第3話:奴隷商人の息子は奴隷にトイレを教わる

 片山仁人にいと。これが日本に住んでいた時の名前だ。

 ドジ踏んで階段から落ちて死んでしまった俺だが、何の因果か異世界で奴隷商人の息子の代わりにこの世界で生きることになった。


 今の名前は、ニート・ソレと言う。何ソレ?ってダジャレが言いたくなる家名だが、スティーンハン国では名の通っている奴隷商人の家柄なのだとか。

 自分の親が奴隷商人だって聞いた時は、本当に驚いた。俺が夢中になっていたゲームが奴隷エルフでハーレムを築くというものだったからだ。

 しかし、世の中そんな甘い話はない。異世界転移で奴隷ハーレムを作っちゃおうなんて、そんな漫画みたいなことは現実には起こらなかった。



 あの日、俺はこの部屋の、このベッドで目が覚め、そして異世界に転移したことを悟った。

 鏡で自分の姿を見た時、とても信じられなかったが、夢でもなければ幻でもない。現実だった。

 深く考えても仕方ないので、言われた通りに着替えをし、知らない親父と一緒に朝飯を食った。

 俺は流れに身を任せ、長いものに巻かれるタイプなのだ。「なるようになるさ」そう思うことにした。


 俺は、学生時代から 如何いかなる時でもジタバタするもんじゃないと悟っていた。


 朝食の後、何も用事がないということで俺は部屋に閉じこもり、窓から外を見た。

 広い屋敷ということは、庭を見ればわかった。手入れの行き届いた庭は、高い塀に囲まれている。

 その日は良い天気で、太陽が 燦々さんさんと降り注いで、庭木の緑がキラキラと反射して見えた。


 俺は、良いところの家の子に生まれ変わったのだろう。家には奴隷の娘が数人いることでも分かった。


 物珍しいものがないかと、部屋の中を見回した。調度品は立派なものが多い印象だった。

 木製のどっしりした机、そして書棚があった。本を手に取る。文字はローマ字っぽいが英語ではなさそうだ。

 しかし、なぜか読めた。読み書きに問題がないと女神様が言っていたっけ。

 異世界の文字、そして言葉は意識しなくても使うことができたのはありがたかった。

 壁には剣や鞭など武器が飾られていた。朝食後に執事のアルノルトさんに聞いたら、奴隷商人の家なのだそうだ。

 こんな立派な家が建つって、奴隷商人って儲かるんだなというのが、率直の感想だった。


「うん……とりあえず、俺はこの金髪イケメンの奴隷商人の息子としてこれから行きていくんだな」


 自分で自分に言い聞かせるように言う。まぁ、奴隷に転生したわけじゃないからいいか。


 落ち着いたところで、小便に行きたくなった。

 朝飯の後にでも、トイレの場所を聞けばよかったな。

 部屋を出て、廊下を進む。トイレを探すが全く見当たらなかった。


「この階にはないのか……」


 独り言ちると、たまたま廊下の奥に床を拭いている奴隷の姿が見えた。

 ボロ布を体に巻いているが、四つん這いになって床を拭いているもんだから、いけないものを見てしまった。

 声をかけていいものか、いや、せっかくだから、しばらくお尻を見てから声をかけよう。


 奴隷は、狐耳の子ではなく丸い耳をした少女だった。俺に気づかずに一心不乱に拭いている。

 尻尾がふわふわして太くて毛量が多いので、タヌキっぽいなと思った。


「あの……ちょっといいかな?」


 俺は、気さくに声をかけると、ビクッと肩が跳ねると、恐る恐る振り返る奴隷の女の子。

 そして、俺の顔を見るなり、土下座した。おいおい、そんなにビビらなくても……


「トイレに行きたいんだが、どこにあるか教えてくれないか?」


 狸の尻尾を持った奴隷は、小さな悲鳴をあげながら、後ずさる。おい、ちょっと待て。


「ひぃ、お許しください……どうか、どうか……」

「許すも何も、トイレの場所を知りたいんだけど。教えてくれない?」


 あわわわ、と口をパクパクさせたタヌ子が小声で何かを言っていた。なんだろ、聞こえない……


「あの、聞こえないんですが……もう少し大きな声で話ししてくれるかな?」

「ああああっ、申し訳ございません。申し訳ございません」

「いいから、謝らなくても……トイレの場所が知りたいんだけど」

「トイレ……それとはどういったものでしょうか?」


 もしかして、トイレは通じないのか?


「トイレって、おしっこや、ウンコをする場所のことだよ。どこか知ってる?」


 タヌ子が、スクッと立ち上がると「便所はこちらです」と、そっぽ向いたまま言うので後を追う。

 なんだ、便所で良かったのかよ。


 タヌ子の後ろ姿を見ると、小さなお尻に大きな尻尾があって、なんか可愛い。つい、そっと近づいて尻尾に触れてみた。

 フワフワして、手触りがいいなあ。


「はぁん……いやっ、こ、こんなところで……お許しください」


 な、なんだこのお約束の反応は!


「ご、ごめん。フワフワなもんで触りたくなって」

「も、申し訳ありません。あの……どうぞ……お触り下さい」


 こちらに尻を突き出すようにして尻尾を持ち上げた狸娘。ちょっ、大事なところまで見えてますよ!


「いやいやいや、もういいから。お尻をちゃんと隠して!」


 大きな尻尾があるため、ボロ布みたいな服は尻尾までしか下がらず、尻が丸見えだ。

 尻尾があるって大変なんだね。


 ペットショップで犬の洋服が売られているのを見たことがあるが、尻尾のところってどうなっていたんだっけ?

 もっとよく見ておけば良かった。


「あの……こちらです。大きいのと、おしっこ、どちらにいたしますか?」


 どちらって、大と小のトイレって分かれてるのかな?


「えっと、おしっこで……」


 俺がそう言うと、こくんと頷いたタヌ子はそそくさとトイレの中に入っていった。俺もすぐについていく。


 小部屋は二畳くらいの広さがあり、中央に壺が置いてある。その壺には木の板で蓋が付いていた。


 これがトイレか、土にあなを掘ってあるだけなのを想像していたけど、便器らしきものがあって安心した。


「あ、ここでするんだ……」


 こんな何気ない感想も、このタヌ子は命令と受け取ったみたい。


「はい……」


 短く答えると、くるっと回れ右しておもむろに壺に座った。

 なに? 俺は何が何だか分からない。


 チー……チョロチョロ……


 『衣掛の滝』の如く一条の流水。

 この世界にも重力があることが、タヌ子の小水で証明される。


 待て、待てと、手で静止するも、目は正視。

 タヌ子、お主はなぜ俺より先に致したのだよっ!


 タヌ子の股間から目を離すと、頬を赤らめたタヌ子は恥ずかしそうに言った。


「ニート様。あの、よろしいでしょうか?」

「あ? ああ、なるほど、そうやって使うもんなんだね。ありがとうありがとう」


 俺は、タヌ子の後に続き、初めての座りションするのだった。

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