第3話
修学旅行が終わって学校に戻ると、早速、桜庭くんについて色々と聞いてみた。
サッカー部で2年生ながらレギュラーで。でもうちのサッカー部そんなに人数いないよ。でも上手いのは間違いないらしくて。噂になってる大学生の彼女はあくまで噂で、本当は他に付き合ってる人がいるとか。同級生? どうだろ、そこまでは聞いたことない。でもイケメンなのは間違いないよね。そう? そうでしょ。あれをそうじゃないって言えるのは相当だよ。ジャニーズ系、ではないかな。えーでも顔はいいでしょ。笑ってるのは可愛い系かな。いや、かっこいい系でしょ、断固。なんでアンタそんな主張強いの。いや別に。成績、どうなんだっけ? どーだろ。特進とか行くイメージはない。でも悪いイメージもないね。イメージしか言ってないじゃん。いや成績の細かいとこ知らないでしょ。あとなんだ。マンガとか、好きかな。えー、それこそ判らなくない? 少なくともアンタほど読んではないと思う。ゲームはやってるっぽい。普段何の話してる? サッカーと、テレビはお笑いとか。お笑いかー、わたし判らん。
わいわいと、いつの間にやら、人だかり。少なくともいろんな人に注目される人気の男子だということは判った。
好意を向けているのは同じ学年だけで何人もいるようで、それぞれがそれぞれを牽制しながら、居るという噂の彼女を探っていた。その噂の彼女が誰なのか、それはしばらく待ってもついぞ判らなかったのだけど、それはそれで確証のない話だということで、諦める理由にはならないのだと前向きに考えることにした。
「梢ってさ、桜庭のこと好きなの?」
「うん。多分、そう」
そういう返事をするようになったのは、ハロウィンも過ぎ、ジングルベルが聞こえ始めるくらい冬が濃くなってからだった。
聞かれたときにだけ、ちゃんと返事をする。直接ではなくて周りに、わたしは彼が好きなんですよと伝える。それは応援に変わるときもあれば反発になるときもあったけれど、こういうときは好きという言葉は隠さない方がいいのだと理解していた。
それでも「多分」とついているのは、断定してしまうのは奥ゆかしくないとの日本人的判断に基づく。
修学旅行をきっかけに、わたしはそれまでの(読書)経験を総動員して「好き」に向き合い始めた。
どうすれば格好いい桜庭くんを眺めることができるか考えた。平日はサッカー部の朝練に間に合うように登校したし、放課後の練習も眺めやすいよう3階に陣取る科学部に入った。週末の練習試合がうちの学校であるときは何かと理由をつけて科学部を動かした。おかげで理科の成績が良くなった。
一緒にいる時間を増やすにはどうするか考えた。学期の初めにあった委員会選択では積極的に手を上げたし、後期の選択授業は敢えて白紙で提出して一度怒られ、次の日に決めた。昼休みもお弁当を持って食堂に行く機会が増えたし、年が明けてからは学外の塾を受講する予定も立てている。
自分の気持ちを整理するために日記をつけ始めたし、読む本や普段聞く曲も様変わりした。桜庭くんはジャニーズやロックを良く聞いているけれど、それにラブソングが混じっていたりしたのは、わたしには好都合だった。少年漫画も、今まで読んでこなかったけど面白い物はたくさんあった。発見だ。
今は、イベントでの過ごし方を見直している。ハロウィンでは特に学校でのイベントはなかったので何もすることがなかったけれど、この先クリスマスと新年、更に先にはバレンタインがある。桜庭くんが何をするかを考えて、その上でどうしたら喜んでもらえるかを考える。自分が嬉しいのは、桜庭くんに喜んでもらえることで、そのために何をするべきか。偶々町で会うより、そろそろ直接約束を取り付ける時期かな……。
頭の中のメモ帳にペンを走らせていたところに、
「無理だと思うよ」
珠希から、そんな言葉を向けられた。
「え?」
ふと、顔を上げる。そこには、何年も一緒にいたのに、今までに見たことのない珠希の表情があった。目も口も、全く笑っていない。けど、そこに浮かんでる熱みたいなものは感じられた。何かが暗いまま燃えている、そんな風に感じる真っ黒な瞳がこちらを見つめていた。ジッと射貫くような、心の内側まで見透かすような視線に、息が詰まる。
「それは、どういう?」
「だから、無理だと思うよって」
珠希はふっと息を吐いた。それと同時に表情は柔らかくなったけれど、それでもまだ何を考えているかは読み取れなくて、思わず尋ねた。
「珠希、何か知ってんの?」
修学旅行の時、わたしに話を振ってきたのは珠希だった。珠希は、普段そんな話に加わろうとしないのでタイプなのでその意外さが今でも頭の片隅に引っかかっていた。
その後、学校へ戻ってきて桜庭くんについて聞き込みを始めたわたしに真っ先に寄ってきたのは珠希だったし、わたしがこうして桜庭くんについて話している時、必ず珠希が近くにいた。
ひょっとしたらと、推測が頭の中に組み上がる。
「どうだろね」
珠希の、目を閉じたまま無関心を装うような返事。判りやすくはしてくれなかった。嫉妬とか、後ろ暗さとか、そんなものが少しでも見えれば確信できそうだったのに。
「人には聞いといて、誤魔化すとこ?」
「どうだろーね」
今度はほんの少し笑いが入った。でもそれも、明るいものじゃない。嘲笑とか、そんな感じ。わたしのことを「そんなことするんだ、へー」って一つ上の階から見ているような。
そんな顔の珠希は、わたしと同い年であるようにはとても感じられなかった。
「私、応援しないから」
立ち上がって、上から目線で告げられる。
付き合いは短くないけれど、珠希の言葉にムッとしたのはこれが初めてのことだった。
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