第8話 民間人を艦に乗せるのか?
6月6日 1210時 【航宙軍艦カシハラ/左舷格納庫 管制補助室】
「──で、これはいったいどういうことなんだ?」
アマハ
ガブリロの銃はミシマが黙って取り上げてツナミに手渡している。
人払いした管制補助室で一行を代表してミシマが説明をした。
要点だけを上手くまとめて報告するのだが、相変らず流れる様にそつがない。ハヤミ・イツキ准尉やマシバ・ユウイチ准尉が補足を求められることもほとんどなく、これまでの経緯と顛末が伝わった。
一通り聞き終えたツナミが、ガブリロの方を向いた。
「──それで、彼がその〝黒袖組〟なのか……?」
言われた方のガブリロは不貞腐れた
「状況が落ち着き次第、当局へ引き渡すことになるんだろうが…… 艦内ではとりあえず勾留、ということになるだろうな」
そう言ってミシマに目をやったのは同意を求めてのことだろう。ミシマも肯いて返した。
当のガブリロは『当局へ引き渡す』という部分には悔恨の表情になったが、ここは何をするでもなくおとなしく観念したふうであった。
一応、ツナミらの所属する航宙軍も帝政連合下において『国軍』に次ぐ正規軍事組織である。過激派がそんな中に飛び込んだ訳なのだから、それはもう観念するしかない訳である……。
ご愁傷さん、としか言いようがない。
ちょうどそんなタイミングで、室内の艦内通話機が呼び出し音を奏でた。
「こちら戦術長補ツナミ ──どうした?」
ツナミは通話機越しに何事かのやり取りを交わし始めたが、すぐにミシマたちに視線を遣って通話をスピーカに切り替えた。
『──…わかった。民間人17人の乗艦は認めるとテルマセク当局に伝える。──
ツナミは考えるまでもなく答えた。
「いや、CICに戻りたい。議員のお相手はもうしばらくミナミハラにやらせよう。──2分で戻る」
スピーカから聞こえるテキパキとしたシンジョウ・コトミの声にツナミが指示を伝える様には安定感を感じる。
──すっかり馴染んでいる二人のやり取りを聞いていて、それなりに付き合いの長いハヤミ・イツキが思うには、客観的にこういう場面の
部屋を出しなのツナミに、ミシマが訊いた。
「民間人を艦に乗せるのか?」
ミシマのその問いに、ツナミは即答した。
「──当然だろう。
ツナミの答えは確かに正論だった。が、それは
正規
ミシマにはいまのツナミは気負い過ぎている、と感じたのかも知れない。
イツキもまた、そうは思う。
が…──そういうところを額面通りに受け取るとろが
「わかった」 やはりミシマは一つ肯くとあっさり引き下がった。「──配置に着くよ」
ミシマ・ユウは、後はもう何も言いはしなかった。
6月6日 1215時 【航宙軍艦カシハラ/右舷
「ヨウ……ちょっと──」
手招きされたミナミハラの方は、ちょうど議会の偉いさんとの面倒なやり取りに一区切りがついたので床を蹴ってそっちの方に身体を流す。
その際にチラとクリュセの首相令嬢とシング=ポラス邦議会議員とを見比べる。同じ政治家の一族でも育ちからなのか、その雰囲気は随分と違うもんだと、ミナミハラは政治家に対する思いを新たにした。
首相令嬢の傍らに立つ褐色の肌のナイスバディと目が合ったミナミハラは、彼女と苦笑を交わしてアヤの元へと流れて行く。
「──どしたい?」
「鼻の下、伸びてる」
ミナミハラが訊くと、アヤは先ずは関係のないことでミナミハラに絡んできた。──なんだ
視線をそちらに遣ると、艦と桟橋とを繋ぐ搭乗橋で状況が変化しようとしていた。
──
搭乗橋の先、大桟橋側の
──事態はそこまで悪化している、ということか……。
