第14話 大森林防衛戦(後編)

 私に割り当てられた防衛隊陣地ぼうえいたいじんちのテントの一室へと戻って準備を始める。ここで精密部分を作った後、ミサイルの本体と発射装置はこの陣地近くの開けた場所で作る段取りになっている。


 まずは射撃統制装置しゃげきとうせいそうちの索敵レーダーと誘導装置を作る。相手は魔獣のため現代兵器用の索敵レーダーは使えないので、熱感知式センサーでそこにリンクさせる誘導装置の基礎プログラムを∑(シグマ)によってインストールする。試作品のリンクが良好に作動したので続けて同じものを10個準備していく。

 1時間ほどで完成したので、テントの外に待機している護衛のカイとルナに運搬を頼みつつ広場にてミサイル本体と弾頭だんとうにするクラスター爆弾、発射装置の製作を行う。


 先に発射装置を等間隔に作り出していき、それぞれの発射装置の後方にミサイル本体を作り出す。今回はMGMー52Cを参考に作る。このミサイルの射程は125キロあるのでこの陣地からでも魔獣を狙うことが可能だ。


 試射のため弾頭を外したものを準備し湖に向かって発射すると問題ないことが確認できたので、10発のミサイルにクラスター爆弾の弾頭、センサー、誘導装置の取り付けと調整を行う事4時間ほどでようやくミサイルの準備が終わる。時刻はすでに21時を過ぎており、周囲は漆黒の中に光魔石のランプの照明がいくつかあるだけだ。あとは全ての発射台にミサイルをセッティングをするだけだが、一つ1tを超える重量があるので10人がかりで釣り上げて乗せていってもらった。



「明日の作戦準備すべて完了しました。」


 全ての準備が終わり指令天幕にいるマクレーン騎士団長達にその旨を伝えると、彼らのなんとも言えない表情が私に対する感情を物語っていた。


 最後に明日の作戦時刻の詳細を確認する。明日午前8時には斥候せっこうを兵器の影響範囲外へ退避させ、戦果を確認する監視体制の構築を整え、同時に追撃の防衛部隊が作戦展開領域後方へ待機してから先制攻撃の開始となる。


 斥候との意思疎通や防衛部隊の準備の確認などはどのようにするか聞いてみると、ハーピーと呼ばれる獣人を使っているらしい。空を素早く飛ぶ獣人でここから30キロ以上離れた現在斥候が展開している場所まで10分ほどで行けるらしい。

となると、すべての準備が整い連絡が取れて先制攻撃ができるのは9時少し前になりそうだ。これなら予定の時間で作戦が開始できる。


「では明日の作戦は予定通りに。今日はこれでもう休ませていただきますが、明日は頑張りましょう。」


「ありがとう火乃宮殿。頼りにしている。」


最終確認をマクレーン騎士団長達と行い指令天幕を出て私のテントへと向かう。


◇◆◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆


彼が去った指令天幕内では各騎士団部隊長が様々な表情を浮かべていた。そんな中でマクレーン騎士団長が皆の思いを確認する。


「皆、火乃宮殿のことをどう考えている?」


しばらく辺りを沈黙が支配したが、まず口を開いたのはこの場で一番高齢の50歳を超える第7騎士団部隊長だった。


「彼は最高の協力者で、最悪の協力者だろうな。」


矛盾している2つの言葉だが的を得ているとこの場の誰もが思っていた。


「そうですね。悪魔との戦いの間は心強いことこの上ないでしょう。だがもし悪魔を消滅させた後の事を考えると頭の痛い事です。」


「ですな。もしあの兵器なる物がこちらに向けられるかもしれないと考えると・・・暗殺してしまうか、獣人どもに使っている奴隷の首輪を付けたほうが安心では?」


マクレーン騎士団長と第3騎士団部隊長がそれぞれの考えを言っていく。


「若い者は過激でいかんな。今後は彼に対して他国からの干渉もあるだろう。王国で死んだのでは外聞が悪いし、奴隷の首輪を着けたとしても、どこかの間者にさらわれでもすれば確実に復讐の刃が王国へ向けられるぞ。」


