第129話 トレーナ会戦 前編 10

 1月2日夜。ウェスバリア第2軍別働隊第2軍団は、指揮官ヴェルティエ中将の命令で、敵の全容を把握すると、少し離れた位置に野営の準備をすると、東岸に見張りを立て、司令部へ各司令官を招集した。


「首席参謀、敵の規模はどれくらいか?」


「はっ。東岸の敵規模は約2万ほどと推測されます。」


「そうかそうか。敵は元々ここに布陣していた守備隊か。数も大したことは無い。」


 コッセル大佐の返答に、気分を良くしたヴェルティエ中将は、彼我の戦力差を考え作戦を立案する。


「では、クロワザ少将の師団は後方に下がり、別働隊としてここより北上、上流の河が狭くなっている場所から夜明けを待って渡河、その後敵陣地の側面を急襲されよ。その混乱に乗じて我々主力も渡河する。」


「中将、私の師団は適任ではありません。隊列北側で行軍をしていた我々は、敵にその行動を察知されております。敵の斥候から見られてはいない、隊列南側で行軍をしていたギルマン中将の騎兵師団が適任かと思います。」


 クロワザ少将はシャプケ中佐の進言を思い出す。


『ヴェルティエ中将は、隊列北側のクロワザ少将に、河を北上、渡河させ敵陣地の側面をつけとお命じになるはずです。ですがこれを絶対に受けてはなりません。うまく理由をつけて拒否してください。』


 その言葉通り、ヴェルティエ中将に進言すると、ヴェルティエ中将は、うん。と深く頷き、ギルマン中将にちらりと目をやると命令した。


「ギルマン中将、貴官の師団に任せる。直ぐに準備をして進発せよ。」


 このヴェルティエ中将にギルマン中将は疑問を呈する。


「ヴェルティエ中将、我々は本当に最初から敵に察知されていなかったのだろうか?もし察知されていたとしたら、私であれば、陣地北側の森に伏兵を配置するが、どうだろうか?」


 ギルマン中将の言う事はごく当然である。しかしヴェルティエ中将の意見は異様を呈していた。


「臆病者が!であればシャラン少将、貴官はどうか!」


  オクタヴィアン・シャラン少将はヴェルティエ中将の子飼いの将校である。新貴族である彼は、貴族であるヴェルティエ中将に取り入ることでその地位を確立したと言っていいだろう。当然のことながらヴェルティエ中将に逆らうことは無い。


「はっ。その役目私の師団にお任せください。」


「うむ。ではすぐに進発し、敵側面を急襲せよ!」


「ははっ!」


 1つ違う階級が、これほどまでに差があるのかと他が驚く程に、二人の主従関係は確立していたと言えよう。

 シャラン少将はヴェルティエ中将に頭を下げると、ギルマン中将、クロワザ少将を睨みつけると、マントを翻し退出した。


 クロワザ少将は師団司令部に戻ると、シャプケ中佐を呼び出した。


「貴官の言う通りであった。私が拒否したらシャラン少将の師団が北上したぞ。」


「閣下、小官の言葉が足りませんでした。誰も受けてはなりませんという意味だったのです。」


「というと?」


「敵は陣地北側の森に必ず伏兵を配置しております。」


「だが、重装騎兵相手に銃の弾は通りにくいであろう?」


「斥候の話では、チェニスキー河は腰ほどの深さになります。そこを渡河するのに、装備を取らずに渡河する騎兵がおりましょうか?」


「だがシャラン少将は、もう発った。敵の伏兵に気付くことを祈ろう。」


シャプケ中佐はそれ以上言葉を発することは無かった。


---


 1月3日未明、ヴェルニエ台から2日ほどのヴァルマニ台まで進出していたウェスバリア軍第2軍本隊に急報が入る。


「敵発見!敵発見!」


 丘2つ向こうに出していた、第2軍最左翼の第9騎兵師団の斥候からの敵発見の報告であった。

 報告はかなり遠くに敵の松明を見たという物で、そのおおよその数から敵第4軍主力部隊と推測された。


 報告を受けた第2軍総司令部は、緊急に総司令部へ各司令官を招集、第2軍の進軍速度、敵の位置から主戦場の選定に入った。

 参謀と各司令官で話し合うこと1時間程、主戦場をバルバッキネアの窪地に定めると、そこに向けた第2軍の新たな行動計画を再計画した。


 トゥルニエ少将は主戦場の選定が終わると、総司令部を後にし、大急ぎで自身の天幕へ戻り、アダムスと共にマイトランドとの念話をした。


「敵の戦力と師団の数、装備を教えてくれるか?」


「師団は11個師団。縦隊陣形、両翼に騎兵を配置しています。数はおよそ15万ほどと推定します。装備は6割が銃と考えてよろしいかと。」


「わかった。それは司令部に報告しよう。」


「わかりました。」


日の出を少し過ぎた頃、トルゥニエ少将は総司令部へ赴くと、敵の規模について報告した。

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