第123話 トレーナ会戦 前編 4
12月28日未明から、トレーナ平原全体は雨雲に包まれた。日の出を迎える頃には、この雨雲は、平原全体に大つぶの雨を降らせていた。
ウェスバリア第2軍第2軍団指揮官ヴェルティエ中将は、ここまで順調であった行軍距離に、騎兵のみで構成された第2軍団は、雨により行軍距離が出せないのではと懸念し、司令部に各指揮官を招集した。
「雨が降って来た。首席参謀、今日はどれくらい進めそうか?」
「はい。お許しを得て発言いたします。小官の見立てでは半分以下になると思われます。明日天候が回復するのを待って、万全の状態で行軍を再開するのがよろしいかと。」
首席参謀、コッセル大佐は、ヴェルティエ中将の機嫌を損なわない様、言葉を選んでその問いに答えた。
通常の騎兵部隊では雨の中行軍するのは問題が無い。しかし第2軍団は、フルバーディングの重装騎兵が中心である。当然のことであるが、馬もその装備の重さに披露する。雨となっては、地面のぬかるみに足を取られるし、雨で濡れた金属製の装備はその馬の体温を奪う。したがって、重装騎兵中心であれば万が一にも備え、行動を控えることが肝要であろう。もちろん敵が傍にいない前提での話になるが。
「閣下、僭越ながら申し上げます。進軍されないのであれば、斥候、偵察の数を増やしてはいかがでしょうか。これだけの大部隊。既に敵に察知されていると小官は予測いたします。」
そう進言したのは次席参謀、ヴォルフガング・シェプケ中佐である。29歳と若くして中佐まで昇進した彼は、騎兵部隊だけでの別働隊に疑問を呈している。故に慎重になり、この様な発言を繰り返していた。
通常であれば、この進言は取り入れられるはずであるが、ヴェルティエ中将に常識は通じないのであろう。
「却下する!斥候を数を増せば、それだけ大部隊がいると宣伝しているようなものである。現在の所、我々の部隊は敵に位置を知られてはいない。よって貴官の意見は机上の空論である。」
これにシェプケ中佐は、どちらが机上の空論だ、という自身の意見を飲み込むと頭を下げ、それ以上の言葉を発するのをやめた。
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12月26日にトレーナを進発した、ウェスバリア第2軍第2軍団正面の迎撃部隊3万名は、指揮官ジョヴァンニ・メッセ少将指揮の元、第125混成団とその名を変え、トレーナ平原東部北側東端へと到達しようとしていた。
「チェニスキー河に沿って、現在の行軍速度、戦闘状態を維持し前進を継続せよ。河が南北に向きを変えたら、河の増水を確認し、偵察斥候を中隊単位で渡河させよ。」
メッセ少将は各隊に指示をすると、27日に先発していた斥候部隊の報告を待った。
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同じころ、マイトランド有するキスリング支隊は、その進軍速度を更に落とし、ようやくトレーナ平原中央部南側中央西端へと到達した。
マイトランドは後方へ赴き、キスリング大佐に進言した。
「大佐、今日は雨です。本隊の進軍速度も落ちる事でしょう。ここで予備陣地を作りたいと思います。予備陣地は今後あと8つほど作る予定です。いかがでしょうか?」
「わかった。予備陣地を作らせよう。」
キスリング大佐はそう言うと、部隊へ予備陣地構築の指示を出した。
魔導砲兵はその魔力を使う性質上、部隊の位置が敵に察知されやすい。したがって砲撃位置を秘匿するために、砲撃の後すぐに陣地変換をする。その際や、主陣地でなんらかの理由で砲撃が困難になった場合、すぐに砲撃が開始出来る様、予備陣地という物をいくつか作成すると言う訳だ。
「しかし、お前は砲兵にまで詳しいのか?予備陣地など騎兵は知らんだろう?」
「いえ、幼い頃、先生に教わりました。ですがこれはあくまで本の知識です。詳しいとまでは・・・。」
マイトランドがそう言うと、いつも無表情のキスリング大佐はにやりと笑い、その場を去った。
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さて、ウェスバリア第2軍本隊であるが、この日は雨ということもあり、総司令部に、各師団の師団長を招集した。
「昨日の、第11騎兵師団の進路上の爆発はなんであるか?」
斥候からの報告を得た、総司令官ツェッペリン将軍が、トゥルニエ少将に確認をした。これにトゥルニエ少将は首をかしげると答えた。
「私にも理解しかねます。敵の作戦ではありませんか?あやうく偵察部隊が被害を受ける所でした。」
トゥルニエ少将はそう答えると、ヴァイトリング准将の方を向き、目で合図する。
ヴァイトリング准将は、トゥルニエ少将から恥ずかしそうに眼を逸らすと、自身の特務隊の行動だと気付き、沈黙をもってトゥルニエ少将に同意した。
「本日の予定ではヴェルニエ台までの行軍を予定していたが、この様な天候だ、手前のキュイーヌ台までの行軍とする。行軍終了後は各師団、陣地構築を実施せよ。では各員行動にかかれ。」
ツェッペリン将軍の指示を受け、各師団はキュイーヌ台までの行軍を開始した。
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