第134話 トレーナ会戦 中編 5
「我が軍の損害はどの程度か?」
「第29騎兵師団損害およそ4000!第37騎兵師団およそ5000の兵を失いました。」
ヴェルティエ中将の質問に答えた幕僚の計算はおよそ正しかった。
第29騎兵師団の損害は4223名、第37騎兵師団は5203名の兵を失い、その兵数を19402名と大きく数を落としていた。
「敵の損害は?」
「敵の損害は29騎兵師団の突撃により壊滅した、敵中央銃歩兵連隊2000と推定されます。」
この報告もおおよそ正しかった。第2軍団主力の損害9426名に対し、敵第125混成団3万名、第8銃歩兵師団12860名の損害は2305名と少なく、依然として4万を超える敵兵力の前に、味方2個騎兵師団との合流を余儀なくされた。
「閣下、敵は反転、こちらに向かっておりますが、どういたしましょうか?」
「こちらの倍以上の敵兵力だぞ!勝てる訳がないだろう。渡河して敵陣地を奪った味方と合流するに決まっているだろう!シャラン少将の師団と共に全軍渡河させよ。」
敵の反転を察知した第2軍団主力は、無傷の2個師団3万3345名と合流を優先することにし、渡河を開始した。
それを追ってくる敵第125混成団と第8銃歩兵師団は、渡河中の敵に銃撃を浴びせるも、既に渡河し終えるところであった第2軍団主力に対し、効果的なダメージを与えることが叶わずに、敵の渡河を許すことになってしまった。
そのまま渡河し、クロワザ少将、ギルマン中将の2個師団と合流した第2軍団主力は、その数を5万2747と大きく数を回復すると、両軍はチェニスキー河を挟んで再び対峙した。
「ここはこのまま陣地を守る方がいいだろう。どうであるか?」
ヴェルティエ中将が、クロワザ少将、ギルマン中将に確認をすると、クロワザ少将は覚悟を決め答えた。
「閣下。僭越ながら、敵は弓兵、銃歩兵主軸の部隊です。騎兵師団が守ったところで、守りきれませんでしょう。であれば、陣地に閣下とシャラン少将の師団を残し、今夜のうちに北側の森に私の1個師団、陣地裏手にギルマン中将の1個師団を配備し、敵の攻撃を陣地正面で受けたところで左右からフランキングにて決戦を挑みましょう。」
「クロワザ少将は、私の師団が守りきれぬと申すか?」
「はぁ。閣下ぁ。いい加減に銃の強さを理解したらいかがですか?手も足も出ぬままやられていたではありませんか。こちらに分が悪すぎると申しているのです。」
ため息交じりで進言するクロワザ少将は、やはり元軍団次席参謀シャプケ中佐の言葉を思い出していた。
『閣下、銃に対して、我々騎兵は圧倒的に不利であります。まだ銃歩兵戦術が確立していない、我々ウェスバリア軍銃歩兵を相手にしている訳ではないのです。銃歩兵の戦闘ドクトリンが確立しているカルドナ王国軍銃歩兵とは、正面決戦を避け、出来るだけ引きつけて、敵の後背、側面を叩くことが肝要です。』
ドクトリンとは作戦・戦闘における軍隊部隊の基本的な運用思想である。
つまりどの様な場面で、どの様に行動するかなどのルールと言っていいだろう。
ヴェルティエ中将は、クロワザ少将の進言に、唾をごくりと飲み込むと、その唾と一緒に自分の意見も飲み込んだ。
「良かろう。貴官の意見を採用しよう。」
「閣下。ありがとうございます。」
「では貴官に各師団の動きは一任する。ギルマン中将も良いか?」
ギルマン中将は、クロワザ少将、シャプケ中佐と話し合っており、ヴェルティエ中将に沈黙しながら頷き、頭を下げると、クロワザ少将の意見に同意した。
クロワザ少将、ギルマン少将が去った後で、シャラン少将を気にしたヴェルティエ中将は、コッセル大佐に訪ねた。
「首席参謀!シャラン少将の容態はどうであるか?」
「はい。胸部の甲冑の隙間に受けた銃創から壊疽が始まっておるとの報告です。」
壊疽とは、体組織の腐敗に特徴づけられる壊死の合併症である。
戦場で銃による傷を受け、銃創によるガス壊疽はこの時代の戦死者の約4割に上ると言われている。
「そうか。死ぬのだな。私よりも先に大将に昇進か。」
「それはなんとも・・・。」
コッセル大佐は、ふざけるなという言葉を飲み込むと、神妙な面持ちでその場を去った。
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