第57話 まるで〝時代の証人〟に指名されでもしたようじゃないか……。
〝
〈ベーオゥ〉の艦籍地はベイアトリスであり、その指揮を執る艦長カール=ヨーアン・イェールオース大佐はベイアトリス一門衆中最有力家門イェールオース家の次期当主である。
ベイアトリスに姿を現すこと自体は然程奇異なことではなかった。──が、その〝ベイアトリスの巨人〟の『
すでにそのコードを発する〝
フォルカー卿が窮余の策として持ち出した〝トシュテン・エイナル・ストリンドバリの擁立〟を強行すれば、当然、黙っている立場の家ではない。その憂慮は現実のものとなったかのようであった。
この時、〝
帝政連合の『第一人者』であるフォルカー卿にとり、この辺りの
基幹艦隊の一翼を担っているとはいえ、元々装備・練度に劣る後備戦隊であり、更には有力な主力航宙艦──戦艦及び巡航戦艦──の全てをヴィスビュー星系の〝
7月16日 2040時 【
〝留守居艦隊〟を任されることになった巡航艦〈アルコナ〉艦長マルティン・ヴィドストレーム代将大佐は、我が身に降りかかりつつある災厄を呪いつつも、自らの
そうしてヴィドストレーム大佐は、帝都の絶対防衛線を第五惑星と第六惑星間の小惑星帯に設定した。
そして分遣隊本隊を追って進発させるはずだった補給艦等の補助艦艇については間一髪のタイミングで
──アルテアン少将が知れば激昂しかねない指示であったが、ヴィドストレーム大佐に逡巡はなかった。
一方、帝政連合政府の『第一人者』は、
この辺りフォルカー卿が〝政軍〟を敢えて分離せず、現場指揮者と最高指揮権者との間の情報に劣化と無用の軋轢とを生じさせぬよう配慮しているのが如何にもミュローンらしいと言えた。
「あの〝
『……まさか──』 副長のクロンバリ少佐が硬い表情で返す。『
肩を竦めた挙動の言外に〝軽巡風情との格の違い〟をにじませている。
ヴィドストレームにしてもその感覚はある。それどころか、麾下の全艦の軌道爆雷の総数量が〈ベーオゥ〉と3隻の随伴艦のそれに及ばないとなれば、指揮官としては〝勝ち味〟を見つけることが難しかった。レーザー砲や粒子砲の類いのエネルギー火器に関しては〝彼我の戦力比〟という言葉が意味を為さぬほどの差がある。
そもそも〈ベーオゥ〉は、直接防御力と被害発生時の継戦能力の維持に主眼が置かれた時代に建造された最後の世代の〝戦艦〟の生き残りである。実際に粒子加速砲の直撃を受けてなお戦列に留まることをしてみせた
──恐るべきかな〈ベーオゥ〉……
ヴィドストレームは、使い古された
「……〈ベーオゥ〉との回線はまだ繋がらないのか?」
7月16日 2120時 【
「対応が早いな……」
そんな誉れある〝
バールケ特務中佐はテルマセクで装甲艦〈アスグラム〉から移乗してきていた。情報本部工作のためである。
この時点でイェールオースとしては正直もっと混乱の様相を呈するものかと覚悟をしていたのだが、〝留守居艦隊〟に
「星系内に主力航宙艦らしき艦影なし── 巡航艦3、駆逐艦7、その他補助艦艇5」
艦橋管制士の報告に複合スクリーン上の星系図に重ねられた艦影を見遣る。
〝
この場合、この〝理に適う〟という評価が最も有難いのだ。
無理な
そんなイェールオースの考えを読み取りでもしたように、バールケ特務中佐は静かに口を開いた。
「──アルテアン少将は主力を直卒し
「なるほど、そういうふうにも考えられるのか……」
ものは考えよう、ということか……。
それぞれが『二十一家』の雄たるイェールオースとアルテアンの軍閥が直接に武力衝突に及ぶ、というのは〝ミュローン〟にとって益のないことである。
「──では、そろそろ〝通話呼〟に応えるべき頃合い……かな?」
「閣下は先制攻撃を企図したわけでないのですから…… これ以上無視をしては先方が戦端を開かざるを得なくなります」
そのバールケの分析にイェールオースは肯いた。
「通信士──〈アルコナ〉との回線を繋げ。分艦隊の各艦ともだ」
7月16日 2135時 【
ヴィドストレームは右手を掲げミュローン式に敬礼をした。スクリーンの中の若者もまた、同じく右手を掲げて返す。
この時ヴィドストレームは、麾下の全艦艇へこの通信を
艦長同士の定型の式礼の交換を終えると、ヴィドストレームは単刀直入にベイアトリス小艦隊の意図を
──
暗に
一介の大佐とは言え、
それに対しイェールオースは、動ずることなく平静の態で反論してみせた。
武威を以って依って立つのは、それが必要な局面だからである。それを〝不敬〟というのならば、そもそもがエストリスセンの後主が健在の中、傍流より皇帝を立てようという『第一人者』こそが〝君側の奸〟であろう。我らベイアトリス一門は、後主エリン・エストリスセンの旗の下、帝都から〝賊〟を除き王女殿下の帰還をお迎えせんとするものである、と……。
「しかし、それは詭弁でしょう……!」 帝国軍人としての矜持が、ヴィドストレームの口を開かせた──。
「軍令から外れた行動はイェールオース閣下の正当性に疑義を挿むものとなります」 このときの彼は〝艦長名簿〟上で自分が先任かつ年長であるにも関わらず、この若者に対し自然と敬語で接している自分を別段おかしいと感じていない。「……
巡航艦の艦長の言は正論である──。
だが、ベイアトリス一門を束ねる〝若き獅子〟は、眉根一つ動かさずに訊き返してきた。
『──卿の言い分はそれで全てでよいか?』
7月16日 2150時 【
「卿の言い分はそれで全てでよいか?」
イェールオースは静かにそう問い質すと、通話スクリーン越しの相手に僅かに目を細めた。
スクリーンの中のヴィドストレーム代将大佐は、毅然とした態度で面を上げている。
「よろしい……」
「──では我らは『
もはや問答は無用と宣言したイェールオースに、ヴィドストレームのみならず通信の中継を見守っていた『青色艦隊』の各艦長は息を飲む。
王党派の領袖が不退転の決意を示したのである。この後は一歩も退くことはなかろう。敵に回せば〝
このタイミングで、ヴィドストレーム麾下の艦隊駆逐艦のうち2隻の
無言のまま表情すら変えず
が、この場合〝役者の違い〟は明らかで、〝離脱艦〟が出た時点で勝負はあったと言ってよい。
結局、ヴィドストレームは残存の艦艇をまとめてイェールオース艦隊の行動を監視・牽制するに留めることになる。
そして最終的には、皇女エリン・エストリスセン座上の〝
──なるほど…… これがイェールオース……
この顛末をその場で見ていたバールケは思った。──これこそが〝ミュローン〟なのだろう、と……。
そんな感慨は彼にとり二度目である。思えばテルマセクで皇女エリン・エストリスセンが静かな決意を示し〝ミュローンを感じた〟その折も、彼は間近で見ている。
これではまるで〝時代の証人〟に指名されでもしたようじゃないか……。
彼ならずともそんな感慨を抱かざるを得ない、そんな瞬間であった。
* * *
そのエリン・エストリスセンが座乗する〝
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