第14話 卑怯です、そんな言い様は……

6月6日 1720時 【航宙軍艦カシハラ/情報支援室】


 フリーランスのジャーナリストを名乗るマシュー・バートレットとの話を終えたツナミ・タカユキは、その足でCIC別室の一つ、情報支援室へと向かった。そこにはカシハラの情報処理の責任者としてマシバ・ユウイチ准尉(技術科)が詰めているはずだった。


「マシバ! 情報が漏れてる! どうなってるっ⁉」

 扉が開き室内の所定の席に座っていたマシバを認めると、ツナミは開口一番にそう言って近付いた。気持ち、叱責するような口調になっていた。

 腕組み姿のマシバは、そんなツナミに向くでなく──艦長代理に対し失礼にあたる──冷静な声で応えた。

「──知ってます ……侵入者は捕らえました」

 そう言う技術長席隣の自席に座るマシバの前には、民間人が二人立っていた。

 二人とも女性で、小柄なメガネを掛けた幼い顔立ち──十代の半ばだろう──の方はすっかり怯えてしまっている。


 そのかたわらに立っている黒髪の女性には見覚えがあった……。

 艦内通話インタカムのモニタ越しだったが、その凛とした顔に浮かんだ非難と悲しみの表情は記憶から消し去ることは出来ないだろうと、ツナミは思う。…──クリュセの首相令嬢だった。

 彼女はマシバの眼前で言葉なく立ち竦んでしまっている少女に代わり、彼女に故意がなかったことを信じて言い募っていた。

「きっと何かの間違いです。彼女は電脳コンピュータに親しんでるから、確かに宇宙船ふねのシステムに接続しようとしたかも…──」

「──接続しようとしたんじゃなく〝侵入しちゃってる〟、でしょ?」 そんな彼女の声をマシバは冷たく遮って言う。「そもそも航宙軍の標準プロトコルは、普通の操作で〝内部ヽヽ〟に入れるようにはできてないんですよ、お嬢さん」

 ツナミはその不機嫌そうなマシバの声音に改めて二人の民間人を見遣った。小柄なメガネの少女──キンバリーキム・コーウェル──は、いよいよ身を固くして俯いている。


 すると『侵入者』というのは、この十代の少女だと言うのか……。

 それはにわかに、というか流石さすがに信じがたかった。航宙軍艦のシステムに侵入とはいい度胸だが、ミュローン統治下の星域エデル・アデンである。発覚すれば民間人と言えども軍法会議の対象になり、最悪極刑もあり得るのだ。


 ツナミはマシバに視線を戻した。マシバはその視線に気付くと、面白くなさそうに頷いて返した。

「でも!」 そんな航宙軍士官候補生の二人に、クリュセの首相令嬢──メイリー・ジェンキンスは食い下がって言う。「同盟市民の私達が航宙軍をスパイする理由なんてない! ねぇそうでしょ? ……それはひょっとしたら好奇心で覗いてしまうことはあ──」

「──好奇心で覗かれたら、僕の立場がないんですよ‼」

 マシバの剣幕にメイリーは後の言葉を飲み込んだ。マシバの方は自分であげたその声に顔をしかめ、メガネの少女──キムは蒼い顔で震えている。

 ツナミは、バツの悪くなった表情で改めて二人の民間人を見遣った。

 メイリーと視線が逢った。ツナミの方が視線を逸らすより早くメイリーはツナミの正体に気付いたようだったが、この場では何も言わず、何か言いかけた口を噤んだ。

 ツナミは小さく息を吐くとマシバの肩を軽く叩き、それから意を決してメイリー・ジェンキンスに向いた。

「ともかく、話を聞きます──」


「──〝トロイの木馬〟……」

 ツナミの言葉にはじめて少女──キム・コーウェルが反応した。少女は、掠れがちの声を絞りだすように言い募った。「──破壊工作プログラムマルウェアになるコード……見つけたと…… 思います」

「──?」

 ツナミに目で問い掛けられたマシバは、頷きつつツナミに説明した。

帝国宇宙軍ミュローン艦からのレーザー通信ですよ。受信した通達動画メッセージファイルの中に仕込まれてました ……けど、保護領域サンドボックス内で処理してますから──」

