/
CICの中心に据えられた一際大型のスクリーンには〝必要以上〟の加速で戦域から離脱していく3つの
〈セティス〉〈トリトン〉〈ヴィーザル〉の3艦は、もはやこれ以上〝この茶番〟に付き合うことを良しとせず、言葉通り〝距離を置く〟ことにしたらしい。
正面に展開した
──そう状況を理解した第1特務艦隊司令コオロキ・カイ宙将補はいま一度戦術マップで〈カシハラ〉の取った行動を確認する。つい先日までの教え子たちの成長を実感した。
3隻の主力艦を含む総計8隻からなる
幸運に恵まれ、若さゆえの勢い──〝恐いもの知らず〟──の結果という向きもあるだろうが、兎にも角にも〝結果〟を出していた。術科教官としては
だがコオロキ提督の見たところ、彼らの強運もどうやらこれまでのようであった。
後方の軌道から加速に転じていた3隻の主力艦が、急速に距離を詰めてきていたのだ…──。
大局を見れば、〈カシハラ〉はすでに〝
彼らの思惑を推し測るとすれば『星系同盟』の〝領宙〟たる〈アカシ〉で航宙軍に投降することであろうが、
如何な新鋭艦で編成された第1特務艦隊と言えども、3隻もの主力艦を真正面から相手にしてはこれを撥ね返すことなどできはしない。
さらにコオロキにとって〝頭の痛い話〟なのが、〈カシハラ〉を指揮するツナミがこの期に及んで航宙軍のデータリンクへの接続を拒んでいることだった。
それは航宙軍を擁する『星系同盟』の立場を
──〝負け戦の戦い方〟は
この状況において、冷静に考えれば第1特務艦隊が実際にできることは〝〈カシハラ〉の骨を拾ってやること〟くらいである。〈カシハラ〉の破壊は避けられないであろう。
機関を停止した上で
少なくとも、未だ誰も死んでいない……。
「帝国軍が質量体を投射……点火を確認…──軌道爆雷です」
司令部付管制士のその声に、首席幕僚が反応した。
「……78基、ですか…──」 ナガヤ1佐は手にした
戦術マップに映し出された戦況予測の表示の通りに首席幕僚は解説する。
──相対距離も詰まり、彼我の相対速度が積み上がった
「──それに敵主力にこのまま自由に加速をされれば、〈カシハラ〉は砲戦距離に捉えられます…… その前に〝反撃〟なさいますか?」
慎重な面差しのナガヤ1佐に、コオロキ提督は首を横に振って応えた。
「艦隊全艦は爆雷の迎撃に徹する ──自艦の安全を第一とした上で〈カシハラ〉への雷撃を可能な限り排除せよ」
「それではミュローン艦の接近を阻止できません!」 ナガヤ1佐は声を大にして言い返していた。「──確かに『国軍』を相手とする〈
微かに青褪めた
「そこを勝つのが航宙軍ではないか」
「…………」
ナガヤ1佐は小さく息を飲むと首を一つ振った。そして彼なりに意を決したような表情でCICの司令部要員を向き、そのコオロキの指示を伝えた。
7月23日 0820時 【
戦術マップの上に描き出されている両軍の〝動き〟に〈エクトル〉艦長ヴィケーン大佐は然したる感慨を覚えなかった。航宙軍の動きは予想されたものであったが大局的な思考を感じられず、それはただ〝時間を稼いでいる〟だけだと感じられる。
アルテアン少将もまた端的にそれを理解しており、艦長席のヴィケーンに興奮した声で指摘してみせる。
「──コオロキ提督は艦隊としての統制を放棄してでも、
上機嫌な
相対速度が積み上がった状況で放たれた多数の爆雷の散布界に捉えられた航宙軍艦隊は、回避のため陣形を維持できていない。
その状況下でも
「雷撃では埒が明かないか……」 アルテアン司令がほくそ笑むように呟く。
作戦目的を断念せざるを得ないような〝不本意な加速〟を
──航宙軍の側から直接攻撃はない、という確信を得たアルテアン司令にとって、より〝派手な〟戦闘を演出できる砲戦は〝願ったり〟だろう。
ヴィケーン艦長は司令の〝次の一手〟に備え、頭の中で取るべき軌道の計算を始めた……。
──それからしばらく経ったときである。
第二艦橋から〈カシハラ〉への着弾を観測した、との報告が上がってきたのは……。
* * *
銀河標準時七月二十三日八時三十一分──。〝
航宙軍自航軌道
散布界内の爆雷片の密度は1平方kmあたりに10個程度であり──辺縁部ではもっと少ない──確率論的な命中公算の値からも、またパルスレーザによる迎撃の期待値からも、被弾の可能性は十分に低く見積もられていた……。が、現実には〈カシハラ〉は〝被弾〟した。
〈カシハラ〉航宙長ハヤミ・イツキにとってそれは、痛恨事であった──。
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