第11話 なんじゃなんじゃ

数々の証拠品と状況証拠が、柴原巧犯人説を裏付けてはいるのだが、木田と勘太郎は、逮捕状の請求に二の足を踏んでいる。

『もう少し、動機が弱いよう

 な気がする。』

という。

たしかに、物的証拠も状況証拠も柴原巧が犯人だと言っている。

しかし、自供を引き出すには、動機がないと不可能だろう。

裁判で、有罪を目指すなら、無理強いせずに、自供を引き出す必要がある。

勘太郎は、水田議員事務所に電話をかけた。

『そちらの芳名帖に名前の

 記載がある方で、柴原巧さん

 とおっしゃる方について、

 教えて頂きたいのですが。』

と問い合わせた。

翌日、水田晋作の私設秘書が、舞鶴の水田晋作事務所からやって来た。

『柴原様は、辺野古の埋め立

 ての件で、舞鶴の事務所に

 沖縄の代表団を案内して来

 られたんです。』

会話の記録として、電子レコーダーの音声を持って来てくれた。

最初、穏やかに話していたが、水田本人を出せと騒ぎ出した。

議員が、国会開催中に地方に帰っているわけはないのだが、頭に血が上っているのか、聞く耳をもとうとしない。

柴原巧の母親が、沖縄県辺野古の出身で、米軍基地の移設を大反対していたらしい。

北海道沖縄開発担当大臣や防衛大臣を勤めた水田が、窓口に利用された形だ。

政治家1人が、決められる問題ではないということすらわからない。

ギャーギャー騒ぐだけ騒いで、柴原と沖縄の代表団は帰って行った。

とにもかくにも、これで動機がはっきりした。

木田と勘太郎の報告を受けて、本間が、柴原巧に対する逮捕状を申請した。

勘太郎と木田は、まだ秘書の前にいる。

『もう、柴原に様とかさんと

 かを着けて呼ぶ必要はなく

 なりましたよ。

 水田七奈美さんを殺害した

 犯人は柴原です。』

情報を伝達に来た小林から耳打ちを受けて、木田が、さらに付け加えた。

『先ほど、柴原巧に対する逮

 捕状を申請しました。

 今日中には、降りてくると

 思いますよ。

 捜査1課は、すでに逮捕の

 準備に取り掛かりました。

 逃走されないように、見張

 りも、大人数で出ており

 ます。』

実際には、30分もかからずに逮捕状が発行された。

木田と勘太郎が逮捕に向かう時、秘書も見学したいと希望した。

『水田議員本人も、こちらに

 向かう準備をしておりま

 すが、まだ数時間はかかり

 そうですので、私が先生の

 代理として見届けたいと思

 います。』

現地では、警察車両の中から手錠をはめてパトカーに乗せるまでは出て来ないことを条件に同行した。

ところが、柴原の方が、あっけなく認めて、両手を差し出した。

勘太郎が、時間を告げて、逮捕する旨の宣言をして、黒い手錠を柴原の両手にかけた。

それを見て、秘書が泣き崩れた。

木田が、秘書を促して、写真を撮らせた。

『水田議員に、見せることが

 できるでしょう。』

マジックミラーの取調室に入れれば良いだけではあるが、逮捕の瞬間というものは、被害者家族には、けっこう大切なものらしい。

とにもかくにも、柴原巧は意外なほど簡単に、罪を認めてしまった。

『別に、七奈美に恨みがあっ

 たわけやないんです。

 お袋が、水田議員を恨んで

 たんで、代わりに俺がやり

 ました。』

水田議員を泣かせるために、七奈美を犠牲にしたということらしい。

そんな無茶苦茶な理屈はない。

母親が水田議員を恨んでいたので水田を泣かせるために巧が七奈美を殺害したという、わけのわからない理屈の事件である。

殺人事件の加害者と被害者の間には、恨みつらみはなかった。

母親の代わりに殺人という大きな罪を犯した息子と。

父親の代わりに殺害されてしまった娘。

しかも、息子と娘は仲の良い友人同士であったという、なんともやりきれない、悲しい事件であった。

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京都魔界伝説殺人事件・3 近衛源二郎 @Tanukioyaji

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