「おっしゃる通りですな。既に国王様へは連絡を送っております。おそらくは彼に王女をあてがって取り込むようにするでしょう。」


第7騎士団部隊長が過激な考えをたしなめ、マクレーンがその考えに同意し、今後の王国が取るであろう思惑を推察すいさつする。


「今回悪魔の軍勢が撃退されればその功績は誰が見ても彼です。他国も黙っていない、余計な横やりが入る前に既成事実を作れるかでしょう。」


「まぁ、そういったことは国王様や文官の方々がするでしょう。我らはすべきことをするまでです。」


事を急ぐように進言する第3騎士団部隊長へマクレーン騎士団長が自分たちの本分をまっとうすべきと釘を刺し、この場は解散となった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 時刻は午前8時半、こちらの準備はすべて整いつつある。あとは防衛部隊の配置の完了が確認できれば先制攻撃の開始となる。ギリギリまで監視をしていた斥候の情報では、魔獣たちの位置は変わらずだったので作戦に変更はない。


(これから魔獣との戦争だというのに私は魔獣自体見ることなく終わりそうだな。)


 正直実感のない戦いは自らの危機感を感じられないので、昨日の食事の時でも周りのピリピリした雰囲気に対して私はどこか日常の夕食と一緒の感じで周りから浮いてしまっていた。


「本当にこんな遠い場所から魔獣の奴らのとこまで届くんですか?」


カイが信じられないと言った思いで聞いてくる。


「おい失礼だぞ!申し訳ありません蓮様。」


いつもの突っ込みはなく、若干緊張した面持ちのルナがカイをせいした。


「検証は済んでいますから大丈夫ですよ。ただ今まで見たことのないもので不安になるのも当然でしょう。ですが安心してください、この戦いは必ず勝ちますよ!」


そんなやり取りをしていると、後ろから伝令の防衛隊員が走ってきてルナに伝言を伝えた。


「・・・了解しました。蓮様、防衛部隊の準備が整ったとのことです。」


 現在このゼスト辺境領に残っているのは私と護衛のカイ、ルナと数名の後方支援向きの聖騎士と防衛隊員だけでほとんどの戦力は早朝にビークルで作戦場所へ向かって行った。

勿論その中には回復の要のクロスティーナも入っている。


 ルナに準備完了を伝えられ、手元のスマホに目を向ける。核ミサイルとはBluetoothで繋がっており、あとは液晶のボタンを押せばいいだけになっている。


「ではこれより大森林防衛作戦の先制飽和攻撃せんせいほうわこうげきを開始します!」


 周りに聞こえるようにそう宣言するとスマホの発射ボタンを押す。

するとお腹に響く「ドンッ!」という轟音ごうおんが辺りにとどろき、しばらくミサイルの発射音で耳が聞こえずらくなってしまった。

空を見上げると10発のミサイルが飛んでいくのが見えた。MGMー52Cはマッハ3で飛翔するため33キロ先の目標に到達するのにかかる時間はおよそ30秒だ。


 しばらくして手元のスマホに弾着表示が現れたのを確認して周りに伝える。


「先制飽和攻撃は終了です。後は戦果の確認を終えた伝令を待ちましょう。」


なんとも現実感のないことだが、計算上では着弾した場所は正に地獄の有様になっているだろう。そんな事を考えていると体に違和感を感じた。


(なんだ、身体が軽い・・・?疲れが急に取れたようだ。さっきまで多少なり気怠けだるさがあったのにまるで感じないぞ、どうなっているんだ・・・)



