第86話 ウェスバリア第2軍司令部
「どうなっている?斥候は出したのか?たった1日で軍団規模が突然消える訳がないだろう!」
そう叫ぶのは、第2軍司令官、バルト・ハインリヒ・フォン・ツェッペリン将軍であった。
「は、斥候からの報告では残存兵はおろか、陣地すら存在していません!」
ツェッペリン将軍はこの日、第1軍団消滅の報を受け、可及的にかつ速やかに第2軍幕僚を司令部へ召集すると、今後のカルドナ王国への方針を模索した。
幕僚の内の1人である、第72魔導砲兵旅団を指揮する、老齢の名将と名高い、新貴族ライアン・ヴァイトリング准将は、司令官であるツェッペリンに叱責覚悟で進言した。
「司令官殿、我々はまだ数の上では優勢です。戦力の逐次投入をやめ、ここはこれまでの損失の穴埋めに、銃歩兵師団を前面に、全軍でトレーナまで一気に攻勢をかけたらどうじゃろうか。」
ツェッペリンは基本的に貴族、新貴族の隔てなく、幅広い意見や、見解を求める将軍である。その見識から、若くして大将、司令官職に就いたといっても過言ではない。だがこの日はいつもと少し違った。
「だめだ、だめだ。銃歩兵師団はだめだ。もうすでに我々は4000丁を越える銃を失っているのだぞ!これ以上失うことはできない。」
ヴァイトリングは、いつもと違うツェッペリンに違和感を覚えると、再度の進言をした。
「将軍、今回の軍団の損失は、敵の工作によるものじゃと考えますぞ。このまま軍団以下の規模で戦力を各個撃破されたら、やがて第2軍はなくなってしまいますぞ。第2軍の精鋭である銃歩兵を使い一気に攻勢に出るべきじゃと具申致しますぞ。」
「それはわかる。わかってはいるが、銃歩兵師団はだめだ。あれは我が軍団の虎の子だ、最後の最後まで前線で使ってはならん。だれか、他の攻勢案はないか?」
ツェッペリンは、好きな食べ物を最後の最後まで皿の上に残しておくようなタイプなのであろう。ヴァイトリングの意見を一蹴すると、他の幕僚に意見を求めた。
「では、精鋭中の精鋭である我らの騎兵師団と、ベルナドット将軍の重装歩兵師団を前面に、トレーナに対する攻勢をかけたらいかがか?銃歩兵師団は予備兵力として、最終局面での利用をお勧めしたい。」
そう進言したのは、第2軍団第29騎兵師団を指揮する、貴族ヴィエス・ド・ヴェルティエ中将であった。
これに聡明なヴァイトリングは反発することとなる。
「ヴェルティエ中将、貴官は何を考えておるのじゃ。銃に騎兵が勝てる訳がないだろう。自分の隊に、しいては全軍にどれほどの損害を出すか考えたことがあるか?」
「黙れ!腰抜けのクソジジイが!我々騎兵師団は精鋭揃いだ。スキル、魔法共に有能な者を集めておる。例え新兵とて銃などに臆するものか!」
このヴェルティエ、少々気性が荒く、功を焦り、過信するところがある。当然のことながら、ヴァイトリングはこれを諌めようと苦心するが、火に油を注ぐようなものであった。
「いや、貴官の部隊がどうのという話ではないのじゃよ。銃弾は恐ろしく早い。魔法のそれに匹敵するんじゃ。銃歩兵師団を使わないのであれば攻勢に出るべきではない。」
「うるさい!老いぼれが!銃弾の事については、戦線前面にベルナドットの重装歩兵師団を配置すると言っているだろうが。ベルナドットはどうか!」
ヴェルティエの激を受け、答えるベルナドットもまた、ヴェルティエに似たところのある将軍で、二人の折り合いは非常に良く、また自己評価が高いところからも、作戦行動や、訓練を共にすることも少なくなかった。
「我々の頑丈な盾で、敵の銃弾など弾いて見せるわ!棺桶に片足を突っ込ん居る様なジジイは、後方で援護射撃でもしておれ!ツェッペリン将軍、どうか我々に全軍の先鋒を任せていただけませんか?」
ヴェルティエ、ヴェルナドット二人の進言を受けると、ツェッペリンは銃歩兵師団を使わないのであればと、採択する。
「ヴェルティエ、ベルナドットの案を採用する。両名は直ちに全軍の作戦計画を立案、明後日までに提出せよ。」
「「は、承知致しました!」」
「うむ、では緊急招集を終了する。解散!!」
ツェッペリンは会議を解散すると、ヴァイトリングに歩み寄り、2人の不敬を謝罪した。
「ヴァイトリング、皆の前で2人がジジイなどと、すまなかったな。」
「もったいないお言葉ですじゃ。それにヴェルティエ将軍も、ベルナドット将軍も私目より階級は高い。別に不敬ではございませんぞ。」
「そうか、ならば良い。だが部隊運用に何か必要な物はないか?2人の不敬の詫びに配備しよう。」
「そうですか。そこまで仰るのであれば、威力偵察が出来る分隊規模の部隊を、1つお借りできますかな?」
「わかった。善処しよう。」
ツェッペリンはそう言うと、ヴァイトリングを残し、司令部を後にした。
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