ポチ様からの助言
金星人
第1話
しんしんと冷える夜。あるアパートの一部屋を借りている一人暮らしの男がいた。手元ランプだけが薄暗い部屋の中で、スマホのメモ帳を広げたまま机に置き、両手を頭の後ろに組んで天井をぼぉっと見つめていた。すると突然、
「ぅん…んんんんんぁああああ!!!!ギャァァァァァァァァァrrrrr!!!!!!
オゥェ、ゲホッゲホッ」
ひとしきり噎せた後、しりこだまを抜かれたように力尽きて机に突っ伏した。彼は無名の物書きだった。若い頃は意気込んで数々のコンテストに次々と応募して精力的に活動していたが、片っ端から落選。それでもめげずに続けてきたが40歳を目前として今だに状況は変わらなかった。20年弱何とかやってきたがこうも世間から見向きもされないと嫌気が差してくる。人は群れを好む生物なわけであってこうも評価されず孤独に生きてくると訳のからない生物へと"進化"してしまう。先程の奇声はその前兆と言ったところだ。
「あぁ、何で売れないんだろ。毎回自信作なのに。しかも一つ一つ色んな文献をあさって重厚に作っているのに。」
彼には生気が無かった。今週末はコンテストの応募締め切りだったのだが、平凡な脳みそからはアイデアも出ず、何より書く気力などさらさら残っていなかった。
「もう疲れた。最近は飯も取らず風呂も入っていないが、それをする元気もない。寝てからでいいや。はぁ、ポチ、俺の味方はお前だけだよ。」
彼はヘロヘロになった体に何とか力を入れて布団までたどり着くとバランスの悪くなったジェンガのように体が崩れ落ちた。そして情けを求めるように縫いぐるみの犬のポチを抱き締めながら丸まって寝る。
「もう、いっそのことこのまま永遠に目が覚めなければ良いのに。」
小声でボソッと言ったその時だった。
「臭ぇよ。お前歯磨きもずっとしてねぇだろ。」
「うん、今月はまだ…ん?とうとう幻聴まで聞こえるようになれたか。いよいよ素っ裸の天使でも迎えに来るのかな。」
「来るかっ!!そんなに来て欲しいならまず身だしなみを整えとけっ、臭くて誰も寄り付けんわ!俺だよ、俺!ポチ!分かったらさっさとその使い回した絆創膏みたいな臭いの手をどけろ!犬にはキツすぎる」
「へぇ、令和の時代は縫いぐるみが喋るようになるんだね。」
「じゃあ…今はそういことにしとこう。」
「ふぅん。まぁ、誰でもいいや。俺の悩みを聞いて欲しいんだけどさ、」
「話が何で売れないかだろ?」
「よく分かったね」
「毎日目の前で奇声をあげるほど気が狂うところを見てるんだ。そりゃ分かるさ。」
「じゃあ話が早いや、何でだと思う?」
「1つ作るのに凝りすぎだ。
誰のために書いてるんだ?」
「コンテストで賞でもとって
売れるようになりたい。」
「カァっ!!駄目だね、そんなんじゃ。」
「じゃあどうすれば良いのさ」
「だから今聞いただろ?
誰のために書いてるんだって。」
「そりゃあ、えぇっと………………」
「俺の為に書け」
「は?」
「先ずは俺の為に書け」
「んなこと言ったってポチだけ喜ばせたところで
一流にはなれないよ?」
「目の前にいる者すら喜ばせられないでどうして一流になれるよ?
え?
先ずは俺からだ。」
「そうか、」
「そうだ。分かったらさっさと何か書け。
読んでくれる人のことを考えて書くんだぞ?」
「はいはい、ちょっと待ってて。」
そしてポチに言われるがままに話を1つ書いてみた。
「どう?」
「うぅん、ここの部分がいまいちだな。
前のところとの繋がりが離れている感じがする。
ここはな…」
ここから何度もポチから駄目だしとアドバイスを受けた。そして何とかめげずにそれに耐えること朝の7時。
「どうでしょうか。」
「そうそう、こうだよ!
面白く書けるじゃないか。」
「あぁ、良かった。じゃあ俺はもう寝るよ、
もう横隔膜以外どこも動かない…」
「駄目だ。これをコンテストに送るんだ。」
「はぁ、忘れてた。コンテストかぁ、でもどうせ駄目だよ。」
「何言ってるんだ。今までのとは違って面白いって言ったやつがここに1人いるんだ。
今まで1番可能性があるぞ?」
「分かったよ。送りゃ良いんだろ?はいはい」
彼はダメもとで送ってみた。またいつも通り落選すると思っていた。
しかし翌年の春。
「おい!ポチ!やったよ!3次予選通ったよ!!!」
「おぉ、良かったじゃねぇか。
次のも面白いの、頼むわ」
今までにない感覚だった。やっと世間に評価された。そうか、こうすればよかったんだな、ポチよ。初めての確かな手応えを感じた。
それからポチとの二人三脚が始まった。話を書いてはポチに読んでもらい、また書き直し___。もはや闇のなかを歩く感じはしなかった。
そして数年後。
プルルルル カチャッ
「はい、分かってますよ。今書いてますから」
「頼みますよ?今日の午後ですからね?」
「はいはい、大丈夫ですから、はい、はい、では。失礼します。
はぁ、前じゃ考えられないくらい忙しくなったもんだ。まぁありがたい話だかなぁ。」
彼はちらっと書斎のデスクの上に置いてあるポチを見た。
あれ以来ポチは喋らない___。
ポチ様からの助言 金星人 @kinseijin-ltesd
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