第89話 第72魔導砲兵旅団 3
ヴァイトリングは、ドワイト分隊の全員を確認すると、その固く閉ざされた口を開いた。
「ご苦労。分隊長以外は全員新兵であるか。分隊長は儂と一緒に、司令部の中に入れ。作戦行動について説明するでな。」
ヴァイトリングの言葉に、ドワイトは即座に反応する。
「2名ほど同行をお許し願えますでしょうか。」
ヴァイトリングはその首をかしげると、答えた。
「新兵を・・・であるか?何がしたいのかはわからんが、許可しようではないか。3名は入れ。」
「ありがとうございます。」
ドワイトは返事をすると、マイトランド、ランズベルクの両名を連れ、ヴァイトリングと幕僚の後に続き、司令部へと入った。
中には大きな木製の机があり、やはりここにも地図が広げられていた。
副官と見られる佐官が、全員揃ったことを確認すると、攻勢計画の説明にはいった。
攻勢計画とは、敵を積極的に求め、1回か複数回にわたる攻撃を主とする攻勢作戦の計画である。
攻勢計画の中身は、トレーナの城を制圧するためのもので、詳細は、ベルドナット指揮する重装歩兵師団2個師団を前面に、両翼を6個歩兵師団で固め、その両翼を2個騎兵師団。後方に2個弓兵師団、2個魔導砲兵旅団、更にその後方に後詰として銃歩兵師団1個師団を配置し、トレーナへ進軍、その間にヴェルティエ指揮する4個騎兵師団が敵の後方攪乱、補給路の遮断を行い、トレーナ城を制圧するという、なんとも杜撰な計画であった。
副官は攻勢計画を説明し終えると、ドワイトに告げた。
「貴官はドワイト分隊全員を伴い、旅団の前進観測班として、味方の魔導砲撃の射弾の観測及び修正、威力偵察の任務を実施せよ。」
ドワイトは、命令を受けるとマイトランドに尋ねる。
「お前の見立てではどうか。」
「はい。十中八九失敗するか、成功したとしても大損害が出ると思います。」
「理由は?」
「計画があまりにも杜撰です。攻勢計画を立案したのは余程のバカか、自信過剰な人間でしょう。」
マイトランドがそこまで言い終わると、聞き耳を立てていたヴァイトリングの副官が、マイトランドの言葉に反応し激昂した。
「貴様!新兵の分際で知ったような口を聞きおって!これはお前達の上官にあたる、ヴェルティエ中将自らの発案だぞ!」
そう言い、マイトランドに詰め寄ると、その胸倉を掴み殴ろうとした瞬間、それまで沈黙を守っていた、ヴァイトリングが目を閉じ口を開いた。
「もうよい。新兵、発言を許可する。儂はあの男は好かん。あの男の悪口を言うなら許可しよう。で?どのように杜撰なのか申してみよ。」
マイトランドは、胸倉の手を振りほどくと、襟を正し、発言した。
「色々と突っ込みどころは満載ですが、大きくは5点ほどあります。」
マイトランドの説明はわかりやすく明確であった。
「1点目は、敵の所在です。敵主力が今、どこで、何をしているのかが、説明頂いた情報では明確ではありません。城があるのに、必ず野戦に打って出るとお考えですか?次に敵の規模です。敵の規模が分らないのに、これだけの戦力を前面に投入してよろしいのでしょうか?次に敵の砲兵です。”砲兵は戦場の女神”と呼ばれています。敵砲陣地がどこにあるかで、こちらの被害と士気も大きく変わってきます。4点目は補給路です。遮断と言いますが、本当に斥候を出して敵補給路全てしらみつぶしにを確かめたのでしょうか?補給路は通常複数用意しておくものです。5点目は敵の増援の有無です。この目で確かめましたが、近くに帝国軍と隣接している敵軍団規模もおりますし、すぐに増援が来るのではないでしょうか?」
ヴァイトリングは閉じて聞いていた目を大きく開くと、マイトランドに尋ねた。
「小僧。名前は?」
「ラッセル2等兵です。」
「よろしい。ラッセル、お前の言は理にかなっておる。じゃが残念なことに、この杜撰な攻勢計画は、既に総司令官ツェッペリン将軍の許可を、ヴェルティエがとっておる。したがってじゃな、第2軍としてこの攻勢計画を変更することは出来ん。」
「では、諦めて命令に従います。」
「まぁ焦るでない。お前ならばどうするか?この旅団だけで、戦況を大きく変えることはできるか?」
「はい。敵に局地的な勝利により打撃を与え、味方被害を最小限に抑えることは出来るかと。」
マイトランドが答えると、ヴァイトリングは羊皮紙に二つの言葉を書き記し、顔を烈火の如く赤くし、大声で叫んだ。
「儂はな!貴官らを、ヴェルティエから借り受ける際、文でやりとりがあってじゃな。委譲と言う言葉を使われた!移譲ではなくこの委譲だ!」
何を言っているのか戸惑ったマイトランドであったが、その言葉の意味は次のヴァイトリングの言葉で判明した。
「確かに儂は准将で、ヴェルティエよりも2つほど階級が低い。指揮する部隊も旅団と師団よりも小さな規模じゃ。じゃが、国に尽くした年数は儂が上じゃろう!どうか?」
「はい。確かに。」
「したがって、ヤツの立てた攻勢計画にしたがって死ぬのはごめんじゃ。」
ヴァイトリングがそこまで言うと、黙っていた副官が口を開いた。
「閣下、それでは軍規違反になりますぞ!どうかご自重を!」
副官に諭されたのか、ヴァイトリングは旅団長席にドスリと腰をおろし、また少しの間沈黙した。
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