恋に恋したわたしだけれど
白瀬直
第1話
「梢って、好きな人いないんだよね」
幼馴染の珠希にそんな言葉を向けられたのは、修学旅行初日の夜だった。
修学旅行の夜、消灯時間を過ぎて布団にもぐってからやること。定番の極致、恋バナである。何度となく少女漫画で読んでいてなお、本当にそんなことするんだろうかと疑い半分だったわたしは、実際に始まったその談議にちょっと驚きつつ、自分から進んで入りはしないけどさして否定的に布団をかぶるでもなく聞いていた。
曰く、サッカー部の誰それはやっぱり人気である。
曰く、実は付き合ってる人がいるという話である。
曰く、それは先日の教育実習に来た大学生である。
きゃあきゃあ。
知らなかった事実には相槌を、驚愕的な推測には小さくとも歓声を。楽しそうな雰囲気を感じながら、それにほんの少しの上乗せを。
高校生活も二年目になり、様々な人間関係を経験したわたしは「人を好きになることの価値」を何となく理解できるようにはなった。
誰それがモテる話、誰それが付き合っている話、誰それが誰それを好きな話。それぞれ、誰かにとって大事な話で、その事実を誰かと共有するのは楽しいことなのだと。
自分はともかく、周りの大勢がそう考えているということは理解できた。
でもそれは、わたしにとっては憧れみたいなものなのだ。
恋愛漫画をいくら読んでも、ラブソングをどれだけ聴いても、そういうものだって理解できても、わたしの心は少しも暖かくなってくれない。
だから、
「え。あ、うん」
珠希の言葉に対して、こんな生返事しかできなかった。
そんな曖昧を、恋に恋する女子高生達は見逃さず、すぐさま反応してくる。
「え、梢ちゃん誰もいないの?」
「うん、まぁ、」
「誤魔化すとこじゃないかんね?」
「そう、なんだよね。なんか、いなくてさ」
「年上じゃないとだめとか?」
「いやー、どうなんだろ」
交友関係の狭さは自分で理解している。学年が一つ離れるとそれだけで大きな隔たりを感じてしまうし、近くにいる大人といって筆頭に上がる教師陣にも、まぁ失礼ながら尊敬の念すら抱いたことがない。
「なんか、そういう、好きになるきっかけみたいなものって、あった?」
逆に聞いてみた。
少なくとも、わたしの持っていない「好き」を持っている彼女たちは口々に答えてくれる。
曰く、授業でサッカーしてるのが格好良かった。
曰く、一昨年告白されて付き合っているうちに。
曰く、保育園のときには結婚の約束をしていた。
きゃあきゃあ。
一部の例外に「そういうの本当にあるんだ」という本心を顔と口に出しながら、そんなもんなんだな、とも思っていた。
なんか、日常の延長というか。きっかけなんて何でもよくて、その辺にいる人を適当に好きになるんだなって。
そりゃあそうだ。漫画とかじゃないんだからヒーローとヒロインさながら、劇的な出会いをしてる女子高生なんてそんなにいるわけない。
わたしのクラスに転校生が来たことはないし、登校中に誰かにぶつかったこともない。幼い頃に決められた許嫁も、親が突然連れてきた義理の兄弟もいない。
運命の相手、なんて言葉に踊らされているだけで、そんなものなんて本当はいなくて、なんとなくで人を好きになるのがわりと普通なんだって、彼女たちがそう思わせてくれた。
「なんか、あれじゃない。人をよく観察するとか」
「え、そんなことしてんの?」
「そうじゃないけど、そうしたら見つかるかもしんないじゃん」
好きのきっかけの話は、いつの間にか、わたしの好きな人を見つける話になっていた。どうやって見つけたらいいのか、自分だけではほとほと見当もつかないので、まぁ有難い話ではある。
そうなのだ。
誰かを好きになることは素晴らしいことで。
それを持っていないわたしは、みんなより少しだけ不幸な所に立っていて。
だからみんな、わたしが好きを持てるようにと熱くなってくれる。
それを嬉しく思えないわたしはやっぱりここには相応しくないんだろうなと思いながら、それを伝えるのは流石にKYだとも理解し、わたしの笑顔はほんの少しだけ硬くなった。
いつの間にか部屋の入り口に立っていた見回りの先生に怒られるまで、わたしの周りで賑やかに花が咲いていた。
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