第96話 トレーナ市街 3

 捕虜に心の中で別れを告げると、また兵士をかき分けでマイトランドは北区画へと急ぐ。


 北区画に到着し、人伝いに兵士募集場所に到着するまでには、大銅貨が5枚へと懐事情も改善していた。


 『第34歩兵連隊志願兵募集所』


 そう記載された看板の脇には”王国の将来は、君の決断にかかっている”などと言うキャッチフレーズも掲載されている。


 マイトランドが、募集所の扉を開けようと、扉の取っ手を引くと、マイトランドの肩を叩き、声をかける者があった。


「お前、こんな時間に、そんな汚い格好で何をしている?」


 声に反応し、振り返ると、そこには巡回の衛兵と思しき兵士がランタンを手に持ち立っていた。


「はい、志願に来ました。」


「いや、お前、空を見ろ!いくら戦時中だからと言って、こんな時間に募集所がやっている訳がないだろう。今日は西区画で宿を取って、体をきれいにしてパスタを食ってから明日出直して来い。」


 兵士はそう言った後で、マイトランドに大銅貨を一枚投げて寄こすと、肩を叩き西区画への最短ルートを伝えた。

 マイトランドは、兵士に礼を言うと、宿を取るために、北門を回り西区画へと急ぐ。

 兵士の伝えた最短ルートとは違い、遠回りではあったが、マイトランドは北門を回るルートで行動した。街外壁に備え付けられた装備と兵器の状態を確認するためである。


 日が沈んでからの事だったので、もちろん見える範囲での確認であるが、日中人前でマジマジと確認するよりは、人けの少ない夜が好都合である。数の確認は翌日の日中、どこかに潜んで、イーグルアイを使えば事足りるだろう。

 

 装備と兵器の確認を終え、西区画へとたどり着く頃には、街の光で照らされた空は、募集所を出た頃よりも、更に闇の密度を濃くしていた。


 宿を探すと、宿の最低相場銀貨1枚に、マイトランドの懐大銅貨6枚では到底宿泊出来る事もなく、仕方なく食事をするため飲食の店が多い地域に移動した。


「さっきの兵士はパスタって言ってたかな?」


 良い匂いに誘われて、店に入ると、マイトランドの呟き通り、やはりメニューはパスタだけだった。マイトランドは、好物である芋とトマトが主役のパスタを注文し、それを流し込むと大銅貨1枚を支払い店を出た。

 炭水化物をたっぷり摂取し店を出たところで、マイトランドはある男との再会を果たすこととなる。


 ドンッ


 左を確認せずに店を出たせいか、衝撃と共に左から来たフードの大男にぶつかると、部下を連れたその大男は倒れたマイトランドにこう告げた。


「いってぇな。このクソがよ。俺が誰か分ってるのか?」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、その大男はジャッカルと呼ばれ、ウェスバリア第1軍参謀オルメア将軍を暗殺した実行犯であった。

 

「おい!聞いてるのか、このクソガキ!俺様が誰かわかるか?」


 ジャッカルは、ただ茫然とその場に倒れるマイトランドに、追い打ちをかける様にマイトランドの胸倉を右手で掴むと、部下に顔を向け、大声で叫ぶ様に続けた。


「俺様の名前を言ってみろ!」


 視線の先の部下はジャッカルの言葉に反応し、姿勢を正すと、答える。


「はい!第107軽騎兵連隊、連隊長エットーレ・パスクッチ大佐であります!」


 ジャッカルというのは、コードネームということになるのだろう。

 マイトランドは立ち上がる際に、ワザと転んでみせ、ジャッカルに左腕が無いのを確認すると、この男がジャッカルで間違いないと確信を得た。


「すいません。この辺りにはじめて来たものですから。」


 マイトランドは、煮えたぎる腸を抑えると、謝罪して難を逃れようと試みた。

 すると、ジャッカルからは予想外の反応が返ってくる。


「貴様、今嘘をついたな?」


「はい?嘘はついていません。ファルンガルランドの移民で今日到着しました。南門の衛兵さんに聞いてください。」


「お前度胸があるな。俺は鼻が利くんだ。お前の匂いは絶対に嗅いだことがある。この匂いはどこかで・・・。」


 マイトランドを掴んだ手を緩めると、フードを取り匂いを確認するジャッカルの耳は、動物のそれもイヌ科の耳であった。ジャッカルの所以に納得したところで、部下の兵士がジャッカルに憲兵の到来を告げた。


「連隊長、憲兵が近づいております。これ以上は・・・。」


「そうか、わかった。同じ街にいればまた会うだろう。その時にでも思い出すことにしよう。」

 

 ドスの効いた声で部下の兵士に言葉を返すと、再度マイトランドを掴み、その腕を振り上げると、店の壁に投げつけ、部下と共に大きな声で笑いながら去って行った。


「くそっ。」


 マイトランドはそう呟くと、怒りに震える手を握り、拳から血がにじむのに気付き、復讐を決意し立ち上がると、その日体を休める場所を探しに、夜の街を彷徨う様に歩きだした。


 そう、この日の物語はこれだけでは終わることがなかった。

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