第7話 乗艦を許可します、皇女殿下──どうぞ〈カシハラ〉へ
エリン皇女と〝黒袖組〟のガブリロ、それに航宙軍士官候補生3人の乗る
すぐにでも〝黒袖組の
最初、銃を手に主張を押し通す構えのガブリロだったが、最終的にはパイロットのイツキに戦闘空域での航宙を拒否されてしまうと、航宙船舶の操縦ができない彼としては譲歩せざるをえなかった、というわけである。
6月6日 1130時 【
港内には既に
ようやく組織の用意した
「──ミシマ……?」「…ああ……」
そんなガブリロの座る副操縦席の隣のイツキとその後ろに立つミシマの二人が大桟橋のC-4に接舷されている大型ヨットの異変に気付いたのは、接舷のために相対速度と角速度の同期を終えて操舵室の窓から船体を視認した時だった。
港内には相変わらず強力な電波障害が発生していて、
ミシマは狭い操舵室内の操縦席と副操縦席の間からガブリロの座る副操縦席の
「──〝お兄さん〟… ちょっと申し訳ないんだけど、ミシマに席、譲ってもらえないかな? なんだかヤバいことになってそうだ」
イツキとしては本人のいう所の軽妙な語り口のつもりだったが、それはガブリロの癇に障ったようだった。表情を硬くしたガブリロが再び懐の銃に手を伸ばす。
「この場の指示は私が執ると言ったはずだ! 勝手な行動は──」
しかしそのセリフはミシマが遮った。
「──ガブリロさん、ヨットへの呼掛け、続けてください」
まだ状況を飲み込めずにいるガブリロを軽く押し退けるようにして、ミシマが副操縦席
「ミュローンか?」 ──イツキが訊いた。それは確認の色を帯びている。
「……じゃないかな」 ミシマも同意するといった感じの目線を返す。「──あんな特殊仕様の小艇、ミュローンか『地球』の特殊部隊くらいしか
〝ミュローン〟や〝特殊部隊〟といった単語とその不穏当な物言いに反応したガブリロが、不安そうな表情になって言う。
「な、なんだ? ミュローンと言ったか? いっ、いったい何がどう……」
「ミュローンの特殊部隊ですって?」 そのセリフは、今度はマシバの声に遮られた。「──〝黒袖組〟の
無重力状態下の艇内で、士官学校では実技系教練の最下位及第生──落第一歩手前のマシバだったが、それでもガブリロよりは余程器用な身のこなしで操舵室に流れて来た。
「おそらく、ね……」 コンソールの操作を止めるでなくミシマが応える。「──のこのこ出てったら捕まるだろうな……」
「狙いはお姫さん?」 こちらも
「多分……」 ──と、そこでミシマが手を止め、真剣な目でイツキを向いた。「──お前さ、それ〝不敬〟だぞ」
言われて初めて、イツキは神妙な顔つきになってミシマを見返した。
星系同盟に属す彼らの母星系『オオヤシマ』は、〝元首を持たぬ〟立憲民主制を敷いているのだが、そもそも
イツキが珍しく反省の表情を浮かべた。
そんなイツキとミシマの間に、如何にも若輩面したマシバが割って入ってきて言った。
「席、替わります」 言って操舵室の天井に収納されていた予備
「──ミシマさんは予備席に ──お客さんはキャビンの方へ……」
操縦はともかく
しかし〝お客さん〟──ガブリロの方は抵抗する素振りをみせた。
「な、何を言っているんだ…… ここは私が……お前たち、まさか我々をミュローンに──」
イツキが反応するよりも早く、それにはマシバが応じていた。
「あのさ‼ アンタにここに居座られたら迷惑なだけなんだよ! わかる⁉ アンタ何もできないでしょう? ここはミュローンの手から逃げるのが先でしょうに!」 襟首を掴みそうな勢いだった。「──何があっても皇女殿下をミュローンから守るのがあなたの役目なんでしょ? なら自分の仕事をしなさいよ」
