第2話 プロローグ 1
ウェスバリア歴209年、ウェスバリアの子供たちの間では、南方から伝わったシャトランジと言う遊びが流行っていた。
このシャトランジ、シャー(王)を取ったら勝ちという、現代のチェスの様な遊びである。
シャーの他にファルジン(将軍)アスプ(騎兵)プジャタ(兵士)などがおり、駒は石で代用もできるため、金のかからない遊びとして、貴族、平民、貧民、身分関係なく流行した。
当然トロンの村でも流行し、14歳であったマイトランドは、このシャトランジが異常なほど強く、その腕前は、噂を聞きつけた近隣の大人達まで、マイトランドに挑んでくる程であった。
この日も路上で、大人相手にシャトランジをしていると、親友のランズベルクが言う、
「マイトランド、お前、めちゃくちゃ強いな。何か必勝の方法でもあるのか?」
マイトランドは恥ずかしそうにしながら答える。
「必勝の方法なんてないさ、負けないようにすると、相手が勝手に負けるんだ。」
「だからさぁ、その方法が知りたいんだって。」
そんなマイトランドにランズベルクは笑いながら言うと、マイトランドとのシャトランジに負けた壮年の男が声をかけてくる。その男は口髭を蓄え、服装さえまともなら貴族の様な男だった。
「坊主、お前軍参謀みたいだな。相手の次の一手が手に取るようにわかっているようだ。」
そんな男にマイトランドは笑いながら言う。
「いやいや、軍師だなんて。相手の行動なんてわかってたら、こんなに考えなくて済むよ。それにこんな田舎で強くたって意味ないさ。大きな町に出たらもっと強い人沢山いるだろ?」
「そうか、だがな、戦っている俺からするとシャーをお前が戦いやすい場所に追い込まれているように感じるんだよなぁ。それにな、俺はグエスタって街から来たんだ。少なくともグエスタにはお前以上に強い奴はいないぜ?」
グエスタとは、ウェスバリアの中心部に近いかなり大きな街である。
近年、軍改革のおかげで、鍛治、革のなめしなどが得意なグエスタが大きくなったと言った方が正しいだろう。
マイトランドはその男に言う、
「グエスタか、行ってみたいなぁ。おっさんはグエスタから何しに来たんだ?見た感じの年から考えると兵士って感じだね。」
「おいおい、おっさんはないだろう。俺にもオルメアって名前があるんだぜ?あとな、俺はまだ40だ。おっさんって年じゃない。」
40であっても心が若ければおじさん・おっさんと呼ばれるのは嫌だろう。だが相手は子供だ。そんなことは考える訳がない。
「で?オルメアは兵士なの?」
「ガッハッハ。兵士だ、兵士はいいぞー。訓練はキツイが、訓練さえ終わればなんてことはない。腹いっぱい食えるしな。お前の様にやせ細っていないだろう?ところで坊主、お前今いくつだ?見たところ15くらいってとこか?名前は?」
「マイトランド、14だよ、再来年オルメアと同じ兵士になるよ。でもなんで兵士がこんな所にいるのさ?」
「なんだ、お前知らないのか?隣のイスペリアが戦争やってんだ。俺は偵察スキルを持っているから軍の先遣隊として先に来ているってわけだ。職務上、作戦も立案しないとマズイしな。今丁度この村で馬を休ませているところだ。まぁ明日には任務で国境まで行くがな。」
この時、ウェスバリア軍は、イスペリア革命派のドナテル将軍からの要請があり、軍の半数を国境に向けて進軍中であった。
オルメアはマイトランドに黒パンを取り出し投げて渡すと、続ける。
「まぁあれだ、これは俺に勝った戦利品だ、ありがたく思えよ?マイトランドが軍に入って出世したら、俺直属の参謀にでもなってくれや!」
ウェスバリアはハイデンベルク帝国からの借款により一時の危機は脱出していたが、危機を脱出した程度で、まだまだ貧困は続いており、辺境のトロンの村ではライ麦を使った黒パンなどは出回るはずもなく、とても貴重なのだ。
マイトランドは目を輝かせ受け取ると、
「いいの?パンは高級品でしょ?」
「いいんだ、パンは食べ飽きていたところだ。子供はなぁ、貰ったもんは気にせず食うもんだ。それにお前が軍に入ったら、俺はお前の上官ってことになるだろう?未来の軍師殿には優しくしておかないとな。」
黒パンは軍の支給品であるため、失ったところでそこまで痛手ではない。せいぜい昼飯抜きというところだろう。
それでも田舎に住み、芋と干し肉だけの生活であるマイトランドには嬉しかったのだ。ランズベルクに半分手渡し、改めて二人で礼を言うと、オルメアは笑顔で手を振りながら去っていった。
オルメアが去ると、ランズベルクは言う。
「なぁ、マイトランド、かっこいいおっさんだったな。それにさ、戦争だってよ!戦争見に行ってみないか?俺達だって、その内戦争に行くんだ、今から見といて得することはあっても損することはないだろ?俺の風魔法もあるし、安全だって!」
危険を顧みない子供の考えそうなことである。マイトランド少し考えて返答する。
「まぁそうだな。他にやることもないし、行ってみるか。でも戦争って一日で終わる訳じゃないだろ?寝るところはいいとしても、食料をどうする?配給の時間には帰ってこなくちゃならないだろ?」
「そこは大丈夫だ、1週間干し肉と芋を半分で我慢すれば、1週間分食料が溜まるだろう?その間腹は空くけど、このパンがあるじゃないか。うまく分けて食べようぜ!それに見に行く前に、配給所のオヤジには、ちょっと多めに貰えるように話をつけておくぜ!」
配給は基本的に朝と夕の2回、1人につき各干し肉1枚、芋1個、カブ1個だけである。
それ以外は税で納めたもの以外を村で分配している野菜や、モンスター・動物の肉など、収穫時期である秋は過ぎた為、村の食糧事情も少しは良くなっている。
「そうだな、そうするか。じゃあ1週間後な。俺も我慢するからランズベルクもちゃんと我慢するんだぞ!」
「おう!任せとけ!」
この二人、この村では決して素行が良い方だとは言えない。収穫や家の手伝いなどはするが、それ以外が悪い、マイトランドがイタズラを考え、ランズベルクと実行する。シャトランジが流行る前は、危ないからダメだと言われても、モンスターを二人で狩に行ったり、長期間いなくなるなどして、親、村人を困らせるなど日常茶飯事だった。
2ヶ月くらいはいなくなったとしても、村は特段気にすることはないだろう。
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