第36話 学科試験 1

 模擬戦が終わると、次は一月後に控えた学科試験が待っている。


 1度目の学科試験の内容は、ジョディー曰く比較的簡単で、装備の取り扱い、部隊の呼称、服務規程についてなどである。

 当然将校として上級教育を受ける貴族と、兵士として機能すればいい位の初級教育しか受けない平民とでは回答に差がでる。通常の平民では、貴族を抜き上位に入賞することなど不可能に近い。

 そう、通常の平民であればの話だが・・・。


「マイトランド、ここに書いてある、銃とか銃歩兵ってのはなんだ?」


「ああ、後で説明しよう。」


 ウェスバリア軍の部隊は近年まで、歩兵、重装歩兵、騎兵、弓兵、魔導砲兵の兵科で編成されており、ジェイクの言う近年開発された銃、つまり銃歩兵なる兵科は存在しなかった。

故に平民である、ジェイク達は銃の存在を知らず、どのような効果があるのかも知らないのだ。


「ジェイクお前字が読めたのか。」


「当たり前だ。村長の息子だぞ。」


 ランズベルクが茶化すと、ジェイクは人差し指で鼻をすすり誇らしげに答える。

 識字率。識字とはいわゆる読み書きの事で、識字率はその読み書きをできる人間が、どれだけいるかを割合で表したものである。

 ウェスバリアは、その識字率が周囲の国々と比べても非常に低い。貴族、新貴族の識字率が99%であるの対し、平民はわずか20%程度にとどまる。しかし、その大部分は商人であり、首都近郊に集中している。特に辺境の村は、読み書きができる者が村に1人いればマシなレベルである。いない村だって普通に存在するから驚きである。当然、そんな辺境の村から来た平民たちは、識字率が低くなる。


 マイトランドの班の識字率は、やはり平民の基準20%と言っていいだろう。前述したジェイクとマイトランド、ランズベルクそれに商人のルーク、例外としてヘクターを除き、数を数えるくらいしか出来ない。

 特にリザードマンのアツネイサは酷いもので、読み書きどころか数もまともに数えることができない。言葉も片言で、何を言っているのかわからない事も多々あるほどだ。


「おい、こいつ大丈夫かよ。これが騎兵だ。こっちは歩兵。逆だ、逆。おいおい。これは先が思いやられるぜ。」


 運んできた砂を木で作った容器に入れ、それに羊皮紙代わりに使って教えるランズベルクは頭を抱える。

 模擬戦と同じく、学科試験は班対抗となるようで、全員の教養を高める為にマイトランドの提案で課業外に勉強会を開くこととなった。

 ルーク、ジェイク、マイトランド、ランズベルクが教師となり、班員に文字を教える。


「ジョディーはダメだ。頭まで筋肉でできていやがるぜ。まるで覚えない。上位なんて夢のまた夢だぜ。」


「はあん?あんた、あたいが馬鹿だって言いたいのかい?あのね、言わせてもらうけどね、教えてもらう方が悪いんじゃないよ。教える方が悪いのさ。そんなクソみたいな教え方じゃ、誰も覚えやしないよ!もっと丁寧に教えるこったね。」


「なにぃ?この筋肉女・・・。」


 ランズベルクがそこまで言いかけると、マイトランドが何かを思い出したように反応する。


「うん、ジョディーのいう事にも一理ある。そうだな。借りを返してもらうか。ポエル、隠密を使って、フレデリカ達の所へ行って、全員こっちに来いと伝えてくれ。くれぐれも見つからないようにな。場所はわかるな?」


 新貴族である彼女たちの隊舎には、平民であるマイトランド達は近づくことを許されていない。平民の、しかも男が貴族達の隊舎に入るなど絶対にあってはならないことだ。

 ポエルはいつものように、うんうんと二度頷くと、姿を隠し、フレデリカ達の隊舎へ向かった。


 しばらくすると、フレデリカ達を連れ、気まずそうな顔をしたポエルが戻ってくる。その中には先の模擬戦でマイトランド達に敗れたフリオニールとロンベルトの顔もあった。


「やあ、昨日ぶりだね。マイトランド。」


「なんで貴族が平民の隊舎に来た?何か用があったのか?ないなら帰れ。」


「そう邪慳にしないでくれ。フレデリカ嬢から君達の事を聞いていたところに、たまたまそこのお嬢さんが入って来てね。できれば仲良くしたいんだが。どうかな?」


「うーん。そうだな。前回の順位の貸しを返してくれるなら考えよう。お前は話の分からない人間じゃないしな。」


「わかった。私もマイトランド達に協力できることは協力しよう。また罠に嵌められるのはごめんだからね。」


 フリオニールの言葉に、信頼に値する貴族であれば、懇意にしても悪いことは無いだろうと、マイトランドはフリオニール達も招き入れると、


「フレデリカ、模擬戦での借りを返してほしいんだが、いいか?」


「ああ、何でも言ってくれ!こちらもマイトランド達の手柄を横取りしたようで、皆申し訳ない気持ちになっていたところだ。」


「そうか、じゃあ仲間に文字を教えてやってくれ。教材は任せる。掛かる費用はそちらが負担してくれ。これでチャラだ。」


「え?そんなことでいいのか?そんな事で良いなら喜んで借りを返そう。」


 フレデリカは二つ返事で了承すると、班員と共に教材を取りに戻っていった。

 部屋から出て行くフレデリカを確認すると、フリオニールは口を開く。


「マイトランド、今度は学科試験で何かしようとしているのか?」


「ああそうだ。もちろん頂点を狙っている。」


「今から文字を覚えるのにか?」


「ああそうだ。最初は無理かもしれないがな。」


「そうか、であれば協力しよう、その代わりと言っては何だが、次の模擬戦、私の班の下に付いてくれはしないだろうか、もちろん最大限自由は効くように配慮するつもりだし、どうかな?」


「ありがたい申し出ではあるが、断らせてもらうよ。フレデリカ達は新貴族だが、君達は貴族だ。平民が貴族をどう思っているかは知っているだろ?」


「そうか、実は困っていてね。次の模擬戦が2つの軍に分かれての紅白戦になるのだが、大将は私とグレンダ嬢に決まったんだ。そのグレンダ嬢に、どう言う訳か模擬戦で、嫌われてしまってね。フレデリカ嬢の班以外の貴族班を、先に買収してしまったようなんだ。」


 フリオニールの言葉にマイトランドは模擬戦でのことを思い出すと、それ以上は何も聞かずに、答えた。


「それは俺にも責任があるな。協力しよう。」


「君に責任があるとは思わないけど、嬉しいよ。ありがとう。」


 そう言って平民であるマイトランドに頭を下げた。

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