その気魄に押されるようにガブリロは操舵室を後にした。
ミシマとイツキは目を見合わせてから
ガブリロが何とかキャビンへと流れていくと、既にエリンがシートベルトで身体を固定し終えていた。
目線が合ったがガブリロは何も言わず自分の方から目線を下ろした。彼女から離れた席に収まってシートベルトを引き出す。
──もうこれ以上、誰かの足を引っ張るようなことはできない……自分のできる最低限の仕事をしなければ……。
そう思うガブリロがシートベルトの装着を終えた時、
6月6日 1135時 【航宙軍艦カシハラ/
親友のコトミは船務科で船務長補に次ぐ立場の主任管制員を務めてるから、
──そんなこと言ってあげたらコトミ、顔を赤くして、それでも満更でもない
そういうことには判りやすい反応となる親友の声と、生真面目かつ融通の利かない同じ戦術科の〝上役〟──
いまは元々不調だった慣性制御システムの修理のために
「──ではオダ1級技官以下2名にはそのまま乗艦してもらえるんだな?」
「ん。すでに収容、終えたって」
「……それは…──助かった」
その声の
でも正規
あのオダ技官は自己主張のない
「──それと、民間人収容の打診が来てる。星系同盟の非公式のルートでだけど……」
それにしても、案外コトミは秘書に向いてるのかも知れない。自分には真似できない──とくに戦術長補みたいなのが相手じゃ……、とクリハラは思う。
「戦術長補──」
そのとき電測の
「なんか
「おかしな事……?」
訊き返すツナミにタカハシは自分の
メインモニタの大スクリーンに、
──確かに変だ。
クリハラもそう感じた。
「何だ、あの光……?」
「航宙灯が故障でもしてるのかな?」
タカハシは真剣な顔でのんびりしたことを呟いた。
でも、それを言うならそもそも小艇の方は航宙灯を一切
クリハラはそう思う。
「おい、あれ……」 少ししてツナミが言った。「──モールスじゃないか⁉ タカハシ、メインモニタに拡大、急げ!」
その指示に従い、タカハシが先の
モールスか……‼
クリハラは感心してツナミ戦術長補の顔を見て、それからメインモニタの光点の明滅に視線を戻した。
それはもはや学校の教科でしかお目に掛かることのない航宙従事者伝統の可変長符号化された文字コードだった。
──…ツナミくん、解読できるんだ……けっこうオタクだ、侮れない……。
「やっぱりモールスだ! …──ありゃミシマたちだよ‼ ボートに乗ってる! ──…あの小艇は……ミュローンの…特殊部隊らしい…── は⁉ こっちで排除してくれと言ってきてる……」
画面の中の光点の明滅を一心不乱に
──特殊部隊? ……排除?
それでクリハラは内心の不安が表層に表れてこないその顔でツナミを見て、それから
あの操縦は多分ハヤミくんだ……。
一見、動物的なカンで動き回っているかのように見えるその動きだったが、その実、彼なりの計算がちゃんとある。そんな機動を士官学校の術科で何度か目にしていて、クリハラは〝やりにくい〟相手だと記憶していた。
──でもいつまで
追いかけている小艇と違い
「砲雷長──」
やはり呼掛けられることになったと、クリハラはツナミを向いた。
ツナミは命令調で言った。
「
その言葉にクリハラは内心の思いを押し隠し、砲雷長役のいつもの
外目にその顔は、何も変わっていないようにしか見えないのだが、そうするのが彼女の常だった。
──…撃つ、の?
