第77話 初任務 4

 言われるがまま、マイトランドとランズベルクは観測用の小窓を覗くと、自分達の目を疑った。


 大量の松明を持つカルドナ王国兵の群れに対し、大量の魔力火球が降り注いだ。それも的確に一番密集している場所に。

 カルドナ兵の松明の光で、多少は明るくなっていた戦場も、燃える魔力火球の影響で一気に明るさを増す。


 その後も幾度となく降り注ぐ魔力火球は、カルドナ王国兵を焼き尽くす。その光景はまるで飛来する隕石群の様であった。


 しかも帝国軍のカルドナ王国兵への攻撃は、これだけで終わらない。


「全猟兵中隊!射撃準備!」


 そう大声が響くと、帝国軍猟兵は射撃準備を開始する。


「斉射用意、斉射!」


 パパパパパパパーン


 大きく響いた号令の後に、乾いた帝国印新式銃の音が鳴り響く。

 魔力火球の難を逃れたが、統率を失った残りのカルドナ王国兵の群れは、持っていた松明をその場に落とし地面に倒れ込んだ。


---


「うっはっはっはっは!ウェスバリア兵!これが帝国軍の戦力だ!どうだ!圧倒的だろう?」


「え?俺?ああ、そうですねぇ。すごいですねぇ!帝国さんが味方でよかったですよぉ!」


 半分バカにしたようなランズベルクの反応を、気にするどころか、うんうんとその軍人は頷いて見せると、今度は、困った顔をしているマイトランドの肩を叩き尋ねた。


「お前は、なんだ?帝国臣民か?」


 マイトランドは返事をするよりも早く、足を揃え、右手を前方、肩の位置まで上げ、そこから更に40度ほどあげると、帝国式の敬礼をした。


「皇帝陛下!万歳!」


「うん?なんだ、帝国臣民だったのか?よしよし。そうかそうか。」


 マイトランドを迎え入れてくれた軍人は、急に笑顔になると、ランズベルクに礼を伝えた。


「ウェスバリア兵よ、栄光ある帝国臣民を救出してくるとは、素晴らしい働きだ。ありがとう。全帝国臣民を代表して礼を言わせてもらう。私はルーデル中尉という。貴官はウェスバリア軍のどこの部隊の所属で階級はどの程度か?」


「はっ!中尉でありましたか!失礼いたしました!自分は第2軍、第2軍団、第198騎兵連隊、偵察中隊、ドワイト分隊所属のメレディアス2等兵であります!」


 栄光あるという言葉に、恩賞がもらえると思ったのか、いつものふざけた返答ではなく、勢いよく返事をするランズベルクに、ルーデルは一瞬顔を曇らせる。


「に、2等兵?き、貴官は、そのドワイト分隊とやらはウェスバリア軍の特務部隊か何かか?」


 通常、軍隊では、新兵上がりの2等兵に、救出の様な任務を任せることはない。

 その為に組織された、帝国の様な軍隊であれば、それもありうるが、当然のことながら脆弱なウェスバリア軍に特務部隊なんてものは存在しない。


「たまたま通りかかっただけと言うか、威力偵察任務中だっただけだぜ。・・・威力偵察任務中でした。敵地に帝国の人がいましたので、せめて帝国の陣地に送り届けようと。」


 恩賞の為、自ら語尾を治すランズベルクに、ルーデルは更に曇った顔で答えた。


「そ、そうか、良くやった、ありがとう。この事は上に報告しておく。ウェスバリアに戻ったら、国から勲章など貰うと良い。もう帰っていいぞ。」


 ルーデル中尉は手の甲をランズベルクに向けると、あっちに行けと振って見せ続ける。


「メレディアス2等兵と言ったか?言い忘れたが、帝国の人ではない。帝国臣民だ。忘れるなよ。」


 ルーデルはそう言って更に手を振って見せた。

 ランズベルクはルーデルに必要とされていないこと、自部隊に現在の状況を伝えるためから、しぶしぶその観測所を出ると、周囲に敵影がないのを確認し、ドワイト分隊指揮所方向へと戻って行った。

 ルーデルは、ランズベルクが観測用の小窓から陣地より離れるのを確認すると、また笑顔でマイトランドに話しかけた。


「というか、お前はそもそも何をしていたんだ?」


「はい。母の為に、山菜を取りに行っていたら、捕まってしまいまして。」


「山菜?食べる物に困っている村はないはずだが?」


 マイトランドは、ルーデルの問いに、一瞬背中に伝う汗を感じるも、即座に機転を利かせ答えた。


「母の好物なんです。すいません。皇帝陛下のお名前に傷をつける様な勝手なことをしました。」


「そうか、だが母の為にしたことが、皇帝陛下のお名前に傷をつける様なことはないだろう。それは災難だったな。ならば仕方ない。砦の中に入れるように手配しよう。」


「ありがとうございます。」


 何の疑問も持たないルーデルに、マイトランドは大袈裟に礼を言うと、首都方向へ体を向け、帝国式の敬礼をした。


 「なんだ、また皇帝陛下に敬礼か?良い心がけだ。良い家庭に育ったようだな。」


 マイトランドは、以前帝国臣民は、感謝を表現するときに、皇帝陛下の方角へ向かい敬礼をする習わしがある。と師であるアラン・ウォルキンスより聞いたことがあった。

 ルーデルはマイトランドが敬礼を終えると、唇が渇いているのを確認し、それまでの笑顔を曇らせて、続けた。


「お前は本当に大変だったんだな。水と戦闘糧食しかここにはないが、好きなだけ食べると良い。」


「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。」


 マイトランドは再び頭を下げると、何度も何度も感謝の言葉を繰り返し言い、再度首都方向への敬礼をした。


 ルーデルは、そんなマイトランドを見ると、巻貝式魔道具を手に取り声を送る。


「こちら、前進観測班2、ルーデル中尉、栄光ある帝国臣民をウェスバリア兵が救出した。アイヒマン中佐に繋いでくれ。」


 巻貝はしばらく沈黙すると、喋り出す。


「こちらはアイヒマン中佐だ、ルーデル中尉、今から回収班を向かわせる。そのまま待機させろ。」


「こちらルーデル中尉、アイヒマン中佐、感謝いたします。交信終わり。」


 アイヒマンとルーデルの交信通り、回収班はしばらく待つと、観測所を訪れ、マイトランドはルーデルから回収班に引き渡されると、その回収班に連れられ、後方の砦へと入った。

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