第94話 トレーナ市街 1

 マイトランドが森に入って半日を過ぎようかという頃。

 2つの森の中を抜け、海沿いの山を登りきると、マイトランドの眼下に大きな街が確認できた。


「あれがトレーナだろうな。しかし高い壁だな。」


 カルドナ王国、ウェスバリア、ハイデンベルグ帝国、3国の国境が交差する場所から最も近い街、そしてカルドナ王国北東の交易の要所、トレーナ。

 トレーナの街は、外周を10mほどの高い防壁で囲まれ、その防壁の内側に街が存在する。また北側の壁の外に、浅いが幅の広い川が流れて、北側と西側からの侵攻は非常に困難である。

 街の内側、中心部にはまた高い壁があり、そのぐるりと円を描く壁の中にトレーナ城は存在し、その内側の壁を守るように、深さ5~6mほどの堀が周囲を取り囲んでいる。

 その内側の壁、トレーナ城の堀から、東西南北を区切るように北東、北西、南東、南西へと壁が外周の壁へと延びていて、区切られた区画は商業地域、木工・鍛治地域、宿泊・飲食地域、兵舎・農業地域と分けられる。壁の上に備え付けられた兵器の量から、ここはまさに要塞といっても過言はない。


 マイトランドは街の全容の把握を終えると、ウェスバリア第2軍の攻撃が集中することが予想される、西門と壁に配備されている兵器を確認することができるまで下山し、街に近寄ると先ずその外周の壁に注目した。


「西門だけでカタパルトが7、トレビュシェットが4、バリスタが10か。これはやっかいだな。どうせ内側や外壁に魔法兵や、弓兵も乗るだろう。他の門から増援が全て回って来たらまずいな。フリッツが動いてくれたら増援分はなんとかなるが・・・。」


 そう呟くと、おもむろに装備を外しだした。


 カタパルトとは投石器の事であり、近距離の攻城投石器である。一般的にトレビュシュットもカタパルトと一括りにされることも多いが、ウェスバリアではトレビュシェットは遠距離の遠投投石器を指す。

 バリスタとは大型の弓で、これも攻城兵器の一つであり、据え置き式の大型弩砲を指す。

 

 装備を全て外し、服を脱ぎ終えると、いつものボロ布を身に纏い、外した装備と服を全て土の中に埋めた。


「たしか、カルドナはファルンガルランドの移民を受け入れているんだったな。」


 そう呟いて、そのまま土の上をゴロゴロと転がり、自らに泥を塗りだす。


 ファルンガルランドとは、ウェスバリア歴208年にハイデンベルグ帝国によって侵略され滅亡を迎える国であるが、カルドナ王国は対帝国戦力増強の為、帝国に恨みを持つファルンガルランドの民を戦力の一部として王国内に招き入れている。ウェスバリアも多少のファルンガルランド移民を受け入れてはいるが、待遇、人数ともに、カルドナ王国が比較にならないほどに多く良い。


 ある程度真っ黒になったところでさらに下山し、マイトランドはトレーナの街南門の衛兵詰所まで歩いて移動した。


 トレーナ南門の脇に隣接する衛兵詰所の衛兵は、外に2名、詰所に4名がおり、外にいた若い衛兵が、頭の先からつま先まで泥だらけのマイトランドに気付くと、鼻を摘み、手の甲を向けるとあっちにいけと振って見せた。

 マイトランドはそれを見て、覚悟を決めると更に近づき、乾いて砂にまみれた口を開く。


「あの。すみません。僕は奴隷ではありませんし、物乞いでもありません。ファルンガルランドから来たんですが・・・。一緒に帝国と戦う事はできますか?」


 若い衛兵は、不意に目を門の上に上げると、何かを目で合図すると、確認した。

 これはマイトランドが街外壁にたどり着くまでに、なにか不審な行動がなかったかなどを監視台の兵士と確認し合っていたのだろう。

 

「お前、汚いが疫病は大丈夫だろうな?」


 マイトランドが頷くと、衛兵はしぶしぶマイトランドの身体検査を実施した。


「よし、通っていいぞ。」


 若い衛兵は、そう言ってマイトランドの尻を思い切り叩き、門の内側へと押し出した。


「ありがとうございます。」


 マイトランドは礼を伝え、街に向かい歩き出そうとすると、急に右肩を掴まれた。

 バレたかと、肝を冷やし振り向くと、若い衛兵とは別の、口髭の生えた衛兵が、優しそうに微笑みながら言った。


「坊主、お前金はあるか?」


「ありません。」


「そうか。ならこれを持って行け。その様子だと、何も食べていないんだろう?」


 衛兵はそう言うと、大銅貨一枚を投げてよこした。

 現にマイトランドはこの作戦の為か、食事を2食ほど抜いている。大きく弧を描く大銅貨を掴むと、頭を下げ改めて礼を言った。


「ありがとうございます。必ずお返しいたします。必ず。」


「祖国の為に戦ってくれるんだ、そんなのはいい。気にするな。」


 マイトランドは、口髭の衛兵の返事を待って、頭を上げると振り返り、トレーナの街へと一歩を踏み出す。


「こんなにいい人もいるんだな。どこの国でも変わらないか。」


 そう呟くと、また別の一歩を街に向け踏みしめた。

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