第95話 トレーナ市街 2

 マイトランドが南門から少し歩くと、そこが商業地域だという事がわかる。

 

 それもそのはず、トレーナは、交通の便が良い南の区画が商業地域、超大国と呼ばれるハイデンベルグ帝国に最も近く、侵攻の可能性のある北区画は兵舎・農業地域、東区画は南区画と同様、交通の利便性から木工・鍛治地域であり、国力の低いウェスバリアからの侵攻を危惧する西側区画は冒険者や旅行者が多く利用するであろう、宿泊・飲食地域に指定されていた。


 駐留軍に関する情報を集める為に、商業地域を巡るマイトランドであったが、彼の懐事情は、先ほど衛兵に恵んでもらった大銅貨1枚と正直厳しい。

 貧困なウェスバリアではその価値も高い大銅貨であったが、カルドナ王国で、大銅貨ではパンを購入できるかどうかといったところであろう。


 買う物も買わないのであれば、当然トレーナの商人達は、奴隷の様に見えるマイトランドの質問に傾ける耳を持たない。まるで、そこにいないかのように扱われてしまうのだ。


 どうすることもできないマイトランドは、駐留軍兵舎のある北区画へと向かうため、南区画から東区画に向けて移動をした。


 東区画に入ると、様相は一変する。先程まで賑わっていた街並みはどこへやら、兵士以外の人間が確認できない。


「東区画は木工・鍛治の地域だったはずだが・・・。」


 マイトランドはそう呟くと、意を決し、近くを歩く兵士の一人に声をかけた。


「あの、なんでここには鍛冶師や木工職人がいないんですか?」


 兵士は、汚いマイトランドに一瞬驚くと、質問を理解したようで答えた。


「ああ、今ここは戦争準備中でな、鍛冶や、木工は修理などの最低限の職人を残し、隣の町モンカルエラに移っているんだ。だからここは今軍が接収している。お前、兵士になりに来たのか?」


「ありがとうございます。はい。兵士になりにファルンガルランドから来ました。」


「そうか。身なりの割に、丁寧な奴だ。それならこれを持って行け。」


 質問に答えた兵士は大銅貨を懐から出し、マイトランドに投げた。この行動は、先程の、門の口髭衛兵に続き2人目である。当然マイトランドは、これには理由があるとその兵士に尋ねた。


「あの先ほど門の衛兵さんからもいただいたんですが、この大銅貨には何か意味でもあるんですか?」


 マイトランドの質問に、兵士は苦笑いで答えた。


「ああ、ファルンガルランドから来たなら知る訳もないか。これはな、王国軍の伝説のようなもので、自分より粗末な男が兵士に志願していたら、大銅貨を投げろ。その男は戦場でお前を救うであろう。って言うのがあるんだよ。実際どうなるのかは知らんけどな。ほら、お前も投げろ。」


 そう言って、隣の兵士にも投げさせる。

 マイトランドは、大銅貨の礼を言うと、また尋ねた。


「今ここにはどれくらいの兵隊さんがいるんですか?」


 すると兵士は不思議そうな顔で答える。


「なんだお前そんな事も知らないのか。ここは元々、34歩兵連隊が駐留している街だ。今は第4軍の統制下にある。俺はその4軍の中でも精鋭中の精鋭、第10軍団のダルビント将軍旗下の銃歩兵師団に所属している。」


「そうですか。どこに行けば兵士になれますか?」


「うん、北区画の34連隊はまだまだ兵士を募集している。すぐに行くと良い。ふぁるガルランド出身のお前なら、今なら面白いものも見れるぞ。」


「はい!ありがとうございます!」


 マイトランドは”面白いもの”の意味を即座に理解し、礼を終えるとすぐに北区画へと走った。


---


 北区画に近ずくにつれ、だんだんと兵士の数も多くなる。

 東区画と北区画を区切る壁手前まで来ると、更に兵士は多くなった。理由は明白で、”面白いもの”がそこにあったからに他ならない。


 マイトランドは人込みをかき分け、兵士の前に進み出ると、そこにはわずかに灯る光の下に、帝国軍の軍服を着た捕虜が4名。各々が鎖につながれていた。


 捕虜は酷くやつれており、尋問されたのか、殴られ、顔が腫れあがっている。腕には、服に隠れ全体像ははっきりとしないが、やけどの跡や、みみず腫れが散見された。

 マイトランドは同胞の安否を確認するため、また近くの兵士に話しかけた。


「あの、カルドナ王国は今ウェスバリアとも戦争中ですよね?ウェスバリア兵はいないんですか?」


 すると、マイトランドの質問に、近くの兵士は大笑いして答えた。


「お前はバカか?帝国軍なら捕虜交換で身代金か、仲間が帰ってくるだろう?ウェスバリアのことを考えてみろ。王国の兵士で弱小国に捕まる様なヘボはいないし、あんな貧しい国に、身代金が払えるか?」


 笑い続ける兵士に、マイトランドは答えを予想したが、期待の意味も込めて再度尋ねた。


「それはつまり?」


「ウェスバリアの捕虜なんてものは、全員殺すに決まってるだろ!なんせウェスバリアは、畑で人が取れるらしい。殺して殺して殺し尽くさないとな!」


 兵士の即答に、言い知れぬ憤りが体中を駆け巡るも、それを押し殺すと、マイトランドは、拳を固く握り礼を言った。


「ですよねぇ。ウェスバリアなんか全員殺しますよねぇ。ありがとうございますぅ。」

 

 マイトランドは自分の言葉に嫌悪感を感じると、涙を堪え、ネイ将軍指揮下の旧第1軍団の全滅を悟り、周りの誰にも聞こえない程度の小声で、帝国軍の兵士に救出を誓った。

 攻勢計画発動まで残り5日、日も暮れた、晩の出来事であった。


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