第26話 模擬戦 5

ピュッピッ!


 マイトランドの口笛の音が、日も落ちた森林の出口付近に響き渡ると、音に反応し、姿は見えないが、ザザッ、ザザッと、枝から枝へ、葉や草をかき分けマイトランドに近づく者がいるのが分かった。影が自分の声の届く範囲まで来たことを確認したマイトランドが口を開く。


「ポエル、首尾は?」


「うん、さっきそこで騎兵が、平民班と戦ってた。みんな逃げようとしたけど、森に入る前にやられちゃった。まだその辺にいるかも。」


 マイトランドは騎兵もどきから譲り受けた弓を取り出し、ポエルに渡す。


「これを使ってくれ、今使っているその竹の弓は俺にくれるか?」


「うん。いいよ。でもどうするの?マイトランド弓術スキルは持ってないでしょ?」


「まあね。でも飛ばすくらいは出来るさ。」


 弓を受け取ると、マイトランドは何故か装備すべて外し、一つ一つポエルに渡す。

 当然ポエルは勘違いをして両の目を手で覆う。見たいのか見たくないのか指の隙間が空いていることはポエル以外は誰も知らない。


「これを全部預かってもらえるか?」


「あ、うん。わかった。」


 マイトランドは麻の作業服だけになると、肩を落としたポエルに装備を渡し、弓を持ち、ジョディーに尋ねる。


「ジョディー、そっちはどうだ?」


「こっちは大丈夫さ。草もたっぷりかけてあるよ。その後の準備もできてるさ。」


「作戦は、道中話した通りだ。1人で持ち上がりそうか?チャンスは一度きりだぞ?」


「あたいを誰だと思ってるんだい?舐めんじゃないよ!クリスだっているんだ。大丈夫さね。」


 ジョディーはそう言い切れるほどに逞しい、多分班の中で、マイトランドとランズベルクを除けば一番の力自慢ではなかろうか。


 マイトランドは自分の馬の手綱をフレデリカに渡すと、


「たのめるか?万が一の場合もある、すぐに陣地に後退できるようにしておいてほしい。」


「はい。」


 頬を赤くすると、返事をした。

 フレデリカは自分を信じてもらっていると勘違いしたのだろう。もちろんそうではない。

 シュウ、ジョディー、クリスには別の事を任せているし、ポエルは自身の装備を任せている。フランに至っては馬を扱ったことがないからだ。


 マイトランドはイーグルアイを発動すると、敵部隊の位置を探る。

 しばらく索敵し、近くにポエルが言っていたものと推測される騎兵の一隊を発見すると、スキルを解除する。


「よし、行くか。フラン、悪いが火を貰えるか?」


「はい!ひよこ印の消えない火ですよぉ。」


 フランは火魔法を唱え終えると、マイトランドの持つ、枝に布を巻きつけただけの簡易的な松明に火をつける。


「意味はちょっと解らないが、ありがとう。」


 マイトランドは複雑そうな顔をして礼を言うと、松明を持って、森林の外へと出て行った。


 気配察知を使いながらしばらく歩くと、野営の準備をしている先ほどの騎兵を発見する。野営をする場合は前哨や、斥候を出すのが基本だが、平民は自分達の事を襲ってこないとでも思っているのだろう、20名全員で野営の準備をしていた。


 マイトランドは野営近くまで近づくと、弓の弦を目いっぱい引き、大声で叫ぶ、


「仲間の敵だー!クソ新貴族ども!喰らいやがれー!」


 当然貴族か新貴族なんてどうでもいい話だ。マイトランドの計算ではこれでよかった。


「おい、なんだ、お前、さっきの生き残りか?見逃してやるからどっかいけよ。グズの平民にはわからんと思うが、俺達は新貴族じゃない、貴族だ。一緒にするな。」


「うるさい、死ねば貴族も平民も一緒だ!お前達なんて僕が殺してやるからな!」


 マイトランド一世一代の演技であった。引き絞った弦をはじくと、矢は貴族たちの手前あと少しで届くかと言うところまで到達すると、力を失い地面に落ちた。

落ちた矢が風に吹かれ転がるのを見ると、貴族達から笑い声が漏れる。


「エルンスト、どうする?野営の位置が分っている以上、あんなの一匹でも寝込み襲われたら面倒だぞ。」


 貴族の中の一人がそう言うと、エルンストと呼ばれた男がにやけて反応する。


「よし、食前の狩りといくか?1人金貨一枚出せ。あいつを刈り取ったやつの総取りだ。」


 エルンストの合図で20名全員が、馬に乗ると、マイトランドに向け走り出した。


 マイトランドはそれを確認すると、大きな叫び声を上げながら、逃走を開始する。


「だ、だ、だれかー!助けてくれー!」


 エルンスト達はそれを笑いながら追跡する。彼らの中では狩りだ、当然最初は全力で追うはずがない。

 マイトランドはしっかりついてきていることを確認すると、右へ左へ、貴族達の誰もが突出しないように考えながら逃げる。もちろん捕まえられそうで、捕まえることができない距離を保ちながら。


「ほらほら、どうした。逃げてばかりじゃ仲間の敵はとれないぞ。」


 最初はそう言っていたエルンスト達も、馬が人の足に追いつけないことに苛立ちを隠せず、


「おい、全力で追うぞ!付いて来い。」


 などと言いだすまでには時間はかからなかった。

 人が馬よりも早いかと聞かれれば、もちろんそんな事あるはずもない。

 これは、ランズベルクの風魔法で、速度を上げていたからに他ならない。


 マイトランドは森林入口に近づくと、少し距離が開いていることを確認し、最後の仕上げに一度転んでから立ち上がり、少し足を引きずって走って見せた。


「おい、森林に入られたら不味いぞ!入り口付近で殺したい!目印はあいつの松明だ!そのまま突撃をかける!離れるな!俺に続け!」


 エルンストがそう言うと、貴族たちは走りながらエルンスト周辺に集まる。

もはや狩りではなくなっていた。


 マイトランドはエルンスト達よりほんの少し早く森林に入ると、その場に松明を差し、二歩下がると、


「ジョディー今だ!」


 ジョディーとクリスが力一杯縄を引く。


 エルンスト達の目にしたものは追っていた平民ではなく、先の尖った木が、束ねられたパイクだった。


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