 しばらく自分の身体の変化に戸惑っていると、慌てた様子の伝令がこちらに走ってくるのが見えた。

その様子から爆発に失敗したか、誘導に失敗したかヒヤヒヤしたがその伝令は作戦の成功を伝えるものだった。


「伝令!先制飽和攻撃に成功。敵魔獣戦力が壊滅!我が防衛隊の勝利は確実とのことです!」


『おお~!!』


周囲からはこの戦いの勝利に喜んでいる声が聞こえてきた。大げさな表現をすれば人類の行く末を左右するものであったので、皆安心した表情を浮かべていた。


「やりましたね蓮様!」


「さすがだぜレン!」


「ありがとう、これで一先ず安心ですね。」


勝利の雰囲気を味わっている同時刻、ミサイルの着弾場所から3キロ後方に離れている防衛部隊員たちは正に地獄を見ていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 時刻は数分前に遡る。


「騎士団長閣下、作戦準備完了いたしました。これよりハーピーを伝令に出します。」


伝令役になっている隊員が部隊の指揮官であるマクレーン騎士団長に報告してきた。


「了解した。魔獣どもに気づかれる前に直ちに行動せよ!」


「はっ!」


「さて、これで彼の真価が分かるというものか・・・」


伝令の部下を見送りながら独り言を呟く。

その独り言を耳ざとく聞きつけた第7騎士団部隊長が口を開く。


「そういえば召喚直後の彼のレベルは26でしたかな。もし彼が言う通り魔獣の8割を殲滅せんめつしたとしたら・・・あまり考えたくないな。」


「その時は第2の悪魔の誕生になるかもしれんよ。」


「そう悲観するな。英雄の誕生となる可能性もある。」


 しばらくすると後方の空から「ゴー」という音とともに何かが飛んで来るのが見えた、そして次の瞬間には飛び去って行き前方から下っ腹にずっしりと響く轟音が聞こえてきたと思ったら、耳が甲高いキーンという音がして周囲の喧騒けんそうも聞こえなくなっていた。


「・・・・なんだこれは・・・」


 思わずマクレーンは心の声が口に出ていた。それはそうだろう、彼の眼前には大量の黒煙こくえんがもうもうと立ち込めており、大森林表層の木々はその衝撃で根元から折れ曲がっていたり吹き飛んだりしていた。更に多少の火の手は上がっているがその爆風の威力でぽっかりと更地に・・・いや荒地の様に土がめくれあがっており、その破壊力の凄まじさを物語っていた。


目標から3キロ離れたこの場所でも眼前までその影響が伝わる風景になっているのだ、目標地点に存在していた下位、中位魔獣など生きていられるわけがない。


・・・・・・・


「ハーピーを確認に飛ばせ。急がせろ!」


 しばらくの後、正気に戻ったマクレーンは近場にいた部下に指示を飛ばした。周りを見ると先程までの自分のように口をぽかんと開けたままの防衛部隊員たちが見えた。


「・・この世界に英雄が召喚されたと触れ回ったほうが良さそうですな。」


第7騎士団部隊長が話し掛ける。


「・・・そうだな、あんな力を持つ彼と敵対しろと命じられたら俺は逃げ出すかもしれん。」


マクレーンが王国に対する反逆ともとれる弱気な発言をするが、それを咎める者はこの場であの光景を見た者たちの中には存在しないだろう。


 マクレーンと第7騎士団部隊長の思惑は人間の心理に呼びかけようとするものだ。人は他人からの評価に縛られる。優しいと評価されれば優しくあろうと、勇敢だと評価されれば勇敢であろうとする。だから世間に火乃宮ひのみや れんは英雄だと触れ回ることで彼にそうあるように仕向けようとするのだ。


「これからどうなっていくのか・・・」


誰にも聞こえないようなマクレーンの小さな呟きは、周囲の正気を取り戻してきた防衛隊員たちの声でかき消された。


 しばらくすると、偵察のハーピーからの報告で、魔獣の焼けただれた肉片がそこら中の倒れた木々や岩にへばり付いていただけで、1匹の魔獣の存在も確認できなかったという報告がなされた。

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