「──そのサンドボックスから、外に流出しちゃってる!」 少女はマシバの説明に割って入った。これは切羽詰まった声音だった。「……誰かファイル、取り出したでしょ?」

「──?」

 それで今度こそマシバは怪訝な目線で少女──キムを見遣る。

「だってそれってキミだろ? キミ以外触って──」

「──ボクは触ってない‼ あなたが保持しもってるマスターログ、れば判るでしょ!」

 言い募られたマシバは、キムの真剣な色の目に押し切られたように懐から個人情報端末パーコムを引っ張り出す。管理者権限でログを検索する軽やかな操作の手が止まった。

「……シオリさんだ」

 どういうことだ、と目で問うツナミに、マシバは苦い表情かおになって応えた。

「シオリさんのIDで保護領域サンドボックスからファイルがコピーされてます── くっそっ…こんな時に……‼ なにやってんだ……っ あのひとはっ!」

 マシバは大きく息を吸ってから真っ直ぐにツナミに向き直った。「──スイマセン。僕のミスです」

「──あぁ、いや……」 ツナミは、そんなマシバとキム・コーウェルとを交互に見て言い淀む。


 確かに重大な失態だった。電子情報を専門としていないツナミでも、規定から逸脱した安易なシステム運用で艦の安全が脅かされている現状に危機感を覚える。

 本来なら譴責けんせきものの失態なのだろうが正規乗組員不在でのあの混乱の中でのことだ──。そもそも艦長代理として明確な指示はおろか注意喚起や確認すらできていなかったツナミにも、いろいろな意味で負い目が有る。

 だがそれにしても……。

 そんな事は別として、マシバの対面に座る中学生のような女の子にツナミは感心した。

 彼女は航宙軍艦のシステムに侵入した上、システム内部に潜伏した帝国宇宙軍ミュローン不正プログラムマルウェアを見つけ出したという。

 ツナミはマシバに視線を戻すと、すっかり神経質になっているマシバを部屋の片隅へと引っ張っていった。


「──本当にあの娘が? まだ中学生に見えるんだが」

「それは間違いないです。現行犯で捕らえました。子供ですけど能力はあります。言い訳にはならないですけど、この状況で艦内からハッキングされるなんて想像もしてませんでした……」

 珍しく言い訳がましい表情のマシバを遮ってツナミはしれっと言った。

「……この際だ、御協力願おう」

 黙ってツナミを見ていたマシバだったが、その言葉の意味を理解すると閉じていた口を開いて猛然と抗議の声をあげた。

「え…… ちょっと正気ですか⁉ ツナミさん! ──航宙軍艦のシステムを民間の人間に触らせるなんて…──」

「──ミュローンが通達してきた2000時刻限まで時間がない。艦内システムの再チェックにどれだけかかる?」

 正規の手順に則ったチェックだけでも膨大な項目に及ぶのが航宙艦である。ましてマルウェアの侵入が疑われる以上それらへの対処が必要である。現在のカシハラにはシステムを統括する技術科員はマシバ唯一人で、物理的にも要員がいない。

「彼女、能力はあるんだろ?」

 マシバは唇を噛んだ。

「──使えるモノは何でも使う……悪いが割り切ってくれ」

 そんなマシバにツナミは重ねて言うと、殊勝な表情でいたキムとメイリーとに向き直って言った。──割りと簡単に切り出す自分に、ツナミ当人が内心で驚きながら……。

「このマルウェアの件ですが、ご協力を願いたい ──それであなた方の罪は問わないことにします」

 言われたキムとメイリーは恐る恐るというふうに顔を見合わせている。


 その時にマシバの卓上の艦内通話器インタカムが鳴った。

 憮然とした表情のマシバが制御卓コンソールを操作し、おもむろにヘッドセットを外してツナミに差し出す。

「艦長代理に…… 艦橋からです」

 ツナミは差し出されたヘッドセットを受け取ると耳元に充てた。


 * * *


 情報支援室を出たツナミは、艦体カシハラを上部構造体まで貫く主幹エレベータの扉の前でケージカゴの到着を待っていた。

 艦橋からの呼び出しは当直のハヤミ・イツキ航宙長補からのもので、状況に変化が生じたので艦橋に上がってほしいとのことだった。本艦カシハラが対峙している帝国宇宙軍ミュローン艦から再び通信が届いたのだ。

