第23話 やられっ放しって訳にゃいかないだろ
6月11日 0900時 【H.M.S.カシハラ/艦橋】
「総員……っ! ──衝撃に備え‼」
その場に居た誰もが、一歩たりと動くことが出来ないでいた。
各々がこれまでに経験したことのない〝衝撃〟に備え、身を強張らせ、呼吸さえ止めた中で、艦橋の窓に降りた装甲シャッタの内側に映る像──高速の光源が尾を引いて真っ直ぐに飛び込んでくる
──まだ〝生きて〟いる……?
背中に伝う冷たい汗を感じながら、ミシマ・ユウは五感を澄ました。……どうやらそのようだ。
隣の指令席を見遣る。エリン・エストリスセンは、それでも正面を向いてはいたが、その口許から小さく鳴る歯の音をミシマは聞いた。
『──上部構造体に着弾! 各部、被害状況送れ』
ミシマは艦橋内に視線を巡らせると、副長席から
「CIC-艦橋、艦橋に
『──弾体は着弾の前に爆散、散布界がまともに上部構造体を襲った模様』
「爆散……?」
最初ミシマは意味が解らなかった。高速で突入してきた宙雷は誘導された弾頭部がもう衝突確実な段階だった……。爆散させて破片を散らす必要が──
──!
そこまで思考を進めて、閃くものがあった。
「──…
ミシマは何が〝仕掛け〟られたのか、いま
航宙艦艇用の宙雷に用いられる散乱砂弾頭は、爆散後の散布界は小さく、密度はそれなりに高い──。秒速80キロを超えるガラス質の砂礫の嵐が航宙艦の船殻を襲ったとしても、それが致命的な損害に繋がるようなことはない。しかし艦体各所に艤装された設備・装置類はそういうわけにもいかない。場合によっては破損もするだろうし、脆弱な探知機器類はとくに重大な影響を受けるだろう。
散乱砂の選択は、派手な演出で実害を与えずに心理的な打撃を与えるためで──、つまり我々の心胆を寒からしむると同時に接舷隊の退避撤退を
──やられたな……。
ミシマはミュローンに完全に翻弄されている事実──自らの見通しの甘さ──を痛感せざるを得なかった。
〈カシハラ〉の受けた損害は、上部構造体に据えられた探知機器の三割ほどが散乱砂の雲との接触で〝持っていかれた〟という比較的軽微なものだった。その程度であれば補修部品を用い復旧を見込むことができる。
〈カシハラ〉はその間に加速を続け、距離と速度を稼ぐことができた。
その後1.65Gの巡航加速へと移行した〈カシハラ〉の後方を、1万7千キロを距て
6月11日 1900時 【H.M.S.カシハラ/士官室】
〈カシハラ〉は
その副長のミシマ・ユウは、人気のない士官室の舷窓の前に立っていた。つい先日まで士官候補生だった同僚の多くは使い慣れた
──だからいま、ミシマはここに足を向けたのだろう。
次の直交代──初夜直まで1時間。
ミシマは舷窓から瞬くことのない星の海を見遣りながら、
ミュローンは恥辱を忘れない…──。〝ミュローンの誰よりもミュローンらしくあれ〟と育てられたミシマ家の男として、このことは看過のできないことだった。
背後で気密扉がスライドする音がした。
「──ここだったか……」
ツナミ・タカユキはミシマの横へと歩を進めてきた。並ぶと、黙って舷窓に目をやる。不機嫌そうな
すると再び気密扉がスライドした。
「おう、ここか──」 航宙長のハヤミ・イツキだった。「……なにオトコ二人で辛気臭い顔並べてんだよ?」
そう言って長机の手近な席に座った。だが、その後は珍しく黙っている。
しばらく経ってから、ミシマが口を開いた。目線はツナミにもイツキにも向けない。
「すまなかった……僕のミスだな ──目論見が甘かったよ…… 君らが〝怒り〟を覚えて当然だ」
ミシマの目線が、舷窓の硬化樹脂に映り込んだツナミのそれと合う。
映り込み越しのツナミの
「──確かに〝怒り〟は感じてるが、それは貴様にじゃない ……そんな甘い目論見に乗っかっていながら、それ以上〝考えを進めること〟をしなかった、俺自身に、だ」
ミシマは、舷窓に映り込んだツナミの目から、横に並んだ実像の横顔へと視線を移した。
「──俺だって同じだよ……」 これはイツキの声だった。「先入観で
イツキの彼らしい最後の締めくくり方に、思わずミシマも苦笑する。ツナミが真っ直ぐに自分へと向き直ったので、ミシマも顔を向けた。
「──ともかく、あの装甲艦は排除する」
ツナミが決意を持った顔で言う。それにイツキの声が重なった。
「やられっ放しって訳にゃいかないだろ」
ミシマは深く頷いて応えた。
「そうだな…… 反撃しよう」
6月12日 0020時 【H.M.S.カシハラ/指令公室】
艦長の立案を各科で検討し最終的な作戦計画の形になったのは、
ツナミはミシマ、アマハと共に司令公室にエリン皇女殿下を訪れ、作戦の裁可を仰いだ。
エリンは作戦計画書を自らその手に取り、概ねその意図を理解したようだった。
「──沈めるのですか?
あの
「最低限、
エリンはその艦長の横に立つミシマを一瞬見やったが、その表情が艦長と同じものであることにそれ以上の言葉を続けることをやめた。
「それが〝最善手〟なのであれば」
そう言ってツナミとミシマ、そしてアマハの三人に頷いてみせる。それで本作戦は決まった。
三人は一礼して退がった。
作戦の骨子は至って
本艦の正面、決戦距離(数百~6千キロ)の内に敵艦を捉え、主砲──粒子加速砲の砲撃によってこれを撃破するのだ。
敵がこちらを〝撃てない〟からと言って、こちらも敵を撃てないわけではない。それは前提であったはずだが、確かにこれまでツナミらは無意識のうちに
まったく……。
──やはりどこかで学生気分が抜けていなかったか、それともエリン殿下の〝毒気の無さ〟に引き込まれてしまっていたか……。
だが、いまの彼らにそんな余裕はなかった。
──
生き残るために、だ。
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