第13話 大森林防衛戦(前編)

 「では出発いたします。」


 騎士団長の号令のもと辺境に向けて防衛部隊が出発する。乗っているのはこの世界のビークルという乗り物で、8輪駆動の大型トラックの様な形をしている。先頭を含めて3台が連結されており、乗車人数は70人ほどらしい。

 先発隊は既に約1500人がゼスト辺境領にて陣地じんちを築いている。今回王都から向かうのは第一騎士団の団長と数人の側近たち、聖騎士団と私達を合わせた300人が5台に別れて乗車している。

これからおおよそ5時間で到着するとのことだ。


「明日には戦いの場に向かうのですが、火乃宮様はご不安はありませんか?」


対面に座っているクロスティーナが心配そうな面持おももちで話しかけてきた。


「不安は無いと言えば嘘になりますが、私に出来ることをするだけです。」


 今回の防衛戦で私の役割は武器の補充が主になっている。いくら凄い武器でも敵を切り続ければ消耗し、やがて刃こぼれして使えなくなる。特に今回は数が多く、魔獣について調べたときにゴブリンなどの下位魔獣なら問題無いのだが、オーガのような中位魔獣だと外皮が堅すぎて簡単に剣が壊れてしまうらしい。

日本刀が実戦されるのは初のため、不慮の事態に備えこちらも準備をしてきた。


「火乃宮様は後方ですし周囲は聖騎士が守りを固めますので、私どもにお任せください。」


「ありがとうございます。作業に手一杯になるかもしれませんので周囲の警戒はお任せします。」


 本から得られた情報からΣ(シグマ)に分析させてみせた結果、こちらの戦力の1.3倍までなら現状の戦力で問題ないが、1.7倍を超えると勝利は望めないとのことだった。

 そこで、2種類の手榴弾の投入を騎士団長に助言した。ひとつは破片手榴弾で映画でお馴染みの物だ。爆発の衝撃で内部の金属片を撒き散らし相手を殺傷する。今回は威力や範囲のあるM67手榴弾で、殺傷範囲は半径15メートルに及ぶ。


 もうひとつは攻撃型手榴弾で、衝撃波によるダメージを与え範囲は数メートルと狭い。これにより前者を先制飽和攻撃に、後者を乱戦になった際の牽制兼攻撃手段として提示した。

爆弾という兵器がこの世界にないので実際に試してもらったが、即決で使うことが決まった。ただ時間が無いため王都で千個準備しあとは現地で時間の限り作ることになった。


「ところで、クロスティーナさんは大丈夫なのですか?」


「ふふっ、これでも私は第2位光魔法の使い手です。その辺の下位魔獣位なら問題ありませんよ。」


 どうやら彼女も戦力として期待できるらしいので、手榴弾作りに専念できそうだ。

また、念を入れて包囲された際の武器をいくつかピックアップして作れるように準備もしておく。


――――― ――――― ――――― ――――― ―――――


 出発から5時間後の15時に目的の大きな湖にほど近いゼスト辺境領に到着した。既に築かれた陣地の中では騎士達が忙しそうに作業をしていた。

そんな中私達は指令本部へと向かっていた。天幕へ入ると20人ほどの各責任者達が既に集まっていた。


「長時間の移動お疲れでしょうが、今より斥候の情報確認をいたします。」


この会議は急なものだったが、内容が以前把握していた魔獣に強力な種族が合流したらしく、再度作戦の見直しがなされる為だ。そのためビークルから降りてそのまま直に参加している。


「お気になさらず。悪魔の軍勢が想定していた規模以上に集まってきている事態です。私達の敗北はそのまま人類の敗北に繋がりますので、今は時間を無駄にできませんわ。」


疲れを見せないクロスティーナが深刻な事態に理解を示す。


「斥候の話ではゴブリン1000匹、オーク800匹、オーガ200匹、トロール80匹だったが、そこにアルミラージが100匹ほど確認された。」


 Σ(シグマ)で確認するとアルミラージとは体長1メートルのウサギの姿をしており、額に一本角が生えた魔獣で見た目は可愛らし姿をしているが中位魔獣に分類されている。

 最大の特徴は俊敏性でいつの間にか距離を詰められ、その角で貫かれてしまう。ギリギリ避けても長い耳が身体を掠めると、刃物のような切れ味で傷を負ってしまうらしい。


 対峙するには一匹に対し3人でなければ難しいとされる。ちなみにオーガには4人で、トロールには5人が必要人数らしい。


 そんな状況に新たに中位魔獣が100匹もいれば数的優位が消えてしまったといえる。初撃でいかに数を削れる状況をつくれるかだが、中位魔獣になると賢くなかなか罠に嵌めれないらしい。そしてこの大森林においてアルミラージの機動力を抑え込まなければ、防衛隊側が包囲され戦力を削られてしまう。


「当初の作戦では先制攻撃でゴブリンとオークを半分ほど減らし、戦力的に優位に立てる筈が・・・どうするのだね?」


第7騎士団部隊長が不安を吐露とろする。


「今回の作戦日も余裕の無い中で時間を作っているんだ、今から作戦を変更するには時間が掛かり過ぎる。その隙に魔獣に攻められてはこの都市は陥落かんらくするぞ。」


更に第3騎士団部隊長も焦りを見せる。

私が現代兵器を作り出せば状況をひっくり返せるが、その後の心配事もある。とは言えここで死んでしまっては元も子もない。

そこで現状について確認することにした。


「失礼、質問をよろしいですか?」


「なんだね?」


不愉快そうな返答を第3部隊長からいただいたが、必要なことなので気にしないように続けた。


「確認を2つ。まず一つに戦力の増強はできないのですか?」


「今回はこのゼスト辺境領に多数の魔獣が確認されたので戦力を集中させたが、これ以上集めてしまうと別の場所に悪魔の進攻があった場合に間に合わなくなってしまうのだ。」


代表してマクレーン騎士団長が答えた。


「ではもう一つ。より高位の魔法による攻撃で状況の打開は望めないのですか?」


「それは難しいな。この場で現状最も威力のある第2位魔法が使えるのは私と聖女殿だけだ。その殺傷範囲は300メートル程だが、中位魔獣を倒すほどの威力にするには相当魔力を込めねばならん、3発も撃てばその後は何も出来ない。」


