第37話 学科試験 2
「お前、なんで平民の俺に頭を下げるんだ?」
「お前ではなくフリオニールだ。フリオニールと呼んでくれ。平民に頭を下げるのはいけない事なのか?協力を依頼したのは私だ。頭を下げるのは当然の事だろう。」
「そうか、変わったヤツだな。フリオニールの班はフリオニール以外も平民に対して皆同じ考えか?」
“変わったヤツ”マイトランドがそう思うのも無理はない。貴族は平民から搾取するというのが世の常だ。頭を下げるなんて事はあってはならないのだ。
「そうだな。私の班は志高い貴族しかいないはずだ。ロンベルトはどうか?」
「は、フリオニール様の仰せの通りかと。」
ロンベルトはそう言うと、ランズベルクにチラチラと目をやる。
ランズベルクは、ロンベルトの視線に気付くと、
「なんだよ、おっさん。俺に文句でもあるのか?」
「いや、文句などない。私を覚えていないのか?」
「ああん?班長の知り合いはいないぜ。」
「私は君と同じ16だ。年上ではない。それに私と決闘をしたではないか。」
ランズベルクはロンベルトと模擬戦で対峙している。通常、騎兵は顔全体を覆うタイプの兜を着用しているが、ロンベルトの兜は鼻まで覆うタイプの兜の為、どちらも顔の把握はできない。
ランズベルクの柄頭がロンベルトの顎の顎をとらえたのも、口より下を兜が露出させていたためだ。口を隠すという事は、防御力、という面では利点があるが、反面、息のあがりなどの欠点もある。
また、決闘の際名乗り合うのも、家名、身分、後の戦功、武勇、それにお互いを知らしめるためであるとも言われている。もちろんのことだが、名乗っている際に攻撃してはならない。
「決闘?決闘・・・。決闘ねぇ。あ?ああ、そんな顔してたのか!すげえ怖いし、老けた顔だな。子供は2人くらいいるのか?」
「話を聞いていたのか?16だ、まだ婚姻はしていない。一人身だ。」
「そうか、その顔じゃなぁ。うん。すまん。ところで何の用だ?」
「用と言う訳ではない。お互いの見識を深めようと思ってな。」
会話になっているのか、なっていないのか、2人は仲良くお互いの話を始める。
ライト家はウェスバリアで、代々続く武門の家柄、ロンベルトは5代目で、騎兵としての個人の評価が入隊前から高い評価を得ている。
フリオニールはウェスバリア議会、貴族院20名家の内の一つ、グレッテ家。グレンダのロンメル家程ではないが発言力と影響力の高い穏健派貴族だ。
貴族院は2大派閥に分かれており、穏健派と強硬派の二つがある。穏健派と言うのはいわゆるハト派でハトが持つ平和をイメージした政治的派閥である。逆に強硬派はタカ派と呼ばれ、鷹の持つ争いを好み、武力をも辞さないというイメージの政治的派閥である。
「マイトランド、2人も話を始めたことだし、私達も今後の事を話し合おう。」
「ああ、そうだな。でも今話をしたほうがいいのか?模擬戦まではまだ一ヶ月半もあるじゃないか。」
「そうではない。私達から申し出た協力の話だ。何をすれば良いか?」
協力を申し出るフリオニールにマイトランドはにやりと笑うと、
「なんでもいいのか?」
「もちろんだ。二言はない。」
そう言い切るフリオニールに、マイトランドは一度大きく息を吸い込むと、続けた。
「では、羊皮紙と、フレデリカ達とは別に、貴族用の教材を人数分用意してくれ。」
この時代、動物の皮を加工して作る羊皮紙は、非常に高価であり、入手することも難しい。
先の模擬戦の金一封でも人数分は集めることは不可能であろう。
だがそこは貴族だ、フリオニールは少し考えると口を開く。
「それくらいなら、容易いものだ。任せてほしい。それで、グレンダ嬢に勝てる見込みは?」
「ある。必ず勝てる。少し卑怯だがな。」
「そうか。相手は騎兵5個班だ、それに対してこちらはロンベルトがいるとはいえ2個班、それに歩兵がほぼ同数ときたら、必ずとは言い切れぬのではないか?」
「ああ、だが、騎兵が戦況を左右する時代は、間もなく終わりを告げる。魔法も何も使えない平民が、貴族を打ち取る時代になる。なんとなく分っているんじゃないのか?」
「何を言っているかは皆目見当もつかないが、マイトランドが言うならそうなのであろう。そうフレデリカ嬢も言っていたからな。」
「ああ、楽しみにしてろ。」
この時まだ貴族や議会、軍上層部や、配属された銃士と呼ばれる銃歩兵しか銃の存在を知らされておらず、知る者は少ない。フリオニールも聞いたことはあるが、実際に目にする機会も入隊前ではあまりない為、それが騎兵をも凌駕するものだとは知らないのであろう。
大多数の貴族がまだ騎兵優位を信じきっている。
マイトランドはフリオニールに笑いかけると、フレデリカ達の戻りを待った。
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