第2話

 そんな話をした翌日。わたしは珠希たちと一緒に、霊験あらたかな縁結びの神社へ足を運んだ。

 恋のお守り、恋占いおみくじ、恋占いの石。わたしには布と紙と石にしか見えないけれど、目に見えないものを信仰する日本人としての感覚はわたしにもあって。半分以上付き合いでお守りを買い、おみくじを引き、10メートルほど先にある石に目を瞑ったままたどり着けるかという恋占いにも挑戦することになった。

「占うも何も、相手を見つけるところからはじめないといけないわたしにこれ要る?」

 そんな正論が、縁結びの神社に足を運んだ女子高生に通用しないのは重々承知だったし、暗黙の順番制に巻き込まれていた時点で逃げ道はないんだろうなって思っていた。

 先に挑戦した3人は、道行ふらふらしながらもなんとか中腰になり手探りしながら石に辿り着いていた。

 それを見てそもそも占いの成否を気にする要素がなく、運動神経にひそかに自信を持っていたわたしは、一切ブレずにスタスタ歩いてやろうという気概に溢れてすらいた。

「手助け無用。何も言わなくていいから」

 と、謎の余裕をもって助言を断り、目を瞑る。

 暗くなった視界の中、石畳で軽く踵を鳴らしながら歩を進めた。

 修学旅行シーズンで周りに人の気配はあるけれど、石の周辺はこの占いのために不自然に開けてあって、ぶつかるような心配はほとんどない。

 そんな風に思っていたので、後2歩くらいで石に辿り着くだろう辺りで、

「あっ」

 何かに驚くような珠希の声が聞こえても、自分に向けられたものだとは思わなかった。

「えっ」

 聞きなれない声と共に、上半身に何かがぶつかる衝撃が走る。驚いて思わず目を開けた時には雲一つない青い空が見えていて、

(あ、転んだ?)

 呑気にもそう思ったときには、もう尻餅をついていた。

「いっ……たくない」

 反射的に声を出してしまったけれど、その衝撃は想像よりはるかに軽かった。

 何があったのか判らないまま首をひねると、わたしの右腕を取り、背中を支えるようにして傍らに座っている男子と目が合った。思わずぱちりと、強く瞬きをしてしまう。

 文字通り目の前にあった端正な顔。ギリギリ掛からないくらいの髪の下から、黒い瞳が視線をこちらに向けている。整った鼻はわずかに膨らみ、頬も引きつっていたけれど、それでも一応「笑顔」と呼べるものが貼りついていた。

「あっぶなー」

 わたしを抱えるように支えてくれているその男子は、見覚えのある黒い制服を着ていた。

「あ、あの?」

「あー、えっと、小野寺さん、だっけ」

 苗字を呼ぶ声には、戸惑いがあった。今の状況で混乱しているのはどちらかと言えばわたしなのだけれど。どちら様? 何でわたしの隣に? この上げたままの右手はどうすれば?

 複数の疑問を浮かべながら、どれから尋ねたものか迷ってわたしが声を出せずにいると、

「気を付けてね」

 男子は、わたしの右腕を下ろし背中に当てていた手をさっと引くと、そんな風に言葉一つ残してそそくさと立ち去っていった。行く先には同じ制服を着た男子達が何人か。彼らに囃されながら、石段の向こうに歩いてゆく。

「梢! 何してんの!」

 ぼーっと眺めていたわけでもないが、珠希がそんな風に声を掛けてくるまで少し間があったように思う。

 聞いてみれば、というか聞くまでもなく今自分がいる場所を見てみれば、元の占い石の場所から大きく横に外れた位置に座っている。少なくとも大股で5歩6歩進まないと石に届かないような。どうやら、目を瞑っている間の感覚が本当に信じられないほどぐちゃぐちゃだったらしい。

 ぱっと周りを見渡してみれば、少なくない観光客の皆さんも呆れたり微笑んだりしている。

 つまり、どうやら、さっきの男子は、目を瞑ったままのわたしがぶつかりそうになって、慌てて手を出してしまい、そしてわたしは転んで、さらにそれを支えてくれた、らしくて。それを理解したとき、

「いや、でも、いや、嘘でしょ」

「いや私たちがそう思ってたよ。どんだけ曲がってくの、って」

 流石に、頬の熱さを自覚した。

 もう一度会ってちゃんと謝らないと、申し訳ないとかそんなレベルの話じゃない。自分の運動神経とか、それを自覚してない言動とか、そして掛けてしまった迷惑や、謝罪もお礼も言えてないことまで含めて。

 座り込んだ石畳の冷たさが急に思い出されて、勢い良く立ち上がる。男子が消えた石段の方を眺めることすらできず、誤魔化すために屈んでスカートを払った。不思議なことに埃なんて一つも付いていなかった。

 これ以上は後にも先にもないと思う恥ずかしさに、涙まで出てきそうになる。首も頬も、額までも熱い。上半身のあらゆるところから汗が滲んでいると錯覚すらした。

 あまりの熱に舌が回らない。それでも、一応口にする。

「さ、さっきの、だ、れ、誰だっけ」

 今までの人生で感じたことのない大きな感情のうねり。それは間違いなく恥ずかしさ以外の何物でもなかったのだけど、それに突き動かされるように、わたしの中では一つの言葉が渦巻いていた。

 見つけた。見つけた。見つけた。

「昨日話したじゃん。桜庭だよ、サッカー部の」

 昨日の恋バナに登場したらしきその名前は、正直なところ記憶になかったのだけど、でも、少なくとも地元の人とかじゃなくて良かった。

 二度と会う機会の無いような人じゃなくて、良かった。

「さくらば、桜庭くんね」

 一つ、深く息を吸う。秋口の冷たく澄んだ空気は、顔の火照りをほんの少しだけ鎮めてくれた。

「あ、梢!」

 桜庭くんが消えた方向に走り出す。原動力は、いたたまれなさ。

 今は、それでいい。

 わたしは、この「きっかけ」を逃すまいと、このとき心に決めたのだ。

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