 ──2000時刻限まで手出しはしないが、揺さぶりは掛ける、ということか。

 エレベータが到着して扉横の制御盤パネルが明滅したタイミングで、ツナミは傍らの人の気配に気づいた。見ればクリュセの首相令嬢──メイリー・ジェンキンスがついてきていた。

 それでツナミは俄かに緊張することとなったが、ともかくエレベータの扉が開くとこれ幸いに中へと飛び込んでパネルに取り付いた。メイリーも一瞬戸惑ったが、すぐ後からツナミを追って中に入った。


「──何か?」 制御盤パネルを操作しながらツナミは訊いた。

 正直、いま自分の立場で彼女と顔を見合わせるのは辛い。もう少し時間が欲しかった。

 一方、訊かれたメイリーは扉が閉まるのを待ってから艦長代理を見上げた。

「あの……」 ツナミが目線を向けてこないので仕方なく口を開く。「──謝罪いたします ……ごめんなさい」

 想定外の言葉に、ツナミは側らのメイリーの顔を思わず見返してしまった。

 凛とした面立ちの中に芯の強そうな瞳が真っ直ぐにこちらに向いていた。

 育ちの良さと他者と折り合うのが難しい気質とが同居しているのがすぐ見て取れた。もっとも、いまはその表情かおがしおらしく、目に浮かぶ光の強さも幾分印象が弱まっている。


「謝罪? と言われますと……」

 そんなメイリーの言葉にツナミは返したが、意地悪く聞こえるかもしれないと思った。そんなつもりはなく、もっと言い方があるだろうと後から気付くことになるのは自分でも直した方がいいと自覚していることだ。

「酷い言葉を使いました」 彼女は辛抱強く応えた。

「〝人殺し〟──ですか?」 ツナミは、思い当たる言葉を言ってみた。

 その言葉に、メイリーがたじろぐように目線を伏せた。「──はい」

「でも、それは〝事実〟です」 ツナミは自嘲と悔恨の溜息を織り交ぜて続けた。「例えあなたが謝ってくれたところで、私が死なせた人達は還ってはこないですよ──」

 止せばよいのに、そう言ってしまっていた。いつだってそうだが、気付いた時にはもう遅い……。

 隣で息を呑む首相令嬢の気配が伝わってくる。さすがにツナミは慌てた。

「申し訳ない。いまのは──」

 ──…失言でした、とツナミが言うよりも速く、抜く手も見せず閃いたメイリーの平手が乾いた音をエレベータ内に響かせていた。


 頬の衝撃が治まるか治まらないかのうちに、メイリーの声が重ねて響く。

「卑怯です、そんな言い様は……」

 視界の中でそう言い募る彼女の目の光には、先ほどまでとは打って変わって力強いものがあった。

「それでは、死んだ者も、残された者も、想いの持って行き先が亡くなってしまうでしょう? ……あんまりです!」

 その声は微かに震えているようで、彼女の目の端には光るものがあった。心底、頭にきているようだった。案外に根が素直な娘なのかも知れない。ツナミは何も言い返すことが出来なかった。


 ──そうだ。いまのは俺が卑怯だった。少なくとも残された者の想いは、俺に受け止める責任がある……。

 ツナミは引っ叩かれた頬の痛みに内心で肯くと、あらためてメイリーの方を見遣った。

「……失言でした」

 ようやくそれだけ言ったタイミングでエレベータが艦橋のある上部構造体03層で停まった。気拙い空気の中、扉が開いた。



6月6日 1740時 【航宙軍艦カシハラ/艦橋ブリッジ


「──艦長代理が艦橋入室されま…す……」

 艦橋へと扉が開くと、それに最初に気付いたシンジョウ・コトミ准尉(船務科)の声が聞えてきた。視線が合うとその目が丸くなっていく──頬の手形は相当目立っているのだろう──。艦長代理の威厳は望むべくもないな、とツナミは思いつつも、むしろ実はコトミの視線が気になっていた……。コイツのそういう表情かおが、周囲に要らざる誤解を広めるのじゃないかと気が気でない自分が情けなくなる。

