第174話 魔導砲兵 2

 大混乱に陥り逃走兵が続出、3600名以上で構成された連隊員が、再編成しても1個大隊程とかなりの損害が出た第53銃歩兵連隊であったが、同じ頃、カルドナ王国軍にも同じ様に大混乱が生じていた。


 劣悪な視界の中、第53銃歩兵連隊を崩壊させたことで突出したセルドニア傭兵隊は、戦列を戻そうと後退を開始。ガリボルディ中将は後方に付けた第72銃歩兵師団を僅かに後退を下命した。


 ここでセルドニア傭兵隊に予期せぬ出来事が起こる。

 突然、第72銃歩兵師団がセルドニア傭兵隊に発砲し始めたのだった。

 理由は、帝国軍第53銃歩兵連隊の逃走兵の中で、方向を見失い敵方向へと逃走した数名の兵士が、煙の中からカルドナ王国軍第72銃歩兵師団の前へと出現した。

 これに、セルドニア傭兵隊が突破されたと危惧した前列銃歩兵の一名が発砲。この発砲音に第72歩兵師団長であるアレッサンドロ・パバロティ予備役少将が各隊に射撃開始を命令した為であった。


 弱点である後方に、大量の銃弾を浴びたセルドニア傭兵隊は後列が壊滅。第72銃歩兵師団の味方撃ちにより、進むことも戻ることも出来なくなってしまった。


 アレッサンドロ・パバロティ予備役少将は、立ち往生したセルドニア傭兵隊に後方1個魔導砲兵連隊へ突撃破砕射撃を要請。魔導砲兵連隊は、時置かずしてパバロティ予備役少将に言われるがまま魔導砲撃を実施することになった。

 この味方砲撃と味方撃ちにより、セルドニア傭兵隊の部隊を構成する実に7割が壊滅することになったが、セルドニア傭兵隊は残り3割の兵で部隊を再編制すると、後の混乱に乗じ西側から戦場を離脱した。


 このセルドニア傭兵隊の大混乱を見逃さなかったのが、帝国軍第53竜騎兵連隊長ファルク大佐である。機は熟したとばかりに、大佐は自身が投げ捨てた魔導通信機を川から拾い上げると、ガーランド少将へと回線を開いた。


「今です!」


 とただ一言だけ通信をすると、今度は魔導通信機を収納、天高く振り上げた自身の右腕を敵の射撃音がする方向へと振り降ろすと、第53竜騎兵連隊全体へ突撃を命令した。


「チャージ!私に続けーっ!」


 大声で叫ばれたファルク大佐の突撃命令に、帝国軍最左翼である第53竜騎兵隊連隊は、戦場中央部へと銃口を向けるカルドナ王国軍第72銃歩兵師団へ、前列2個大隊が各個射撃を開始した後、帯刀していたサーベルを引き抜き第72銃歩兵師団の側面になだれ込む形で部隊の腹を食い破った。

 

 またしても、煙の中から突然現れた帝国軍第53竜騎兵連隊に突撃を受けると、予備役で構成されていた第72銃歩兵師団は恐慌状態に陥り一挙に瓦解、このただ一度の突撃で壊走、多数の逃亡兵がポー川北岸へと渡った。


「前列、後列時計回りに前進しながら交代せよ!」


 この突然の騎兵突撃で、カルドナ王国軍優勢であった戦場は、帝国軍優勢へと変わる。

 ファルク大佐は、そのまま後列を構成する第3、4大隊と、前列を構成する第1、2大隊を入れ替えると、隣接するカルドナ王国軍第34歩兵連隊へと再度突撃を敢行した。


 第53竜騎兵連隊の2度目の突撃は第34歩兵連隊を半壊に追い込み、結果として大した損害も出さずに約5倍の兵力である敵1個師団と1個大隊を壊滅するという戦果を納めると、戦場左翼へと引き返し、この第53竜騎兵連隊の後退をもって、帝国軍、カルドナ王国軍、両軍共に一端後退し、互いに距離を取ることで戦線の再構築を図った。


 日が傾き始めると、戦場の煙は消え、両軍の司令部が戦況を掴みやすくなると、今だ数的優位にあるカルドナ王国軍第4軍混成団が先に動いた。


 ガリボルディ中将は、最左翼第107軽騎兵連隊に敵帝国軍右翼部隊である第58猟兵連隊への突撃準備と前進を下命、第107軽騎兵連隊の前進に合わせ1個魔導砲兵連隊へ第58猟兵連隊へ突撃支援射撃を命令しつつ、戦線中央の第16銃歩兵師団を前進させた。


 ここで帝国軍第18軍団司令部に朗報が入る。アイゼナハ少将指揮下の第30師団先遣隊である第30猟兵連隊とイブレア南部の野営地に残した第18銃歩兵連隊が、ポー川北岸に到着したとの報であった。

 ガーランド少将は、意図せず背水の陣になっている敵を川から前進させ、その後背をポー川北岸で待機する二個連隊に渡河急襲させるという作戦を実行する為、全軍に大きく後退命令を出した。


 帝国軍の後退に真っ先に反応したのは、第107軽騎兵連隊エットーレ・パスクッチ大佐である。ジャッカルの異名を持つパスクッチ大佐は、帝国軍の後退に疑問を持つと、大佐側近である部下の一人に声をかけた。


「こりゃ負けるな。命令通り前方の猟兵連隊に突撃すると見せかけて、左翼から離脱すると全員にそう伝えろ。」


「大佐、それでは命令違反になりますが・・・。」


「命令違反だぁ?ではお前も俺の命令に従わないから命令違反になるな・・・。大体死んだら命令違反もクソもねえだろうが!全員助けてやろうって言うんだからお前らは俺の言う通りにすりゃあいいんだよ。」


「失礼いたしました!大佐の仰る通りであります!全体に周知いたします。」


 大きな返事で従う部下を見て、パスクッチ大佐はニヤリと笑うと、ガリボルディ中将からの突撃命令を待った。


 帝国軍は第53猟兵連隊を中央に、無傷の前衛第58猟兵を戦場右翼へ、最左翼を第53竜騎兵連隊に布陣させると、その後方右から第53魔導砲兵連隊、第18対空魔導大隊、第18魔導砲兵連隊の順で配置し、ポー川北岸の第30猟兵連隊、第18銃歩兵連隊に渡河を指示、攻撃開始を合図に一斉射後、突撃を下命した。


 一方のカルドナ王国軍第4軍混成団は、戦列中央を第16銃歩兵師団、第9銃歩兵師団で構成、最右翼第329騎兵連隊、最左翼第107軽騎兵連隊と第34歩兵連隊。後方部隊は第21弓兵師団を挟む形で2個魔導砲兵連隊が布陣、第9銃歩兵師団の後方に司令部を配置した。


 日が沈みかけると、焦るガリボルディ中将の全軍前進の号令と共に、カルドナ王国軍第4軍混成団約54000は、半分以下の兵力である帝国軍第18軍団約24000に向け前進を開始した。

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