第128話 トレーナ会戦 前編 9

 ウェスバリア第2軍第2軍団が敵斥候部隊を捕捉したのは、1月2日未明であった。


 遅まきながら、ここで第2軍団の陣容をご紹介しよう。

 長い隊列戦闘は、軍団長である貴族ヴィエス・ド・ヴェルティエ中将指揮する、第29騎兵師団、将兵合わせて17650名。

 その後方、左右に分かれて行軍する部隊は、北側、部隊左側を行軍しているのが、マクシミリアン=レイモン・ド・クロワザ少将指揮する第29騎兵師団、将兵合わせて16520名。

 第29騎兵師団の南側、部隊右側で行軍する部隊は、オーブリー・ド・ギルマン中将指揮する第36騎兵師団、将兵合わせて16825名。

 最後尾、 オクタヴィアン・シャラン少将指揮する第37騎兵師団、将兵合わせて15968名。

 総勢66963名という陣容である。


 敵斥候部隊を捕捉したのは、先日解任された軍団次席参謀シェプケ中佐を、同じ思いから引き留め、自身の師団に加入させたクロワザ少将旗下の第29騎兵師団である。

 軍団司令官ヴェルティエ中将の命令を無視し、斥候部隊を増やしていた。

 その増やしていた軍団の北側に展開していた斥候部隊が敵を捕捉したものである。敵斥候部隊は発見されると、北東方向へ遁走と報告された。


 クロワザ少将がこれを直ちに軍団司令部に報告すると、ヴェルティエ中将は直ぐに先遣隊2個小隊を編成。


「敵もようやく我々の動きに気付きおったか。」


 そう呟くと日の出と共に、この内1個小隊にチェニスキー河東岸までの偵察を命じ、残りの1個小隊に敵遁走方向である、北東へと偵察を命じた。

 

 しかし、先遣隊が軍団へ戻ることはなかった。


 カルドナ王国軍第125混成団ジョヴァンニ・メッセ少将は、別の斥候部隊からの報告を受けると、直ちにこの先遣隊を叩くために1個銃歩兵大隊を渡河、東岸の茂みに潜ませた。


 そうとは知らず、河東岸までやって来た先遣隊は、敵歩兵大隊の銃撃を受け混乱。重装である先遣隊は、銃撃により死者は出なかったものの、突然の発砲音に驚いた馬に振り落とされると、馬を落ちた重装の兵士は身動きが取れず、その後の銃剣突撃により壊滅。あえなく全員が戦死した。


 メッセ少将はこの後、大隊を再び渡河させると、敵の到着を待つ間、大隊に休息の指示を出した。


 だが、このまとまった発砲音により、ウェスバリア軍第2軍団長ヴェルティエ中将は、敵部隊渡河を知ることとなる。


「進行方向から発砲音!敵が渡河又は河西岸からの発砲と思われます!」


「なに?敵はこちらの動きを察知していたということか?」


 ヴェルティエ中将は、直ちに第2軍団全軍をチェニスキー河東岸へと進めた。


 1月2日夕刻、両軍はチェニスキー河を挟んで対峙することになった。


---


「はい。敵の冒険者で編成された中隊と合流しました。中隊長以下カルドナ軍人は30名が死亡、残り5名は捕縛してあります。」


「そうか。では支援砲撃は容易であると考えて良いかな?」


「はい。仰る通りです。敵はこの中隊以外に、南部森林地域に偵察を出していないそうです。」


「他には?」


「トレーナ西門外の野営地、南側森林に1個銃歩兵連隊が、強固な陣地を築き潜んでいるとのことです。」


「わかった。追撃の際は気を付けよう。信じてもらえるかは別として、総司令部にも進言しておく。良いな?」


「はい。ご随意に。」


 現在のトゥルニエ少将とマイトランドの会話である。


 こうなった経緯は半日ほど前に遡る。

 

 敵中隊規模の偵察をしていると、急に茂みから出てきたポエルがマイトランドに報告した。


「女3人いたよ。」


「そうか。赤髪のオッドアイの女はいたか?」


「オッドアイ?」


「ああ、目の色が右と左で違うんだ。右は灰色、左は青だったかな?いたか?」


「いた。と思う。」


「ディアナと言うんだが、そいつに金は用意できたと話して、ここに連れてきてくれ。俺の名前を出せば来てくれる。と思う。」


「わかった。」


 頷いたポエルは、直ちにカルドナ王国軍の中隊の陣地に潜り込み、その女、ディアナ・エデルトルート・フォン・アイケ少尉に接触した。


「ねえ。マイトランド知ってる?」


 自分以外に誰もいないはずの天幕から声が響くと、ディアナは驚きのあまり腰を抜かすと、辺りを見回した。


「だれだ?誰かいるのか?」


「ディアナって言うんでしょ。知ってる。マイトランドの所に一緒に来て。」


「わかった。その前に姿を見せてくれないか?」


 ディアナの言葉に、ポエルは隠蔽を解き、その可愛らしい姿を見せると、ディアナは喜びのあまり頬を赤くすると続けた。


「狸獣人か?耳を触っても?」


「ダメ。早くマイトランドの所に来て。」


 ポエルは、ディアナの伸ばした右手を素早く躱しながら再び同行を求めると、ディアナは神妙な顔つきでポエルに答えた。


「帝国軍では金は冒険者に出せないそうだ。金が用意でき次第寝返る準備はできているのだが・・・。」


「マイトランド言ってた。金は用意できたって。」


「本当か?ならば冒険者達は味方につく。私が話を付けよう。ちょっとここで待っていてくれ。」


 ディアナは予め冒険者達全員に話を通してあったのだ。一部それに不安を覚える者もいたが、そこは帝国軍諜報員である。説得し、仲間に引き入れたのだった。


 冒険者達はその後、マイトランド達の分隊員と合流し、カルドナ王国軍冒険者中隊の軍人全員を殺害、捕縛すると、中隊の装備、補給品と共にキスリング支隊と合流した。

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