 ツナミは、自分でもわざとらしいと思える咳払いをして側らのメイリーに言った。

「──ジェンキンスさん。宜しければ艦橋へどうぞ。あなたにも聞いてもらった方がよいかも知れない通話です」

 メイリーは怪訝な表情かおを返したが、頷いたツナミの表情を読み取ると艦橋へと進んだ。


 艦橋の全員が敬礼で迎える中、メイリージェンキンスを伴ったツナミは答礼して艦橋に入った。メイリーは気後れすることなく艦橋の中に入ると、邪魔にならない位置を見つけて移動した。あの知った顔の士官──ミナミハラが居て、面白がるふうの表情かおで彼女を見ていた。

 ツナミはコトミの側らを通る際、そっと言った。

「──マシュー・バートレット氏を艦橋へ…… それとオダ技官にもあがってきて欲しいと伝えてくれ」

 コトミは黙って肯いたが、その目が何か探るような色彩を帯びて艦橋内のメイリーへと移っていく。メイリーはその視線には気付かずに艦橋内の彼方此方に物珍しそうな視線を向けていた。

 ツナミは内心で溜息を吐くと、艦橋当直のイツキと先に艦橋に上がっていた船務長補のミシマ・ユウに状況を確認した。

「──帝国宇宙軍ミュローン艦から通信だって?」 何か勘繰るように目元と口元をニヤつかせたイツキを軽く睨んで訊く。

「直接通話回線でね。先方を待たせてる」 答えたのはミシマの方だった。

 ツナミは覚悟を決めて艦橋中央、艦長席脇のスペースに立った。通信士の席へと流れて行ったミシマに合図をして回線を開かせる。

 丁度その時、主幹エレベータの扉が開いてオダ1級技官とフリー記者のマシュー・バートレットが入室してきた。コトミが状況を説明するとバートレットは懐からハンディカムを取り出して見せた。コトミに振り仰がれたツナミは黙って肯いて返した。──約束をした通り、ここでは撮影を許すことにした。


 天井に吊られたメインスクリーンに通話画像が映ると、帝国宇宙軍ミュローン艦の艦橋が映し出された。

 中央に立つ帝国宇宙軍ミュローン大佐の軍服を着た男──帝国軍艦HMS〈アスグラム〉艦長アーディ・アルセに、ツナミは航宙軍式の敬礼をする。

「航宙軍練習艦〈カシハラ〉の指揮を預かる士官候補生准尉、ツナミ・タカユキであります」

 対するアルセ大佐は右腕を真横に伸ばして肘を真上に曲げ、掌を正面に向けた状態で開く帝国軍ミュローン式の敬礼で返した。

『──帝国軍艦HMS〈アスグラム〉艦長アーディ・アルセ大佐』


 帝国ミュローン軍人はスクリーン越しに一瞥をくれると、静かに正確な星域標準語で言った。ツナミの容姿を確認した際に、わずかに目を細めたように思える。直接通話は初めてだったがその落ち着いた声は通達動画メッセージで聞き覚えたものだった。

 ツナミは値踏みされた様に感じ、小さく息を吸った。

「回答の刻限は2000時でしたが……」

 真っ直ぐに大佐の顔を見てはいるが気後れする自分を隠すのに苦労しているツナミに、アルセ大佐は努めて事務的な口調で応えた。

『航宙軍艦隊本部の要請により、その指示を本艦が伝達する』

「艦隊本部…──オオヤシマから……」

 艦橋内を小さく小波さざなみが立ち始めた。視界の端でミシマの表情かおが硬くなったように感じた。

『──指示は卿等の上官からのものとなる』

 帝国軍大佐は極めて冷静な口調で軍令の重みという〝くさび〟を艦内カシハラに打ち込むと、特に芝居がかるという訳でもなくカメラの画角の外へと退いていった。


 ここまで実際にリアルタイムで会話してみると、アルセ大佐と自分とでは〝格の違い〟のようなものをツナミは感じさせられている。

 ──艦長とはかくあるべきだと、少なくともこの時のツナミはそう思ったのだった。

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