 現状では一番の戦力である騎士団長が早々に抜けてしまうと防衛隊の士気にもかかわるし、しかもその結果は中位魔獣を2割減らせるくらいだろう。それでは割に合わない。


「そうですね、私は攻撃よりも回復に魔力を割いた方が防衛隊の損耗そんもうを抑え、戦線を長時間維持出来ますので、初撃で相手をある程度削っても中位魔獣に押し込まれてじり貧になります。」


 作戦会議で聞いたクロスティーナの得意魔法は第2位光魔法の広域回復だ。魔力を込めれば視界に入る者全て、瀕死の重症でも救うことができる魔法は貴重である。


「・・・わかりました。では私が戦況を変えるものを作ります。」


「しかし今からでは全隊に行き渡る量が作れないのではないか?」


今まで提示してきた武器はどれも個人が使用する武器だったので、騎士団長もそう考えたのだろう。


「いえ、作るものは武器ではなく兵器です。」


「・・・何か違うのかね?」


「先日お渡しした手榴弾の数百倍の威力と思って下さい。」


「そんな物があるのかね!?だったら最初からその兵器とやらを使えば良かったではないか!」


第3部隊長が唾を飛ばしながら責め立ててくる。


「申し訳ないが私はこの世界の戦いや指揮系統の事情に詳しくないので、でしゃばる事ははばかられたのです。しかも準備に時間もかかりそうなので、先の作戦で良いなら任せようと思っていました。」


「う、・・・うむ。で、それは間に合うのかね?」


こういった軍人はぽっと出の部外者に好き勝手指図されたり、素人にあれこれ言われるのを極端に嫌うだろうと思って今まで作戦自体に口を出すことは無かったが、事態が切迫してしまっては仕方ない。


「間に合わせます。その為に正確な魔獣の所在と戦場を聞かせてください。」


「明日の戦場はここより30キロ移動した大森林入り口付近の草原に設定している。魔獣の所在はそこから3キロほどの大森林の表層にて確認している。」


「そうですか、現在斥候などの偵察や人はその近くに居ますか?」


「情報収集は戦いの基本だ。今も一部隊30名が監視している。」


「事前の作戦では9時から開始でしたね。・・・では、巻き込まれる可能性を考慮し明日の午前8時までに監視部隊の撤退と、魔獣がいる大森林表層には誰も近づけないでください。」


「ふん、任せられるのかね?」


「あら、現時点でそれ以外の選択肢などございませんよ。火乃宮様に頼らねば私たちは良くて敗戦で撤退するか、悪ければ全滅ですわ。」


私の提案を擁護するようにクロスティーナが部隊長達の反感をさえぎる。


「それで火乃宮様、具体的な時間はいかほどかかりますでしょうか?」


「兵器自体は2時間もあれば。問題はその後のセッティングと調整に4、5時間と考えています。」


「ではその兵器でどの程度の戦力が削れますか?」


 威力のある兵器としてミサイルを考えていた。弾頭にはクラスター爆弾を用いることで、より広範囲に影響を及ぼせる。クラスター爆弾とは小型の爆弾を100以上詰め込み、ばら撒くことが出来る爆弾のことをいう。


「少しお待ち下さい・・・Σ(シグマ)起動。地対地ミサイルで弾頭にクラスター爆弾を用いた際の想定敵戦力に大損害を与えられるだけの必要数を計算しろ。・・・『各種の魔獣の力が想定通りと考慮、広範囲に分散されることも想定すると約10発で敵魔獣戦力の8割以上の殲滅が可能と推測。』・・・恐らく中位魔獣が2、300残るほどでしょう。」


・・・・・・・・・・・


「そんなものを君は・・火乃宮殿は作りだす事が出来るというのかね・・・。」


 この周囲からの視線を見るに自分の危惧していたことが現実になろうとしているかもしれない。皆一様に驚愕きょうがく畏怖いふを浮かべた表情をこちらに向けている。

ただ、ここで動かなければ自分の身も危なくなってしまう。最も悪魔の標的になるのは、消滅できる可能性のある私になるだろう。ならばできる限り悪魔の力を増長する状況にはしたくないし、可能であれば弱体化しておきたい。


「それだけの威力のある兵器を作らなければこの世界の存亡にかかわりますから。」


あくまでもこの兵器の正当性を主張し、とりあえずの畏怖の感情を抑えるために正論を吐く。


「では皆さま、先制攻撃は火乃宮様に任せるという事でよろしいでしょうか。私共には時間がありませんので、早急に行動に移さねばなりません。」


クロスティーナが場をまとめようと行動を促してきた。その発言を受け取ってマクレーン騎士団長が作戦を伝えてきた。


「基本的な作戦の包囲殲滅はそのままで、先制攻撃の際には全部隊を効果範囲外に退避させ、火乃宮殿の兵器の成果の確認後に部隊の行動を指示する。中位魔獣が300匹程度であれば我らの勝利は揺るがないだろう。皆自団へ戻り情報の共有をしたのち明日の準備へ取り掛かれ。以上だ、解散!」


それぞれの困惑を残しつつも皆が行動を開始した。

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