第39話 学科試験 4

「ところで試験範囲はどこなんだ?平民も貴族と同じ試験を受けられるのか?」


「ああ、それについては問題ないらしい。希望する者は銀貨1枚で私達と同じ試験が受けられるようだ。試験範囲については、服務一般より10問、戦技より3問、基本教練より2問の計15問だ。」


 服務とは読んで字の如く、職務についてであり、戦技はスキルについてである。

 基本教練は回れ右、敬礼などの軍隊での基本的動作についてである。


「は?何?15問だって?」


「ああ、驚くのも無理はない。例年よりも5問多いからな。」


「いつもは10問ってことか?バカバカしい。そんなので新兵を戦場に送り込むってのか?想定してたよりも全然少ないぞ。まあいい。で?過去の教材は手に入ったのか?」


「ああ、それなら先程フレデリカ嬢に渡しておいた。ところで大丈夫なのか?」


「大丈夫とは?どういう意味だ?」


「金だよ、金。平民であれば銀貨1枚は大金だろう。全員受けるのはちと厳しそうだぞ。私が出しても良いが・・・。」


「ああ、大丈夫さ。」


 そう言ってマイトランドは金貨を一枚取り出して見せる。


「これであと2回分も支払うつもりだ。足りない分はランズベルクに賄ってもらう。」


「そうか、マイトランドは立派だな。仲間の為に自らの財を使うとは。私も斯くありたいものだ。」


「立派なもんか。これは先行投資と言うやつだ。もちろん皆が出世したら返してもらうさ。」


 もちろんこれは方便である。

 戦場において、生存率という言葉があるが、この時代にはそんな物はあってないようなものだ。


 戦場において、戦闘より生きて帰って来たものを指す言葉だが、この時代においてはなんの根拠もなく、無意味と言って良い。実際の生存率はもっと低いからである。

 なぜなら、戦闘後の切り傷や擦り傷からの化膿の悪化による死、またその傷から破傷風などにかかり病状悪化による死、戦場以外での死が圧倒的に多い。

 先の戦では、銃創からのガス壊疽による死などが一番多く見られた。


 よって、マイトランドの言う、出世払いや先行投資などというものは平民の様な一般兵では不可能に近い。

 もちろんマイトランド自身もそれを知っていてそう言ったのだ。彼の希望を込めて。


「そうか、そう言うことにしておこう。」


 フリオニールもまたそれを知るうちの一人である。フリオニールはそう言うと、ロンベルトを残しアーシュライトと共に部屋を後にした。


 マイトランドはフレデリカから過去の教材を受け取ると、出題範囲、出題傾向、などを割り出し、羊皮紙に予想した問題を記入した。


 それからまた2週間が経過すると、フレデリカ達の授業の成果が出始める。

 班員達全員が、マイトランドの作成した予想問題を解き始めたのだ。解き始めたと言っても正解したわけではない。文字が読めるようになり、自分なりに回答しているという事だ。


 これは大きな進歩だった。つい3週間前まで文字も読み書きできなかった者達が、自分で回答を導き出したのだ。

 彼にとって、これほど嬉しいことはあるだろうか。


 そんな中、ウェスバリアの戦争は新たなる局面へ移行する。


「おい、聞いたかマイトランド。イドリアナとカルドナがハイデンベルクに宣戦布告したらしいぜ。」


 採点中のマイトランドに、ランズベルクが息を荒げて言ったのは、海を隔てた北方の大国イドリアナ連合王国と南東の大国カルドナ王国がウェリステアの準同盟国ハイデンベルグ帝国へ宣戦を布告したという情報であった。


「ああ、聞いたよ。イスペリアでのことがあったからな、遅かれ早かれこうなる運命だったさ。しばらく俺達には何もないだろう。ハイデンベルグが戦争する相手が増えただけだ。実際にハイデンベルグは今圧倒的に有利だ。俺達ウェリステアに戦争に参加しろとも言ってこないだろう。」


 マイトランドの予想通り、ウェリステア軍は首都防衛部隊だけを残すと、残りの全軍で第2軍と第3軍を編成し、カルドナ王国との国境付近に第2軍を、イドリアナ連合王国に近い海沿いの街シャールに第3軍を駐屯させるだけにとどまった。


 学科試験まで1週間を切った日の出来事だった。

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