第11話(前) そう…… 〝勅任艦長〟だ
6月6日 1520時 【航宙軍艦カシハラ/士官室】
シング=ポラス星系
その士官室には
その中で
「無理だろう ──
他の分隊長補格の面々も、今回ばかりはさすがに
無理もない。──正規
まったく正気の沙汰とも思えないその考えを、まさか
そんなツナミらにミシマは動ずることなく言った。
「やるべき理由はある。そして成算もだ」
ミシマによる理由とはこうである──。
いかに星系同盟の諸星系が、完全な〝独立〟ではなくあくまで
また『同盟』にしたところで小国が分立していても生き残れないことを自覚している。だからこそ『国軍』に抗する〝戦力〟として航宙軍の規模を拡充しているのだ。それを『
このまま事態が推移すればそう遠くない未来に『同盟』と『連合』は、全面的に或いは際限なく続く
──多くの人が死ぬだろう……。
そこまで語ってからミシマは、幹部生全員を冷静な表情で見遣り、それから後を続けた──。
幸か不幸か、いまこの
それは将来の星域戦争の芽を摘む──少なくともその名分を失わせる──ことに繋がるかも知れない。
淡々と説くミシマに、ツナミを除く他の幹部生は互いに顔を見合わせている。ツナミはじっとミシマを見つめていた。
──確かに話の筋は通っている。夢物語ではあるが可能性という視点で破綻はしていない。
誰も何も言えぬ雰囲気の中、ミシマはそれが有力な解決の道であるかのように言う。
さらに、ミシマによってこの場に〝共謀者〟の立場で連れ込まれたガブリロが、航宙軍の士官候補生にすぎないミシマの語る帝国の将来像を積極的に支持した。
ここに来る前にミシマから言い含められてもいたのだろう。
──結局、この筋道だけが皇女を救うことができる唯一つの道になるだろう…… とでも。
彼女は聡明であるしミュローンとしての正しい矜持と責任感を持っているようだが、正直であり過ぎる。彼女自身の言う通り
もし、そんな彼女が救われるとすれば、ミュローン筆頭の覇権国、帝国本星系ベイアトリスに直接入り皇帝の冠を戴く姿を帝国の内外に示すことだ。
そうすれば皇帝の権限で『国軍』という実力組織を『
(それは『皇帝大権』によって説明することができるだろう) ──星域法を学んだガブリロには可能と思えた──…上手く事が進めば彼女は救われ、帝国は直近の破滅を免れる。
ガブリロはミシマの言葉を信じた。どの道彼に選択の余地はなかったし、ミシマの言う筋書きこそ〝
そんなガブリロの心の内はともかく、問題は果たしてそれが〝できるのか〟ということである……。
当然、ツナミや他の幹部生はそこの部分で懐疑的であった。
そのことについてミシマは、自らの成算をこう説いた──。
先ず
その理由は、皇位継承権者たるエリン皇女が乗っているという
巡航艦の薄い船殻を無作為に傷つければ、
つまり帝国軍は殿下の身体を無傷で確保するためには接舷攻撃を試みるしかない。一方それに対し
〈カシハラ〉は練習艦とは言え正規巡航艦に準ずる比較的重武装の艦である。その火力は装甲艦をも容易に接近させない。となれば接舷移乗は母艦からの直接支援から切り離された小艇からのものに限られ〈カシハラ〉は艦の自衛能力で十分に対処できる──。
また軌道爆雷による牽制が出来なければ〈カシハラ〉は自由に加速進路を設定でき、帝国宇宙軍は制宙権を形成することも困難だろう。
なるほど…──できるかもしれない。
ミシマのその説明に、ツナミならずとも幹部生である彼らは頭の中で艦の運行計画を
例えば航宙長補のイツキであれば、頭の中に収めてある
最短の経路で12パーセク。
4等級航宙艦(=1回の
もっとも、作戦行動において軍艦は単純な経路は選択しないものだが。
それぞれが所掌の業務での成算を検討し始めたとき、冷静に冷水を浴びせる役を演じたのはやはりツナミではなくアマハだった。
「──可能性はともかく、
最年長者でありミシマとツナミに次ぐ
それで何人かはバツの悪そうな表情になったのだが、諦めきれないのか最年少者であるマシバ・ユウイチ技術長補が遠慮がちに声を上げた。
「あ、それなら…──作戦本部に現状を伝えて指示を仰いだら……」
「いや……それは無理だし、それじゃ意味がない」
マシバの提案はミシマが遮った。アマハは反射的にミシマの方を向いたが、ミシマが構わずに続けると大きく息を吐いて顔を背ける。
ミシマによればシング=ポラスには厳重な情報統制が敷かれているはずで──状況からもその見立ては正しいが──情報は艦隊本部や統合作戦本部の置かれたオオヤシマ星系はおろか、おそらく
またもし届いたとしても、星系同盟から〈カシハラ〉に命令が下ることはない。すでに非常事態宣言がなされ航宙軍は『国軍』の指揮下にある。
航宙軍へ命令の下しようのない中で同盟諸邦にとって都合の良い展開とは、あくまで自由意思の同盟市民の有志が自力で皇女の即位を援け、そのことで同盟が影響力を得たという
そもそも〈カシハラ〉が皇女を保護する法的な根拠はないのだから──。
再び冷水を浴びせかけられたようになった幹部生らが一様に重苦しい視線を交わす中、ガブリロが発言を求めた。
「あの……よいかな、諸君」
もったいぶった言い回しはこの男の生来のものらしかった。
「──つまりはこの
場の全員の視線が彼に集まった。それを待ってガブリロは、落ち着き払って言った。
「皇女が任命すればよい」
「──⁉」
皆が怪訝な
そんな中で応急長補のクゼだけが呟くように言った。
「勅任艦長制度……」
「そう…… 〝勅任艦長〟だ」 ガブリロが我が意を得たり、といった表情で機嫌よく語り出す。「──ミュローンの慣習と法では、非常の時においては皇太子が任命することができ、その場合即位した日より自動的に遡っての勅命と認められる」
常在戦場を旨とするミュローン貴族の戦時特措の名残りともいうべき制度であったが、制度は確かに存続していた。──実際、発足当時の航宙軍がミュローン皇帝グスタフ20世を旗艦〈マツシマ〉に迎えた際には、儀礼的にとは言え航宙軍艦長が勅命を受け勅任している。
再び場の空気が変わり始めた。
──行けるのではないか、との思惑が、視線を交わすそれぞれの
と、その時。
──バンっ‼
士官室の長テーブルにアマハが両の手を力一杯叩きつけるようにして席を立った。室内が一瞬で静まり返る。
皆を黙らせたアマハは、肩をそびやかすようにぐるりと全員の顔を睨め回してから言った。
「それとね、あんたたち── 当の姫様がどうお考えなのか、そこら辺のトコはちゃんと押さえてるかしら? …どう?」
その剣幕に、誰も──ツナミやミシマでさえ…──何も言えなかった。彼女は黙って腕時計を見遣った。
「──もう1時間以上経ってる…… 特別公室に戻るよ」
言うとそのまま部屋を出て行ってしまった。
そんなアマハが出て行ったあと、ようやくツナミは皆に言った。
「副長役と話がしたい ──皆、席を外してくれないか……」
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