第90話 第72魔導砲兵旅団 4

 腰をおろし、しばらく沈黙をしたヴァイトリングは、重たそうに腰を持ち上げると、マイトランドを指差し尋ねた。


「軍規違反はいかん。軍規違反は。じゃが、軍規違反をせずにうまくやる方法はないか?ヴェルティエのヤツめを出しぬく様なすごい方法は。」


「ないこともありませんが、この攻勢計画の発動時期はいつ頃でしょうか?」


「うむ。6日後であるな。どうか?」


ヴァイトリングは、副官に向きに時期を確認すると、副官は頷きながら答えた。


「準備などから計画通りに事が進めば、本日を含め7日、つまり6日で間違いありません。」


ヴァイトリングはマイトリングに向き直り、再度尋ねる。


「6日あればこの攻勢計画を成功に導けるか?どうか!」


「確証はありませんが、味方の支援、旅団本体とは別に、正確な援護射撃のできる1個魔導砲兵連隊ほどの支援と、数個の魔道具、各師団と各指揮官の情報、それと我々に馬をくだされば成功する可能性は高るかと。」


「馬と、連隊は別として、魔道具とは?」


「はい。帝国砲兵連隊で使用している連絡用の通信用魔道具です。」


「ああ、あれの事じゃろうか。ただ、いかんせん数が無いな。旅団で20あるかないかじゃ。しかし、新兵の案に乗ると言うのもな・・・。儂は納得したとしても周りが納得せんわい。」


 ヴァイトリングは、口の上に僅かに残った白い髭を触りながら、新兵の意見に従って、失敗した際の自身の進退について考えていた様であった。


「そうですか。では諦めて現在の攻勢計画に従いましょう。」


 ヴァイトリングの考えを遮るようにマイトランドが答えると、ヴァイトリングは思い出したように反応した。


「まだ、お主の意見に決めないと言っている訳ではないわ!魔道具と、連隊、それに情報があると軍規違反をせずに勝てると言うが、どの様にしてじゃ?」


「はい、1個魔導砲兵連隊の火力で味方の進軍を調整したく思います。」


「うん?少し言っている意味が解らんな。」


「この攻勢案であれば、どうせ、数に任せた全軍突撃しかないと推測します。ですので、味方に当てる事なく各師団の前面に砲弾を落とし、進軍を阻害して進軍速度を調整したく思います。」


「まてまてまて、それでは儂の旅団が、ヴェルティエの阿呆に疑われるではないか。お前は利口なのか?バカなのか?」


「はい、ですから旅団とは別の1個連隊をお借りしたいと申しました。それにしっかり測量している訳ではありませんし、砲撃にも色々な種類があるのです、砲弾がどこに落ちるかなど誰もわかる訳がないかと。」


 マイトランドの言う砲撃の種類とは、味方の攻撃がしやすいように火力の優越などを獲得し、敵の防御組織を砕いく為の攻撃準備射撃、味方の突撃を支援する突撃支援射撃、敵の突撃を妨害する突撃破砕射撃など様々ある。

 ヴァイトリングは、今度は首をかしげながら立派に蓄えられたあご髭を触ると、マイトランドの思惑に乗るかの様に答えた。


「で?失敗した場合、責任はだれが取る?重い罪に問われることになるぞ?」


 責任問題を考えるという事は、マイトランドの計画に勝利をわずかながらでも採択したいという気持ちの表れであろう。ヴァイトリングの心中を察すると、マイトランドはにやりと笑い答えた。


「それは、この計画を立案した、私と、ドワイト曹長。それにこれの計画を採択するヴァイトリング准将ではないですか?それに、もともと失敗する可能性の高い攻勢計画です。全滅するか、ヴァイトリング准将の功績で勝利を手にするかのどちらかかと。」


 ヴァイトリングは、また目を瞑り少し沈黙すると、自身の進退について考える。その間、その場にいた誰もがその沈黙を守った。


 しばらくすると、ヴァイトリングは、ようやくその考えがまとまったのか、目をカッと見開くと同時に口を開き副官を見る。


「よし、儂はこの新兵の案に乗ろうと思う。残り6日のこやつの準備状況をも確認してになるがな。どうせ残り少ない人生じゃ、責任を取らされてもどうということはない。もし成功すれば、功績大としてヴェルティエの上に立つこともできるじゃろうて。どうか!」


「閣下のご随意に。」


 副官にも思うところはあっただろうが、ヴァイトリングの決意に賛成すると、その思いを裏付ける様に、マイトランドを睨みつけた。


 後の世に言う、ウェスバリア第2軍の趨勢を決した約3か月にも及ぶ”トレーナの会戦””トレーナ攻防戦”開始の6日前の出来事であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る