第58話 〝戦闘航宙の準備〟は、着々と進んでいっている
ヴィスビュー星系──。
いまは〝
この時点において〈カシハラ〉には皇女エリンの〝国入り〟の首尾などは知り様もないことであるが、この
先ず機関長オダ・ユキオ技官の進言を容れ
〈カシハラ〉の
だが、そうすれば〈カシハラ〉の恒星間航宙艦としての命脈は尽きることになる。波動反応炉の再起動には莫大な
それを解った上で、
〈カシハラ〉の
一方、ヴィスビュー星系内の〝星系同盟領〟──自航軌道
7月14日 2150時 【
「
第一艦橋の艦長席で、ミカエラ・イッターシュトレーム中佐はよく通る
「はい ──
「よろしい。引き続き観測を続けなさい」
帝国軍中佐ミカエラ・イッターシュトレームの指揮する〈ヴィーザル〉は、比較的旧式化した艦で構成される『青色艦隊』後備戦隊の駆逐艦戦隊の中にあって、戦隊の旗艦として配備された〝艦齢の若い〟艦であった。
その能力を買われてアルテアン少将麾下の『回廊北分遣隊』に引き抜かれたのだが、ミカエラには正直、これが面白くなかった──。分遣隊に〈通報・哨戒艦〉が必要なことを旗艦艦長のラルス=ディートマー・ヴィケーン大佐が進言したことでそうなったわけだが、麾下の駆逐艦戦隊の各艦と切り離された上、駆逐艦戦隊司令のルンド大佐──アルテアン少将の〝お友だち〟だ…──も乗艦したままというのは、何とも遣り辛い。
そもそも〝
そんな苛立ちの中〝
7月15日 0015時 【航宙軍 自航軌道
その半恒久的な〝人工天体〟には〝領宙〟を哨戒・警備するため3隻の護衛艦が配備されていたのだが、派遣基地隊司令のナカガミ1等宙佐は帝国軍の〝動き〟を関知するや直ちに対応した。〈アカシ〉配備の護衛艦のうちで既に哨戒任務にあった航宙護衛艦〈ホタカ〉に加え、ローテーション外で接舷停泊中であった同〈チクブ〉〈コウヅ〉にも抜錨発進を命じ、護衛隊の全艦を領宙に展開させたのだった。
『──では領宙警備行動の範囲内での対応、ということでよろしいな?』
〈アカシ〉の中央制御室の大型スクリーンには航宙護衛艦〈コウヅ〉艦長クサカ1等宙佐──護衛隊司令を兼任──の顔が
「現状ではそれ以上の対応はできないでしょう ──建て前上〈カシハラ〉は航宙軍を離脱した反乱艦ということになっていますから」
ナカガミ司令は自らの煮え切らぬ回答にクサカ1佐が内心で顔を顰めただろうことを知っている。いま〝建て前〟と言ったが、それ以前に〝現有戦力〟では帝国軍と事を構えることなどできはしない。
『まぁそうですが…… 〝
訊かれたところで応えようもないことを……。
今度はナカガミ司令が内心で顔を顰めた。クサカ1佐にしたところで〝我々〟には何もできないことは承知しているはずである。
3隻のオキ型護衛艦は、航宙軍所属の恒星間航宙能力を持つ艦型としては最も小型なものである。
「その場合は〝無視〟してください……」 ナカガミ司令は結局、言った。「──〝未確認艦〟は、こちらが
そこまでを聞いて、
これらの条件を一つでも満たすことが出来なければ、可能な限り〝条件が満たされるまで態度を保留し続ける〟──無視をして時間を稼ぐ──ことを求められているのだ。
──〝
ナカガミ司令もまた、事態の推移を見守るしかないことに苛立ちを感じている。
7月15日 1820時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】
「蜂の巣を突いたような感じなんだろうな…──」
〝
見上げた先、艦橋据え付けのメインスクリーンには、航宙科観測部が観測した帝国軍および航宙軍艦艇の位置情報と加速ベクトルが映し出されている。
コーダルト星系からの跳躍の際に懸念されていた
その間、ベイアトリス星系からの跳躍点には『青色艦隊』所属の先遣艦と思しき軽艦艇の姿が確認され始めていた。──先ずは艦隊駆逐艦の姿が確認され、以降、巡航艦クラスの反応を順次確認している。日を跨いだ1820時現在、その数はフリゲート3、駆逐艦1となっていた。
「──〝帝国の喉元〟に
その〝人の悪い笑み〟にイツキも笑い返す──。もっとも、イツキにはミシマほど肝の据わった笑い方はできなかった。
星系中の戦力が〈カシハラ〉を追跡するために構えている……。時間が経てば、星系の外からより有力な
そんな内心を隠しつつ、イツキは側らの副長を横目に見遣った──。
「しかし〈アカシ〉の方には、ホントに接触しなくていいのか?」
イツキは艦橋内に立つ
航宙長としては〈アカシ〉の側に受入れの意思が有るか否か、そこのところがやはり気になるのだ。
「それは
それからミシマは艦橋内の士官らに幾つかの指示と確認をすると、メインスクリーンの戦力配置へと視線を戻した。
エリン皇女殿下を〈トリスタ〉に送り出してから彼は変わった。何がどう変わったというのは説明しにくいが、敢えて言うなら〝判断に遠慮がなくなった〟ように思える。
艦長のツナミも変わった。彼は
この二人が指揮を執るのであれば〝
そんなタイミングで艦橋の気密扉が開き、艦長のツナミ・タカユキが入室してきた。
艦橋詰めの士官らの敬礼に答礼しつつ、
「──装載艇の改造の方は?」
「まだマシバの手を離れてないようだ──」
そうミシマが答えたとき、そのマシバ・ユウイチ技術長から報告が上がってきた。
『艦橋-右舷格納庫、マシバです…… 装載艇の
相変わらずの軍人らしからぬその言葉使いに主管制卓のイセ・シオリが微かに口を尖らせた。彼女はようやく元の彼女に戻りつつある。
『艦橋-CIC、砲雷長より報告』
ツナミがそれに応える。
「CIC-艦橋、了解 ──砲雷長……ユウキとミナミハラに〝ご苦労だった〟と伝えてくれ」
『艦橋-CIC、了解』
こうして〈カシハラ〉の〝戦闘航宙の準備〟は、着々と進んでいっている──。
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