仮に戦闘防護服の一団に突入されることになれば、対抗するにはやはり戦闘防護服ということになる。
その凶悪な姿に内心の焦りを悟られぬように努力しながら、ミナミハラはアヤを見返した。アヤが同じような表情を浮かべていたのに今更ながら気付く。
「──いつから
ミナミハラはアヤに確かめた。
「さっき…… ちょっと前からかな ──なんかさ… 怖いよね……」
不安そうな表情のアヤだったが、語尾の震えが思いの他小さいのにミナミハラは内心で大したものだと感じ入った。
と、そんなアヤの
彼女の視線の先を追うと、宙港職員に先導されて搭乗橋をこちらへ流れてくる民間人の一行が目に入った。搭乗橋は無重力であったから壁面に設置されたレールを伝ってくるのだが、普段ならサポートにつく職員の人数が足りていないようだった。先頭の乳飲み子を連れた若い女性などは如何にも危なっかしい姿勢となっていて、もはやこちらへ〝落ちてくる〟という感じだった。
アヤは歩哨に立つ身であることを一瞬忘れたのか、受け止めようと床を蹴る姿勢になった。
──いい娘なんだ、と思う。
ミナミハラは彼女の肩を軽く叩くと小銃を肩から外してやった。
アヤが一瞬だけ驚いたようにミナミハラの目を見返す。それから目だけで
「ミナミハラ! ──CIC、シンジョウから。避難者は本艦で収容する。受入れの作業、はじめ」
そうすると
ミナミハラ・ヨウ准尉は了解の
6月6日 1220時 【航宙軍艦カシハラ/右舷
──わっ、わっ…、わわわっ……!
宇宙船へ向かって床(壁?)を蹴った
縦方向に流れる視界の中で、現れるたびにメイリーの待つ宇宙船はぐんぐんと迫ってきている。
──…ど、どうしよ……。
壁にぶつかるときには〝受け身〟は取った方がいいのかしら? そんなできもしないことをぼんやりと思う。
そんな状態と勢いのままに軍艦の
メイリーが自分も床から浮き上がりそうになるのを、腰を折るようにそのきれいな脚を振って堪えてくれ、そのおかげで何とかキムは勢いを殺すことができた。
「キム…っ‼ 危ないでしょう、そんな遊泳しちゃ…… ──
「ごめん…… でも慣れてないでしょ? こういうのって」
キムは言い訳するようにそう言うと、今度はゆっくりと浮き始めた
「早かったのね……マクマホンさんやイラーリたちは?」
「まだ
今朝からの騒ぎで大桟橋内の
「そう……」 メイリーの目が心配げになる。
こういう時にメイリーは、旧知のマクマホンさんだけでなくここへ避難する途中で知り合ったイラーリやアルレットのことも気にかけてる。そのことにキムは素直に感動できた。
──この責任感の強さはお父さん譲りなんだろうな。
そう言うと嫌がるのが彼女の常なのだったが、こういう所はやはり頼れるし彼女らしいと思う。育ちの良さは美徳なんだと、キムは素直に感じた。
「待つしかないわね……」
メイリーが心配そうな
そんな彼女にキムは思う。心配することしかできないのは皆同じだけど、彼女はいろいろと
少しボクが肩代わりしてやんなきゃダメかしら──。
柄にもなくそんなふうにも思っていた。
「
でも
「え?」
メイリーのきょとんとした
最初からその選択肢はなかったらしいのがキムにはちょっと悔しい。それを傍で見ていたアンナマリーが、キムの表情を読み取って揶揄うように言った。
「キムが行ってもあんまり役には立たないでしょう?」 言ってキムのメガネを軽く弾くようにして話を引き取ってしまった。「──私が行きます」
横から話を引き取られ
──
一方メイリーの方は、アンナマリーがそう言ってくれたことに安心するように
「そうしてくれる? ありがとう」
「
アンナマリーは床を蹴ると、
──おっきな胸……ふん、だ!