今日はもうこれで2度目になる。
ただ今回は、抑え切れなかった不安の視線を戦術長補に見透かされたようだった。
ツナミはそんなクリハラの逡巡する視線に気付くと、彼女を落ち着かせるように大きな声で言った。
「所属不明の小艇をロックオンしてボートから引き剥がす」
そして頷いてくれた。
それでクリハラも頷き返して復唱する。
クリハラは砲雷長役として照準を所属不明の小艇に合わせた。
FCレーダの照射が始まって数秒の後、小艇はパルスレーザの砲身に追尾・指向されていることを確認したのか大きく退避行動に入り、やがてトーラスの影に消えていった。
──これでミシマくん達の乗る
内心で息を吐きクリハラはツナミの方を向いた。そのツナミが──たぶん自分自身に──小さくガッツポーズしているのを見た。
この時になってクリハラは、そっと気遣ってくれるコトミの視線に気付き、それから自分の足が小さく震えてるのに気付いた……。
6月6日 1155時 【航宙軍艦カシハラ/
まだ全艦の第1配備が解かれない〈カシハラ〉──。その
「──えっ? それって本当なの⁉ そうなんだ……ん、わかった伝える……」
「なんだ、何か問題か?」
「あ、いえ──ミシマ船務長補からです。
「……VIP?」
ツナミは怪訝な
「その……
──高貴な生まれの姫君がホントに乗艦してきた。こうなるとあれか……
ツナミは、改めてそんな埒もない思いに囚われた。──もうなるようになれ、だ。
6月6日 1200時 【航宙軍艦カシハラ/左舷格納庫】
左舷格納庫では、接舷を終えた
ミシマはツナミの姿を確認するとハッチ内へと何事か告げた。ほどなく一人の少女が、そのほっそりとした姿を現した。
少女の出で立ちは貴族的な華美なものでは全くなかったが、その毅然とした顔立ちはなるほど
そんな少女はツナミを見やると微笑みを浮かべる。
ツナミは航宙軍式──右上腕を斜め前45度に出して肘を張らない挙手の敬礼で出迎えた。
「航宙軍練習艦〈カシハラ〉へようこそ。指揮を預かる士官候補生准尉のツナミ・タカユキであります」
ハッチ前に並んで出迎えるミシマ、イツキ、マシバ、それに皇女殿下の出迎え対応のために呼んだ主計長補のアマハ・シホ准尉を含めた格納庫内の全員が
少女──エリン皇女殿下は左胸に右手を添えて答礼した。そして少し戸惑うように、
「乗艦の許可を願えばよいのでしょうか?」
それでミシマがわずかに肯いたので、後はツナミが引き取った。
「乗艦を許可します、皇女殿下──どうぞ〈カシハラ〉へ」
ツナミが皇女殿下のその後の対応をアマハ・シホ准尉に任すと、アマハ准尉は皇女に先立ち、
ボートのハッチ前には、ミシマたち三人の候補生と〝黒袖組〟のガブリロ・ブラムが残された。
こうしてミュローン帝政連合の皇位継承権者エリン・ソフィア・ルイゼ・エストリスセンは、航宙軍の練習艦〈カシハラ〉に入った。
一方、時を同じくして
6月6日 1200時 【航宙軍艦カシハラ/右舷
「──…ですから、いま艦長に代わり指揮を執っておりますツナミ候補生准尉が参りますので……」
右舷の
砲雷長のクリハラに選抜された人員を率いて警護を固めに来たヨウ・ミナミハラは、そこでシング=ポラスの邦議会議員であるフレデリック・クレークの相手をすることとなり、その傍若無人の振る舞いに辟易させられる破目になった。
「候補生だと? だれか士官はいないのかね? それでは全く話にならん──すぐに艦長に連絡をつけ
「クレーク議員……」 そんなクレーク議員の長口舌を、困ったような
まだ
ミナミハラが助かりました、という
ミナミハラも彼女と同じ表情になってもう一度軽く頭を下げた。それから連れの褐色の肌をした
メイリーたち一行は4番
クレーク議員の自意識の高さは過剰というレベルのもので、メイリーにとってこういう手合いが一番苦手である。が、ともかく一刻も早く航宙軍の航宙艦に一行を収容してもらわなけれならない。またしても父の名を振り
いまこの場には、メイリーと議員の他、アンナマリー、議員の主治医のラシッド・シラ、同じく議員の友人で実業家のネイハム・レロー、それにフリージャーナリストを名乗るマシュー・バートレットの6人が艦長の代理という士官候補生の判断を待っていた。
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