キムは小さく舌を出して見送った。
6月6日 1225時 【航宙軍艦カシハラ/
大桟橋からいまだ動けずにいる〈カシハラ〉に、
──そもそも最初のミスは民間人の収容の判断だったか……。
今更ながらツナミは、その自らの判断が〈カシハラ〉の行動に制約をかけてしまっていることを認めざるを得なかった。
「もう戻ってきたのか……」
ツナミは戦術マップに描画された〈帝国宇宙軍〉の標示に知らず独り言ちていた。周囲の候補生らの同じような視線が戦術マップに集まる。
──しつこい。
この言葉は口にはしなかったが、
「この小艇……やっぱさっきのヤツかな?」
情報分析室(CICに繋がる各種別室の一つ)から転送されてきた画像処理済の
「こんなに巧く
航宙軍艦艇の探知の網を
こういう
ツナミは内心でほくそ笑んだ。
──…今回は少しばかり勝手が違ったな。
もともと〈カシハラ〉は航宙軍標準巡航艦の大型の艦型を採用した練習艦である。練習艦であるため機関/兵装等の装備は抑えられているのだが、代わりにその余剰の
結果、運も有ったろうが、これだけの輻射管制を実施している小艇を見事に捕捉してのけたのだった。
ツナミは考えを巡らせた。
──この小艇は例の〝黒袖組〟の高速恒星間ヨットを制圧したものだろう。皇女殿下を待ち伏せていた公算が大だ……。
となると、やはり狙いは皇女殿下ということになるのか……?
通常の状態であれば、たった1艇の小艇に接舷攻撃されたとしても、巡航艦は艦の宙兵戦力で十分に対応できる。──恒星間練習航宙中の練習艦であっても、乗組んでいる正規
だが正規
艦橋、CIC、機関制御区といった艦中枢のどれか一つでも制圧されれば〈カシハラ〉は動けなくなるだろう……。その時点で
しかも相手は特殊部隊らしい──。これは絶対に接舷させては拙かった。
「CICより艦橋──」
ツナミは
『こちら艦橋ミシマ──どうした?』
「
『…………』 艦内通話の小画面の中でミシマが思案顔になる。やがて落ち着いた声音が返ってきた。
『──その方がいいね、確かに ──…民間人の収容の方は?』
「さっき収容作業
『間に合うかな?』
ミシマが独り言ちる。
「最悪、
ツナミは言下に言い放った。それが乱暴なのは解かっているし民間人の収容を主張したのは他ならぬ彼自身であったが、この状況となってはもう構ってはいられなくなっていた。
ツナミは画面越しにミシマを見遣る。
『……了解した』
ミシマは画面の中で頷くと艦橋の各部署に指示を始めた。『──機関始動する! 発進準備』
──あとは時間との勝負だ。それだけのハズだった……。
6月6日 1230時 【航宙軍艦カシハラ/右舷
キムは、いまさっき兵隊の口から『受入れ
彼女達の周囲では、乗員や兵隊達がテルマセクからの避難民に、盛んに奥の方へと移るよう促している。その声を聞きながら、それでもキムは動かなかった。
メイリーがここを動くつもりがなかったからだ。
──まだアンナマリーがイラーリやアルレット達を連れて到着していない……。
兵隊の一人が上げる、切羽詰まった声が耳へと飛び込んできた。
「──
不安げに気密扉の小さな窓ガラスから
その差迫った怖い
短く激しいやり取りのすえに兵隊さんが同意したらしかった。大きな声が聞えた。「──わかった! わかったって‼」
兵隊さんは奥の乗員に向き直って叫んだ。「──
「……
彼女が定まらぬ視線を窓ガラスに戻した次の瞬間、その瞳が焦点を結び表情に力が戻った。
「待って……待って! 待ってっ‼」
メイリーが絞り出すようにして叫んだ。
「──だめよぉぉぉーーー‼」
次の瞬間、宇宙船の
火薬が使われ搭乗橋を爆破したのだ…──。
──ボクはそのとき、エアロックの小さな窓の向こうに、イラーリの小さな帽子が飛ぶのを見たように思った……。
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